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過去の少女たち  作者: 膝野サラ
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ゲレンデの笑顔

十九歳で大学を中退して就職もせずにバイトだけでなんとか日々食い繋いでいる二十五歳になった俺は六畳のボロアパートで一人横たわって何処を見つめるでもなく、ただ目を開けてボーっとしていた。

最近はひたすらに孤独が襲ってくるばかりだ。父親は四年前に死んで母親は俺が小さな頃に離婚してから会っていないので生きてるのか死んでるのかも知らない。友人もいない。旧友が一人だけいるがもう何年も連絡を取っていない。親無し、友無し、女無し、金無し。あるのは過去の少女たちとの淡い思い出だけだった。



夜、六畳和室の真ん中で寝転ぶ俺は「うゔっ」と唸りながら寝返りを打ち、ふと目をやったところにある物を見つけた。

それは小学校の修学旅行の時、スキー場で適当に買ったお土産の変な置物だった。



そして俺はある過去の少女を思い出す。初恋の相手を。




俺と河合(かわい)さんは小学四年生の時に同じクラスになった。色白で丸顔、クリクリとした大きな目をしていたのを覚えている。背の順では前から二、三番目くらいの背の低く可愛らしい女の子だった。普段はどちらかと言えば大人しい方だが、楽しかったりするとはしゃいでにっこり笑うような子で、静かな割には感情は豊かな子だった。

俺は大した理由はなく、多分ちょっと可愛いから的な理由で河合さんのことが少し気になっていた。それからたまに話す仲くらいにはなったが好きという程には踏み切れずそのままあっという間に一年が経ちクラスが別々になって話したりすることもなくなっていった。

クラスが分かれ、河合さんとは何もないまま五年生を過ごし六年生でも同じクラスになることは無かった。それでも俺はずっと河合さんが気になったままだった。

たまに廊下で見つけた時にはチラチラ見てしまったし、運動会の練習の時もダンスの練習をしながら遠くに見える河合さんを目を細めはせずともなんとなく見ていた。

朝礼の時にも前に並んでいる当時一番仲の良かった友人とベラベラ喋ってて担任に注意され会話を中断した後、ふと目に入った河合さんをまた遠くから見ていた。思えばいつも俺と河合さんの目が合うことはなかった。ただ一方的に俺が見ているだけだった。



その当時一番仲の良かった友人であり唯一の旧友、名前は村上(むらかみ)という。奴のことを思い出しそうになったが今日は一旦しまうことにした。話を戻す。



小学六年生、一月、小学生もあと少しで終わる頃、修学旅行があった。スキー場に行った。そこで多分これからも一生忘れられないであろう事が起きる。とても小さな事だが。

スキー場ではインストラクターや先生たちに教えられながら次々ゆっくりと滑って行く。そしてじきに半自由時間的なのが与えられ、友人と一緒に滑ってはしゃいでいた。

仲の良かった友人と一緒に何度かぎこちなく滑って、もう一度上へ登った時、俺は河合さんに会ったんだ。河合さんもまた仲の良い友達と一緒に楽しそうにスキーの練習をして、転んだりしては友達と無邪気にはしゃいで笑っていた。


俺は友人と一緒に滑っていたが、その友人が漫画みたいに見事に転んだ。そいつは恥ずかしかったのか、トイレに行くなんて言って下へ降りて行った。そして雪をいじったりしながら友人を待っていた。そうしてチラッと河合さんたちの方へと目をやる。河合さんの友達は少し先まで滑って行ったが転んでしまい上から見ていた河合さんと遠くから顔を見合わせ、二人一緒に声を出して笑っていた。そしてそんな河合さんに俺はまた見惚れていた。とても可愛らしかった。

笑い終えて友達が上がってくるのを待っている河合さんに、馬鹿みたいに、変態みたいに、見惚れ続けていた時だった。


河合さんが俺に気づいたんだ。そして俺と目が合う。目があったのはいつぶりだっただろうか。

驚いて少し眉を上げた俺に河合さんは、




素晴らしく綺麗で、弱そうで、可愛いという言葉があまりにも似合うその顔で、どこか少し恥ずかしそうに、にっこりと笑った。




その瞬間に俺は気づいたんだ。気になるなんてものじゃなかったんだ。俺はやっぱり河合さんのことが好きだったんだ。そうハッキリと気づいた。

俺はそのときゲレンデ効果なんて言葉は知らなかったが、きっとあれはそうだったんだろう。でもそれがなくともあまりにも素晴らしい笑顔だった。


河合さんのその素晴らしく綺麗で可愛い笑顔を俺は多分一生忘れることが出来ないんだと思う。実際に今もしっかりとその笑顔を覚えている。




俺と河合さんの目が合ったのはそれが最後で、俺たちはそのまま小学校を卒業した。


そして俺たちは中学生になった。


俺は普通にそのまま公立の中学に行き、河合さんは私立の中学校に行ってしまった為、その後どうしているかはあまり知らない。

たまに河合さんと仲の良かった友達が河合さんと遊んだとかそんな話をしているのをなんとなく聞くだけだった。




そうしてまた思い出す、あの笑顔を。






河合さんとの思い出が走馬灯のように繰り広げられて、俺はこのまま死んでしまうのかなんてことを六畳の部屋の中心で思いながらいつの間にか眠っていた。


しかし翌朝も俺は生きていた。

バイトに行かなくちゃ。

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