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陸攻乙女のギンバイ戦記  作者: 矢舷陸宏
終章
24/25

エピローグ

 結局、糖子たちが行った爆撃は上層部にはほとんど評価が成されなかった。

 三○八号は爆弾を投下後、命中したのまでは確認をしたが、爆撃を受けた艦がその後にどうなったのか全く解らなかったからである。

 それよりも翌日の航空隊による総攻撃で致命打を与える事が出来ずに輸送船に乗っていた海兵隊をレゼン島に上陸させてしまった事の方が問題であり、ハシヤマ分遣隊決死の爆撃行は全く顧みられる事無く、ただ参謀たちの話題の端に昇っただけで終わってしまった。

 あの爆撃によって空母一隻が致命傷を負い、退避していったというのを糖子たち……否、帝國海軍が知ったのは戦後になってからの事である。そのため現在はまだ誰も空母に致命打を与えた事など知らず、そのため評価をされる事もなかったのだ。

「決死の爆撃だったんだけどなぁ」

 紙で作った駒で将棋をしながら飛文が愚痴を溢す。

「仕方がないですよ」

 ぶっきら棒に返答をしながら琴音は紙の将棋盤に駒を置く。

「詰みです」

「あぁーッ! クソッタレ!」

「もう一度やりますか?」

 勝利など嬉しくもない、というような風に琴音が訊ねると飛文は「やらない」と不機嫌そうに首を振った。

「何回やっても勝てないし」

「それはどうも」

「というよりボクに勝ったならもっと嬉しそうにしてよ」

 二人がやいのやいのやっているのを横に、糖子は鏡で自分の顔を眺めていた。

 爆撃の際に頬に付いた切り傷が気になる。看護兵の話しによれば、もう少し深ければ咥内が見えてしまっていたらしい。幸いにしてそこまで深手ではなかったが、しかし傷跡が消える事はないとの事だった。

「……ヤクザみたい」

 外見などあんまり気にはしていなかったが、しかし糖子も一応は年頃の女子である。やはり自分の頬に巨大な傷が残っているという事実は彼女を大いにへこませていた。

「名誉の戦傷、傷は勲章ですよ」

 将棋の賭けで飛文から勝ち取った二本のサイダーを持ちながら、琴音が糖子の隣に座った。

「どうぞ」

「ありがとう」

 サイダーを受け取り、栓を開ける。

 機上で飲む際はいつも噴射を避ける為に炭酸を抜いているので、炭酸があるサイダーを飲むのは久しぶりだ。咽喉を通った炭酸がカァーッと刺さってくる。

「……傷は勲章って男の場合じゃないの?」

「戦った者の、ですよ」

 言いながら琴音もサイダーを飲む。

「勲章かぁ……どうせならボクは本物が欲しかったなぁ」

 賭けたサイダーを盗られ、手ぶらになった飛文が独り言のように呟く。

「そんな物貰ってどうするんですか。こんな場所じゃ役に立たないですよ」

「軍服に下げていたら格好良いじゃん」

「子どもじゃないんだから」

 呆れたように琴音は言う。

 格好良いかどうかはさておき、三番島では役にも立たないのは間違いない。

 そんな事を話していると、不意に「上官!」という声がして全員が立ち上がった。

「そのままで良いですよ」

 そう言って入って来たのは華香である。

「黄里さん、ちょっと」

 そう言って華香は手招きをする。

「……何かやったかな」

「ギンバイのやり過ぎじゃないですか?」

 不穏な事を琴音が言い、飛文が「違いない」と笑う。

 他人事だからと莫迦にして、などと悪態を吐きながら宿舎の外に出ると、待っていた華香がニコリと微笑んだ。

「黄里さん、カツレツ食べたいって言っていましたよね」

「言いましたっけ」

 爆撃に向かう途中、無性に食べたかったのは覚えているが、それを口に出した覚えは微塵もない。

「あれ? 言っていませんでしたっけ?」

「思っていましたけど、口に出した記憶はないです」

「じゃあ食べたい事に間違いはないんですね?」

「ええ、まぁ」

 頷くと華香は「良かったぁ」と一瞬暗くした顔を再び明るくした。

「実は主計長に頼んでおいたんですよ」

「へ?」

 何を? と訊こうとした時、夕食を知らせる喇叭が飛行場に響き渡る。

「さぁ、夕食ですよ」

 華香が嬉しそうに言うので、糖子は首を傾げていると主計兵達が夕食を持ってやって来た。そしてそれを見て、華香の「主計長に頼んでおいた」の言葉を理解した。

「カツレツだ!」

「ええ。ちょっと無理を言って、ね?」

「ありがとうございます!」

 手を握って、ブンブンと何度も振る。

 他の搭乗員たちも歓喜の声を出しており、熱いうちに食べようと急いで配膳をしていた。

「じゃあ、食べてきます!」

「うん。ゆっくり味わってね」

 取って付けたような敬礼をして、糖子は飛ぶような勢いで宿舎に戻って自分の分の配膳をすると椅子に座った。

 その様子が面白かったのか、他の搭乗員たちがクスクスと笑っていたが、そんな事など今の糖子にはどうでも良い。

 全員で箸を取り、糖子も愛用の箸を持って両手を合わせた。

「いただきます!」

 そのカツレツが、糖子にとっては何よりも嬉しい勲章だった。



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