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過去の少女たち  作者: 膝野サラ
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無口のメール

昼、バイトの休憩時間になったので狭く薄暗い休憩室で昼食をとる。色褪せた古めのポットで湯を沸かしカップ麺に湯を注ぐ。三分のところ四分程待って食べる。食べ慣れた味だ、なんの驚きもない、しかしうまい。

数分ですぐに食べ終え歯を磨いたがまだ結構休憩時間が余っていたので休憩室を少し掃除したり、携帯をいじりながらまたボーっとしたりしていた。ネットサーフィン的なことをやり終えて携帯を置く。暇だなと思い適当に辺りを見回していると、休憩室の端っこに置かれた何かしらの棚の上に何かが置いてあるのが見えた。何となしに近づいて見てみるとそれは携帯だった。ガラケーだ。誰かが忘れていたのか、それにしても今時ガラケーなんて珍しいな。まあ少し年のいった人もいるし驚くほどでもないか。そんなことを思っていたが、その携帯には少し見覚えがあった。

昔、中学生の頃、もう十年以上も前に俺が使っていた機種と同じ物だったのだ。



そして俺はある過去の少女を思い出す。無口で、でもいっぱい話したあの子を。




俺は結局、杉崎(すぎさき)さんの声を最後まで聞くことはなかった。どんな声をしているのだろう。未だにそんなことを思う。



俺は杉崎さんの声を聞いたことがない。でも会話はいっぱいしたことがあった。メールを通じて。


中学二年生の頃、同じクラスの無口な女の子、杉崎さんと俺がメールをするようになったきっかけはもう忘れてしまった。それほど別に大した理由ではなかったのだろう。まあ最初は俺も杉崎さんを意識した事があまりなかったので、それで印象に残っていなかったのかもしれない。メールをしていくうちにどんどん気になっていったのだ。


杉崎さんは背丈は丁度平均くらいで、目はどちらかと言えば細めで少しだけつり目、顔は小さく髪は顎くらいまでの長さできっちり切り揃えられ、前髪もぱっつんと綺麗に切り揃えられたいわゆるボブヘアー。俺が初めて見たときから最後まで杉崎さんの髪型はずっと同じその髪型だった。


普段の杉崎さんは何度も言うが本当に無口な女の子で、授業で先生に当てられても何も言えずに黙り込んでしまうくらいだった。喋らないというよりはあまり喋れないと言うべきか。しかし仲の良い友達とは俺のもとには聞こえないくらいの声量ではあるものの楽しげに話しているようだった。

そんな杉崎さんだがメールではいつもと違い、よく喋り、感情も大いに感じられ、ときには絵文字や顔文字なんかも使っていた。そういうときは大体機嫌が良い時だったと思う。


メールの頻度は大体週一回くらいだったが一度話し始めたら三時間ほどメールをすることもあった。

いつも大体、週末の金曜日にメールをする事が多く、俺の「一週間おつかれ〜」的なメールから会話が始まった。

お互い音楽が好きなこともあり、最近ハマってるバンドの話だとか最近こんなCDを買ったなんて話だとかそういう会話も多かった。

俺もそうだったが、意外にも杉崎さんも結構愚痴を吐いたりしていて、それが俺に心を開いてくれている感じがして、勝手ながら嬉しかったことを覚えている。


いつの間にかその杉崎さんとのメールが俺の一番の楽しみになっていた。




ある時、俺は訊いた。

「好きな人とかいんの?」

杉崎さんは言った。

「うん、いるよ、まあ向こうは違うみたいだけどね」



誰かは分からなかった。でも何故か俺じゃないことだけは確信できてしまった。




三年生になってクラスが分かれ、何よりも受験が近づいてきたことで俺と杉崎さんのメールの回数は段々と減っていった。それを寂しく思い何度も直接話しかけようと試みたが俺には無理だった。


それでもたまにではあるものの杉崎さんとのメールは相変わらず楽しく俺の一番の楽しみであり、また支えでもあった。だから久々にメールをできたときには舞い上がり何時間でもメールをしていたかったが、結局以前のように話が続くことがあまりなくなり、メールもすぐに終わってしまうことが多かった。



後に当時一番仲の良かった友人に聞いて知った事だがこの頃、杉崎さんには彼氏がいたらしい。



受験が終わったときにはお互いに、

「受験おつかれ!受かってよかった〜」なんてメールを送りあった。


卒業式の日、俺は杉崎さんに告白をしようと考えていたが、告白はおろか、最後まで話しかける事も出来ず、結局俺は杉崎さんの声を聞かないまま中学校を卒業した。

だから結局いつも通りメールで「卒業おめでとう!」と送り、杉崎さんからの同じような返信がきたときには喜びながらも情けなく悲しく寂しく悔しく虚しく思った。



今思えば告白しなくて良かったなんて、恥をかかずに済んだなんて良くないことすら思ってしまうばかりだ。





そして俺たちは高校生になった。




杉崎さんとの最後のメールは確か高校に入学してすぐくらいのことだったと思う。



そのメールは俺からではなく、珍しく杉崎さんからのメールだった。


「友達できるかな。」


杉崎さんは小中学校の同級生が少ない学校に行ったから不安だったのだろう。

俺は励ますような言葉を送ろうとしたが、その不安は俺にもあった。俺も小中の同級生が少ない学校に行き、当時一番仲の良かった友人とも別々の学校になったからだ。だから励ましに付け加えて正直に言う。

「まあ俺もすごい不安だけどね(笑)」


すると杉崎さんが言った。

「だよね。お互い頑張ろっか!(笑)」


文字だけでも笑ってくれて嬉しく思った。

そして杉崎さんが言う。

「また何かあったらメールしようね!ありがと!」

俺は喜んで返事した。




でもそれが俺と杉崎さんの最後のメールだった。




それから少し経って、俺が結局全然友達ができずに救いを求めるように何気なさを装って杉崎さんにメールを送ったが、携帯を替えたのか返事は来なかった。終わりはあまりにも呆気なく、静かだった。


それから杉崎さんがどうしてるかは知らない。ただ幸せであってほしいとは思えている。






気がつくとバイトの休憩時間が終わって五分程経ってしまっていた。急いで仕事に戻ったが、バイト中も時折、当時の事を思い出してしまい集中できず、何度かミスをしてしまった。そして少し怒られた。



夕方、バイトを終えてトボトボと歩いて家まで帰った。

家に着くと疲れでグッタリしてまた畳の真ん中に倒れるように寝転んだ。時折、携帯でネットを見たりしながら時間を潰し、買ってきた夕飯を食べてまた寝転ぶ。外はもう真っ暗だ。

またひたすらに天井を見つめる。



ふと、杉崎さんが当時のメールで好きだと言っていたバンドのことを思い出す。一時期そのバンドの曲を夢中で聴いていた事があったな。確かまだCDがあったはずだと思い、しばらく触っていない押入れを漁る。



しばらく漁っていると、もうずっと開けていない埃をかぶった段ボールの中からそのCDが見つかった。

ASIAN KUNG-FU GENERATION、通称アジカンのアルバム『ソルファ』だ。このアルバムの中でも特に杉崎さんが好きと言っていた曲は「Re:Re:」だったなあ、なんてまた思い出した。

そのCDをまた最近はあまり使っていないCDプレーヤーに入れ、イヤホンを挿し、久々にカチッと再生ボタンを押した。





流れ出す懐かしい音楽。思い出す懐かしい日々。そして懐かしい杉崎さんの言葉が溢れ出してきた。










ある時、杉崎さんが言った。

「一週間おつかれ〜!やっと休みだぁー(笑)」

ある時、杉崎さんが言った。

「◯◯ちゃんと喧嘩しちゃった。」

ある時、杉崎さんが言った。

「◯◯ちゃんと仲直りできた!相談乗ってくれてありがと!」

ある時、杉崎さんが言った。

「テストやばいかも。。。」

ある時、杉崎さんが言った。

「雪積もったね!」

ある時、杉崎さんが言った。

「うん、いるよ、まあ向こうは違うみたいだけどね」

ある時、杉崎さんが言った。

「友達できるかな。」

ある時、杉崎さんが言った。

「ありがと!」










いつの間にかアルバムの曲は全て聴き終わり、イヤホンを外すとCDプレーヤーの静かな機械音だけが聞こえた。そして何故か機械音は次第に大きくなり、かと思えば急に全ての機械音が無くなった。

電源ボタンを押してもCDプレーヤーは反応せずに壊れてしまった。



CDプレーヤーからCDを取り出しケースに入れ、また同じ段ボールにしまった。一応壊れてしまったCDプレーヤーも同じ段ボールに仕舞い込んだ。




暗い部屋、なんだか泣きそうになった。だから眠った。泣いたって何にもならないだろうから。


今でも思う、一度でいいから杉崎さんの声を聞いてみたかったと。

明日もバイトだ。

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