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過去の少女たち  作者: 膝野サラ
5/8

ラブホテルと体温

朝、起きると俺は玄関に倒れ込むようにして寝ていた。体を起こす。まだかなり体がだるく痛いがまあ行けないこともなさそうだからバイトへ行く準備を進める。

鼻をかんで、歯を磨き、時間があったので風呂に入って、食欲がないので小さいパンを一つだけ食べてからゼリーを飲んで、髪を乾かし家を出た。


バイト先までの道の途中、カメラ屋に寄ってインスタントカメラの現像を頼む。何故突然そんな事をしたかというと、数日前の事だ。




数日前。

バイトを終え歩いて帰る。

帰り道、昭和レトロなカメラ屋の前を通りかかる。小さなショーウィンドウの中のカメラに目をやる。俺は昔写真を撮るのが好きだった。と言っても高いちゃんとしたカメラは買えず携帯のカメラやインスタントカメラで撮っていたのだが。もしかしたら当時使っていたインスタントカメラがまだ何処かにあるかもな、そんなことを思い、家の押入れを漁っていたらそのインスタントカメラが出てきた。久々に触れ、一度適当に窓の外を撮る。しかしそれが最後の一枚でそれ以上撮ることができなかった。しかし有効期限はだいぶ前に切れているはずだがまだ撮れるんだな。現像していない写真もありそうだがカメラ屋に行けば現像もできるんだろうか。もう何年も前のカメラだと思うが。今度カメラ屋に持って行こうか。


そうして今日、カメラ屋に寄ったのだ。




帰り道、体調は良くはないままだったがなんとか今日は乗り切れた。カメラ屋に寄る。インスタントカメラはもう六、七年前の物だったらしいが現像は普通にできていた。家に帰り写真を見てみる。


懐かしいどころか覚えがない写真も多かった。しかしインスタントカメラの独特の味が効いており中々良い。当時、大学に入学してすぐの頃だったためか大学構内の写真も多くあった。これは覚えがあり懐かしい。俺は基本風景しか撮らない。人は撮らない、というか撮る人がいなかったのだが。でもその中に一枚だけ人が写った写真があった。その写真に写っていた人物は俺でもなく、当時よく遊んでいた小中学校時代からの旧友でもなく、というか男ではなく、ある女性の後ろ姿だった。



そして俺はある過去の少女を思い出す。俺が初めて体を抱きしめ、そして重ねた女の子のことを。




一人暮らしも始めて、大学に入学して一週間程が経ち、未だ不安と期待が募るばかりであった頃の話だ。


教室にて、入学式の日から今日にかけて貰った何枚もの勧誘のビラを眺める。流石に入らないのはあれかな。しかしどれに入ろうか。新歓とかどうしようかな。そんなことを一人で声には出さずにボソボソ言っていると横からの視線に気づいた。振り向くとこちらを見ていたのはある少女だった。彼女は俺が振り向くと目を逸らし何を見るでもなく前の方へと目を向ける。

気にはなったが気にせずまたビラに目をやる。少ししてまた視線、振り向く。彼女は今度は驚きつつも目を逸らさずその代わりにぎこちなく笑ってきた。それに返すように俺は会釈。

彼女は席から立ち、中腰気味のまま俺の方へと寄ってきて声をかけてきた。

小首を傾げるようにして彼女は言う。


「何のサークル入るとか決めた?」

「あ、いやまだ...。」

「悩むよね(笑)」

「ですね...」


俺が少々戸惑っていると彼女は、あっと声を漏らし名乗る。


「私、武山(たけやま)です!」

「な、永久(ながひさ)です」


お互い名乗り、お互い少し会釈して少し微笑み合った。



武山さんは可愛らしく小さい顔に髪は黒髪のショートカット。身長は割と高めで百六十センチ代半ばくらいであり、健康的な肌で細くモデルのような体型だった。それによって可愛いと美しいを同時に俺に印象付けた。

つい一目惚れしかけてしまったことを覚えている。



それから連絡先を交換して何度かやりとりをした。俺は大学内に知り合いは武山さんしかいなかったが、武山さんは既に男女問わず何人か友達を作っているらしかった。


ある日、大学の教室で前の方に座っていた武山さんが後ろから教室へ入ってきた俺を見つけ手を振ったときには、教室内の一部の人間が一斉にこちらを睨むように見てきて、俺はそれはそれは優越感に浸った。それほどまでに武山さんを見ている人が多いということだ。


俺と武山さんはそれからもどんどん仲良くなり、二人で映画を観に行ったり、ライブハウスへ行きバンドの演奏で盛り上がったり、お笑いライブにも行ったりした。笑う武山さんがまた素晴らしく可愛い。

武山さんと一緒に居ると俺の知らない世界のことがたくさん知れてそれはそれは楽しかった。そうして俺は結局武山さんに惚れたのだ。

武山さんは他にもいっぱい友達がいたが、俺は結局大学内に友人と言えるほどの人は武山さんしかいなかった。でも俺はそれでも良いと思えた。学外に一人旧友がいたというのもあるかもしれないが、それくらいに毎日が楽しかったのだ。面倒臭い授業も武山さんのことを見つけたり思い出したりすれば乗り切れた。

武山さんは俺よりも仲が良く遊ぶ友達も当然いたがために頻繁に遊べるわけではなかったが、たまに遊んだ日の夜にゃ、それはそれは自室でニヤニヤしたものだ。



大学へ入学して半年程が経った頃、その日も俺は武山さんと二人、遊んでいた。映画を観に行ったり、ゲームセンターに行ってはしゃいだり、夕食を一緒に食べて色々と話したり。一言で言おう、楽しかったと。

夜、食事を終え店から出る。そしてぶらぶらと歩く。そこはホテル街。

なんとなくそういう雰囲気だとは気づいていた。でも俺は未経験、まあ隠さず言うと童貞であったからして踏み出せずにいると、武山さんの方から少し小首を傾げながら可愛くでも少し大人っぽく言った。


「入る?」


驚きながらも断るはずもなく「はい」と答え俺は初めてラブホテルに入った。鼓動はそれまでの人生にないくらい早い。初体験は付き合ってからなんてことを思っていたが、いざとなるとそうもいかまい。突っ走るのみであった。



俺は武山さんを抱きしめた。思えば人を抱きしめたのも初めてであった。初めての人の体温を感じ、ずっとこのままでいたいと思うほどに安心感があり、心地良かった。すごくあったかかった。


準備などに少し引っかかりながらもなんとか俺は彼女と体を重ねた。

最中、彼女の顔を見るたびに愛おしくなってしまい何度も抱きしめた。まあそれは俺の焦り気味な息子の休憩の為でもあったが。

抱きしめるだけでは収まらずその愛おしさと興奮によって俺は彼女に口づけをしようとしたが彼女はそれを拒んだ。そうして「キスはダメ」と彼女は言う。

そこで俺は気づいてしまった。でもならばと更に体を抱きしめ重ねた。そうして俺は初めてを終えた。



武山さんがキスを拒んだ理由はなんとなく俺にも分かった。武山さんはきっと俺のことを好きではないのだろう。そして俺と武山さんは今まで通りの関係に何の問題もなく戻ることはできず、これから更に先へ進むこともできないのだろうとも気づいた。そこで少し悲しくはなった。でもそれならば今この時を楽しむほかないということにも気づいたのだ。

だから俺はまた武山さんを抱きしめたんだ。



行為が終わってからも何度か俺は武山さんを抱きしめた。ずっとその体温を感じていたかった。その度に武山さんはなんとも言えない表情で少し微笑んでいた。

その日はそのまま眠った。息苦しいだろうから抱きしめこそしなかったが、眠るときも布団の下で俺と武山さんは手を繋いでいた。人と手を繋いだのも初めてだった。またそれが心地良く寂しかった。




朝、窓から差し込む朝日が眩しく起きた。少し静かに伸びをして起き上がるとそこには、ベットの端に座り、朝日が差し込んできている窓の外を眺める武山さんの背中があった。純粋に綺麗だった。俺はその姿に見惚れて、寝ぼけ気味なまま少し前に買ったインスタントカメラを取り出し、その背中を「パシャッ」と撮った。

音に気づいた武山さんは振り返りニヤリと微笑んだ。また綺麗だった。寂しく心地良く綺麗な朝だった。




当時、旧友、村上(むらかみ)に童貞を卒業した事を詳細は語らずに自慢したものだ。今思い出すと恥ずかしい。



それから俺と武山さんが二人で遊ぶ事は無くなった。と言っても当然複数人で遊ぶような事もなかった。連絡は普通に取っていたし、大学構内で会った時には普通に挨拶を交わした。でも以前のようにはやはりいかず、俺はあの日の思い出に浸るばかりであった。



年が明けて少し経ち、冬休みも終わり少しが経った。非常に寒い日だった。その日、ある話を聞いた。大学の教室内にてその話は聞こえてきた。内容を簡単に言おうか。



武山さんが結婚したらしい。



驚きどうする事も出来なかった。相手は高校時代から付き合ってた人だとか、子供はまだできてないらしいとか、色々と噂話をしていたがそんな話はその時はあまり入ってこなかった。

そうしているとじきに教室に武山さんが入ってきた。すぐさま噂をしていた人たちが武山さんに駆け寄り真偽の程を求めた。俺も駆け寄ったり質問したりはせずとも遠くから眺め真偽の程を求めていた。そうして真偽が明らかになった。


武山さんは結婚を認め微笑んだ。周りの女子はおめでとうなんてことを言っていたが俺は机に俯きよく分からなくなった。

突然の事にパニックになった。そして俺はパニックになったまま席を立ち、早歩きで教室を飛び出した。

後ろから「永久くん」という武山さんの声が聞こえたが無視して行った。そしてそのままその件以外何も考えることができないまま家に帰った。


その日から俺は引きこもるようになってしまった。ずっとなんだか分からなかった。ひたすらに動揺していた。

好きな人が結婚したことに関してうまく受け入れられなかったのもあったし、その人と少し前に体の関係を持ったこともあいまってその当時の俺はひたすらに訳が分からなくなった。どういうことだろう。そう頭を抱えるが答えは出ず、まず疑問の理由もよく分からなかった。

今思っても何に対して悩み頭を抱えていたのだろうと思うが単純にそれもまともに分からないくらいに動揺していたのだろう。



その時、俺には整理をする時間が必要だった。

その時間は思ったよりも長くかかって、結局俺はそのまま学校にも行かず、大学を辞めてしまった。


引きこもりだして一週間程が経った頃には武山さんからの着信があったが俺は電話には出なかった。どちらかと言うと出れなかった、か。

まあでも結局その電話に出ていたとしても現状は変わらず俺はどうすることもできなかったのだろう。


そうしてまた恋が終わった。武山さんとの関係も俺がパニックになって飛び出したまま終わってしまった。今思えば一言くらいお礼でも言っておけば良かったとも思うばかりだ。






武山さんの後ろ姿が写った写真を机の上に置いた。今思い出すとやはり後悔は多くあるばかりだ。

旦那さんとはうまく仲良くやっているだろうか。でもその幸せを俺が願う資格はないであろう。


現像した写真を全て棚の中に仕舞い込んで久々にテレビを観ながら夕食を一人、食べた。

そして何をするでもなく、まもなく眠った。

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