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モザイク世界のQOL  作者: 川北えん
9/20

9話


足元の小石が震えだした。

まるで生命を宿すかのように、それは小刻みに跳ね動く。

清流には汚物が混ざり始めて混濁していき、徐々に地面から伝わる振動は大きくなった。

嫌な汗が頬を伝っていく。

どうしてこうなった。

最近は、彼女の暴走を誘導できていると自負していたのに。

遠くにあった砂煙は既に砂嵐のように大きく変貌し、河原の巨石すら空中に巻き上げながら峡谷を割るように接近していた。

すごく恐ろしいものが見えてしまった。

生理的というか、生存本能が受け付けないグロテスクでおぞましいものだ。

峡谷を埋め尽くしたそれは、黒い塊。

多色を混ぜすぎると絵の具は黒に辿り着くように、幾千幾万の魔物の集合体は、只々黒かった。

あまりにも多くの異形が固まりすぎて、個も全体も把握できない。

腰ベルトに装備していた無線機から、岡村さんの深刻な声が届く。


「賢者様、このまま迎撃計画を実行しますが、本当によろしいので?」


よろしくはないです。

断固として。

よくもやってくれたな、正成さん。

もし生き残ったら、泣いちゃうくらいのお仕置きだよ。

もう退けないでしょ。

腹を括るしかないでしょ。

最大限の努力を行使して、震えそうな声を押し殺し平静を装う。


「・・・・士気を燃え上がらせるために僕は召喚されたのですから、これが僕の役割なのでしょう。若干の不測の事態ではありますが、こちらのしつけの問題ですのでお気になさらず。」

「了解しました。貴方様に最大の敬意と感謝を」


無線が切れる。

正成さんは大太刀を地面に突き刺し、柄に両手を乗せ、威風堂々と佇んでいた。

まるで僕の盾のであることを宣言するように。

カッコつけても許さないんだから。

そして、熱狂に満たされた空気を切り裂くように城壁から甲高いラッパの叫びが上がる。

作戦が始動したのだ。

対象の大きさが出鱈目なので遠近感が狂うが、川の前方2キロ地点に魔物の塊が到達したようだ。

同時に、河原の地面に隠ぺいしていた網が遠隔操作により立ち広がり、網の上部は崖に固定される。

それは壁となって渓谷を分断した。

網は鉄線で構成されていて、それに衝突した黒い塊がおびただしい量の血を吐き出した。

自分たちの力の反動で、鉄糸に切り刻まれた細かい肉片が飛び散る。


「ああ、絵面がエグすぎるよ。スプラッター映像は苦手なんだけど」


僕は思わず口元を押さえる。


「ふふふ。某と岡村殿は、寝ても覚めても、いかに魔物を効率的に殲滅するかだけを思案してきましたからな。そのような狂気に近い思考が惨状を生み出すのは道理でありましょう。・・・どうして、そんな悲しい目をするのですか。ここは誉めて下さい」


いやいや、引きますよ。

あの暗い作戦室でニヤニヤして地図を眺める彼女を見たときは、いいことでもあったのかなと思ったけど。

あれは鬼畜が恍惚としていたのだ。


「さすが天才軍師、紙一重だね。」

「誉めているのですよね?」


ちょっと納得していない正成さんを放置して、敵に注意を向ける。

魔物たちを挟む両端の崖は、衝撃の圧力で潰された怪物の体液に染められて、内臓の壁面のように赤く日光を照り返している。

後方では、城壁最上段にて岡村さんが指揮をとっている。

彼は、歯を食いしばりながら目を見開いて、最高のタイミングを計っていた。

岡村さんの手が振り下ろされると、間髪入れず鉄の網に高圧電流が流される。

散乱した血は瞬時に蒸発し、赤みを帯びていた群れの塊から蒸気が立ち上る。

ここまで聞こえる獣の叫びは、悲鳴か。

しかし、渓谷を満たす塊は縦に長大すぎた。

切り刻まれて焼かれたのは、わずかな先頭部分のみ。

後方からの圧力により、先頭の魔物の死骸が防御壁となって押し出される。

そして、あっけなく、鉄の網は破られてしまった。

僕は悲鳴を漏らしそうな口を、力一杯、噛みしめた。


「これでいい」


正成さんが、ぞっとするほど冷たい声でつぶやく。


「やつらの勢いを完全に殺した」


彼女の言う通り、出鼻をくじかれた塊は停滞していた。

一匹の巨大な蛇のように侵略してきた群れは、渋滞し思うように身動きの取れない、ただの魔物の集合体にすぎなくなっていた。

それでもゆっくりと群れは進む。

統率はなく、互いに傷つけ合い、なかには共食いをしながら。

赤水山脈から平地を目指すには、道幅として最も広い河原に沿って城壁を目指すのが近道で最適だ。

だが僕達人間にとっては広大な河原でも、万の魔物にとっては少々窮屈だった。

そして、その動きをコントロールできれば渓谷は魔物の檻となる。

魔物を閉じ込めた檻を爆破するのが、この作戦の肝なのだ。

両端の崖に仕掛けられた火薬は、河川中央に向かって爆風を飛ばすよう設置されていた。

でも渓谷を崩して埋めてしまえば、後続の魔物は崖を駆け上り、広く分散してしまう。

そうなれば侵攻を防ぐのは不可能になり、最悪の結末を迎えるだろう。

そのため、威力が魔物に集中するよう緻密に計算された獄炎が、岡村さんの指示によって目を覚ます。

手前から奥に向かって、連続して発破が実行されていった。

死を呼び込む熱量を持った、灰色と黒色のコントラストが敵に襲いいかかる。

それには、釘やねじ、細かい金属片が混入されていた。


「あの容赦ない異物混入も・・・」

「無論、某の発案です。焼き殺すだけでは効率が悪い。一匹でも多くに血を流させることで継戦能力を奪うのです。傷を負った知能の低い魔物ならば、怒りで無闇に暴れて流血量は増大し、体力を消耗し続ける。巧妙な罠とは美しいものです」


この状況を正成さんは楽しんでいる?

違う。

彼女は武将なのだ。

戦場に血潮の花を咲かせることこそが、本懐であり名誉。

その事実を僕が失念していただけだ。

金属片は鋼鉄の爪となり、魔物の肉に食い込み、切り裂き、命を刈り取る。

そうして圧倒的な火薬量で一キロにわたる長大な範囲を地獄に変えた結果、白煙が雪崩のように城壁に向かって流れ込んでくる。

異臭により嗅覚は麻痺し、視界も奪われる。

それでも赤水山脈をも揺るがすほどの爆発音は続き、鼓膜を打つ。

あまりの衝撃に、三半規管の混乱が絶頂を迎えたころ、敵の最後尾の爆破音が木霊となって城壁を打った。


束の間の静けさ。

喉がひりつくが、あるはずのない唾を緊迫感から嚥下する。

やがて、山脈から吹き降ろす風が滞留した砂ぼこりを巻き上げた。

僕の視界が少しずつ回復し、五感が正常に働き始めたとき、足の裏がじりじりと進んで大地を揺らす敵の生存を感知した。


「敵の長い群れを竜に例えるなら、頭を潰し、体表の筋肉を焼いて削ぎ落した。しかし骨周りは残っております。想定では、骨周りだけの魔物でも城壁が対応できる数を超えてるはずです」


正成さんの状況分析は正しかった。

城壁最上段の物見櫓の兵士がおびただしい数の敵影を確認し、必死にラッパを吹く。

作戦が最終フェイズに移行したのだ。

城壁の400メートル手前には、馬防柵と呼ばれる簡易的な防御壁が準備されていた。

丸太で背の高い柵を組み上げ、敵方向の斜め上に向かって、長い鉄棒が突き出している代物だ。

数百を数える鉄棒はしなやかさを併せ持ち、それは竹林のように河原を遮り、先端は鋭く尖っていた。

砦の兵士は、自分たちの非力を知悉している。

しかし千人近い人間が集まった時、その意思が統一されたとき、驚異的な対応力が発揮される。

戦闘時の比較戦力では、敵いようもない。

血を吐く訓練量で、足りない力を少しでも補う。

それでも届かないのなら、事前の準備で、罠という形で足りない力をストックする。

千人の知識と労力を、この日のために費やす。

神経という針金が千切れる寸前まで研ぎ澄まされ、砦というテリトリーの内側に限界まで蓄積された力を解放したとき、人は容赦のない暴力に対抗しえた。


「ここからが正念場、いや、修羅場ってことだね」

「左様で。撃って撃って撃ちまくり、斬って斬って斬りまくる。単純な暴力のぶつけ合いです。あぁ楽し・・・こほん、失敬。」


この人、やっぱり致命的な一線を超えてる人だ。

史実の楠木正成がどんな人か知らないけど、あの紳士的な貴人から明らかに変質している。

もしかしたら、彼女にスキルを使った僕の深層心理の影響だろうか。

だが、今は思案する暇すらない。

煙を切り裂いて、足の速い、飛行能力を持つ魔物が殺到したのだ。

羽をもつムカデ、固い殻を背負った蝙蝠、トカゲのような鱗を持つカマキリ。

百近くの本来は小動物であるものが、人を優に超える巨体で突撃してくる。

しかし、これらの視界には白煙しか映っていなかった。

馬防柵から突き出る鉄棒に、自動車が衝突するような凄まじさで、次々と魔物が突き刺さる。

動きに知性は感じられない。

あたかもプログラミングされているように繰り返される突撃で、死骸の山が柵の前に積みあがる。

そんな単純行動の反復でも、物量という力が問題を解決してしまうのだから、笑えない。

突き刺された骸が階段となり、第二波の飛翔生物群がそれを乗り越えたのだ。

すべての敵意が、僕と正成さんに集中した。

背骨が凍り付いたように固まって、僕は反応することができない。

限度を超える理不尽な状況は、白昼夢のようにあやふやに感じられて、現実逃避でもしなければ正気を保てない。

だが、魔物が一つの獲物に群がり襲い掛かろうとした瞬間、城壁から鋭い号令が上がる。

目前まで迫った、ハサミと尾を持ったサソリのような怪物トンボが、空中で破裂した。


「え?」


何が起こったのだろう。

思考が追い付かない。

腹部に轟くように重い、質量を持った空気と空気がぶつかって弾けるような音が、遅れてやってくる。

城壁屋上の50を超える重機関銃が火を噴いたのだ。

長い定規のような板には対魔物用の口径の大きな銃弾が等間隔で貼り付いていて、それを砲身の横に砲撃助手が挿入していく。

次々と弾を吸い込みながら、機関銃は分厚い弾幕を形成していった。

熟練した射手は、瞬時にターゲットを優先順位で選り分け、隣接する射手と阿吽の呼吸で連携しながら、的確で無慈悲な鉄の雨を降らす。

弾幕を運よくすり抜ける怪物がいても、確実に体の中心を射抜くライフル兵の餌食となるのだった。

ボルトを引いて空薬莢を排出し、弾を装填して標準を合わせる。

手つきは丁寧かつ正確で、焦りはないように見える。

驚くほど機敏に、一連の動作が流れる様に行われ、モンスターが入り乱れる中で必中の一撃を放つ。

ライフルは単発式なので、もちろん連射はできない。

その分一発の弾丸が外れれば時間的損失は大きい。

ライフル自体の型式はかなり古いらしいのだけど、その命中力には目を見張るものがあった。

僕には、城壁から突き出した数百の針の如き銃身が一つの意思を持つように連携して動いている有様こそ怪物的に思えた。


銃撃戦が終わりなく続く。

血の雨が降るようだとよく言うけど、実際には雨なんて優しいものじゃなかった。

空中にモンスターを詰め込み、その空間ごと地面に叩きつける感覚に近い。

そうなのだ。

岡村さんは、戦争になると明言したのだ。

しかし、これはもっと酷い事態だ。

意思疎通もなければ、降伏も許されない。

どちらかを殲滅するまで終わらない殺し合い。

血で赤くなっていた川は、すでに死骸で埋まり流れが滞留している。

そして飛行性の魔物の飛来がやっと薄れてきた頃、弾幕もつられるように薄くなった。

重機関銃の砲身が熱を持ち過ぎたため、それを交換するためのタイムロスが発生したのだ。

間隙を突くように、遅れてやってきた歩行型のモンスター群が馬防柵に襲い掛かる。

カニの足を持つバッファローが、多足をわさわさと動かして突進し、バッタのような節足をしたワニの巨体が飛び跳ねる。

多様な魔獣が柵にぶつかり合う中でも注視すべきは、一回り飛びぬけて大きく、体のあちこちから象牙をはやし、三つの頭をぶら下げた青いマンモスだった。

それは、叫びながら上体を起こし柵を踏み潰そうとする。

しかし、敵意に満ちた、震えあがるほどの力を浴びせられても、柵が突破されることはなかった。


「文献によれば、歩行型のモンスターは総じて堅固な皮膚を備えています。柵から突き出す鋭い鉄の先端でも、それらを貫くことはできません。なので竹のように大きくたわむように鉄棒を加工しました。柔軟性を持つ鉄棒がモンスターに絡み付き、力を吸収し無力化するのです」


すらすらと解説する正成さんに、僕はあらためて戦慄した。

彼女とて、魔物と対峙するのは初めてのはず。

机上の理論だけで、こうも戦場を支配できるのか。

いや、それが軍師という存在なのだろう。

経験からのみ正解を導くのは凡人の仕事。

異常と超常の両輪で思考する彼女は、戦争という予測不能な鉄火場に愛されているのだ。

思惑通り足止めされた怪物たちは、柵を通して撃たれる銃弾の的となり、おびただしい数の大型モンスターが地に倒れていく。

折れた牙や千切れた足が、僕のすぐ横を飛んで転がっていく。

僕は、この阿鼻叫喚を握りつぶしてドロドロにしたような光景に一生うなされるだろう。

それでも優勢だ。

防ぎきれる。

弾丸が空気を裂く鋭角的な音がいつまでも続き、そんな非日常的な光景にも免疫ができそうになる。

でも、僕の気がわずかに緩んだ時、正成さんが苦虫を噛み潰したような顔で振り返った。


「空十様、無線機を拝借します」


彼女は急いで岡村さんとコンタクトをとる。

その言動は、追い詰められた色に染められている。

あの変態的に完全な軍略家がだ。


「岡村殿、これはいただけぬ。早晩、戦線は崩壊して完全な白兵戦に移るだろう。そうなれば、こちらは皆殺しにされる。今すぐ切り札をきるべきだ」


無線機からは、岡村さんの同意の声がくぐもって発せられる。


「どういうことだい、正成さん。優位に攻撃できていると思うのだけど」

「我々の弾薬は無限ではありません。しかも敵側は続々と新手を繰り出してくるのに対し、こちらの兵士の疲労は限界に近付きつつあるのです」


恐怖と興奮で、僕の中の時間の概念が吹き飛んでいた。

もうどれくらい戦闘状態にあったのか。

注意深く後ろをみれば、反撃を続ける兵士の目は、どこか虚ろで生気が感じられない。

そして、わずかに攻撃の手は緩んでいた。

失念していた。

橋ノ森に職業軍人は少ない。

彼らのほとんどは、普段は農民なのだ。

もちろん実戦は初めて。

これほどの長時間にわたる命の取り合いなど未経験だ。

それに、この圧倒的物量の侵入をすべて阻むことはできなかった。

幾匹かの翼を持つ魔物は城壁に到達し、帯剣部隊との戦闘が勃発していた。

むしろ今までよく堪えていたというべきだろう。

正成さんが重い口を開く。


「見通しが甘かったか。あらゆる想定をしたつもりが、どこかで異形とはいえど獣の類と侮っていた。これだけの血が流れれば、獣であれば山へ引き返すという発想が間違っていたか」

「いや、このモンスターたちの様子は明らかにおかしいよ。異国の患者さんから聞いたモンスターの気性とも違い過ぎる。死を恐れなさすぎるし、まるで発狂しているようだよ」


そう、明らかにこの怪物たちの精神は異常をきたしている。

何らかの病気に感染し、暴走しているのかという思考がよぎる。

これを止められるのか。


「正成さん、その切り札というのは何ですか。この狂気の沙汰を阻むことができるのでしょうか」


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