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モザイク世界のQOL  作者: 川北えん
3/20

3話

その巨大な機械は、よく町で見かける変哲のないガチャガチャを3階建てのビルくらいに大きくしたものだった。

ハンドルは両手に抱えるほどのスケールとなっている。

これは、最初の一大イベントだ。

ペンギンさんは言っていた。

彼が創造したスキルとキャラクターが排出されると。

それは、実際かなりのアドバンテージとなるはずだ。

スキルは個人の性格や生き方に左右されるが、この景品は、その影響下にない。

つまり、ヒーラーの僕が、強力なアタッカースキルを手に入れる稀有なチャンスとなるだろう。

キャラクターも同様だ。

僕とは異なるスキルを所有するパートナーが排出されれば、いきなりパーティーが組めるのだ。

それが、かわいい女子なら、もうそれだけで人生の勝者だ。


精神を集中して、物欲を一旦リセットする。

無心だ。

我欲をマシーンに悟られてはいけない。

そして、淡々と、日々のルーチンワークのようにハンドルを回す。

大きさに反して、それは異様に滑らかに回転した。

透明なボックスの中のカプセルたちが、意思を持つかのように胎動し、かき回される。

ハンドルを回し終わると、強い衝撃音と白い噴煙を伴って、運動会で小学生が転がすような、人の身長より大きな大玉がマシーンから飛び出してきた。


「ふふ。さてさて。僕のバラ色の冒険は、ここから始まるのさ」


そしてカプセルは真二つに割れ、中から人がスモークを放出しながら顕現する。


裸のおじさんが現れた。


いや、よしてよ。

無理です。

おじさんは、鍛えあげられた筋肉を纏う、最高のサラブレットのような、しなやかな体格をしていた。

細マッチョというやつだろう。

顔は端正で、気品に溢れている。

どうして、僕はこう、イケメンと縁があるかなぁ。

おじさんと二人旅とか、需要ありますか。

死んだ目をペンギンさんに向けると、彼はひどく興奮していた。


「すごい!神引きじゃないか。Aランクキャラの楠木正成さんだよ」


楠木正成?

僕は歴史が得意じゃないけど、時代劇の人だろうか。

まあ、信長ではないことは、わかるよ。

信長さんと二人旅とか、とんでもない地獄を回避したことだけは感謝しよう。

いや、ちょっと待って。

Aランクと言いやがりましたか。


「Sランク確定ガチャじゃないの?」

「はあ?そんなこと僕言ってないでしょ」


この鳥もどきが!

飛べない哀れな存在が!

革新的なペンギン調理方法をレシピにして、ウェブにアップしてあげようか。


「正成さんに失礼でしょ。彼は日本二大英雄の一人だよ。500人の部隊で30万の大軍を退ける、チート武将にして、稀代の名軍師。しかも、その忠義は変態級。人徳にカリスマ、明晰な頭脳と知略を併せ持つ、完璧超人だよ。空十が100万人で挑んでも、彼には勝てないだろうね」

つまり、とんでもなく有能な人材なのは間違いないのだろう。

Aランクでチート武将ということは、Sランクキャラとは、もう人ではないのかもしれない。

問題があるとすれば、女性と勘違いされる容姿の僕と、イケメンおじさんが二人きりで旅路を進む絵面だろうね。

ちょっと、ノーマルな物語ではないよね。

そんな感じで僕が悶々と悩んでいる間に、正成さんは一直線にガチャガチャマシーンへと歩み寄っていく。


「どうやらそれがしでは、主君に満足いただけないご様子。かくなるうえは、この巨大からくりに某が戻る故、もう一度お引きなされよ。それが今できる最大の奉公と存じ上げる」


そんな忠義溢れる言葉を残すと、正成さんはガチャガチャの排出口の窓を無理やりこじ開けようとする。

メキメキと悲鳴をあげる窓は、開くというより引き剥がされ、彼は機械の内部に潜り込もうとする。


「やめてぇ!僕が創造した主人公奴隷化マシーンが壊れちゃうよ!」


ペンギンさんが悲鳴を上げながら、正成さんの背中に抱き着いた。

正成さん、そのまま悪徳運営の野望を打ち砕いてください。

けれど初対面の僕のために、自分を生み出した神様の御使いをも歯牙にもかけない忠実さは、尋常ではない。

この人は多分、息を吸うように、主のために躊躇いなく命を捧げられる人なのだ。

ちょっと僕でも惚れてしまうような男振りに、感動すら覚えてしまう。


「正成さん、ちょっと待って。もうちょっと僕の話を聞いてください」


僕が慌てて止めに入ると、彼は直ちに跪いて首を垂れる。


「どこの馬の骨ともしれない僕のような若輩に、付き添えと突然言われて、あなたは疑問を抱かないのですか」


僕も膝をついて、正成さんに問う。

あなたは、易々と他人に頭を下げて良い出自の人ではないはずだ。


「某たち創造された人物は、御使いの分身のような存在にございます。情報も共有しているので、空十様がどのような人となりで、いかに崇高な信念をもって世界を救おうとしているかも存じております。これに助力を惜しむなど、武士の名折れでございます」


やっぱり、真っ直ぐ過ぎる人なのだ。

彼となら、自分の命を無条件で預けられるパートナーになれるはずだ。


「顔をあげてください、正成さん。僕のほうこそ、貴方のような偉人に助けてもらえるなんて、幸せ者だよ。」

「主様!」


裸のおじさんに抱き着かれた。

力強く抱擁される僕。

あぁ。

やっぱり、これ駄目な展開しか想像できないよ。

正成さんは歴戦の武人らしく、意外とスキンシップも激しいし。

人格は文句の付けようが無いし、能力的にも、僕には勿体ないぐらいだ。

問題があるとすれば、中年おじさんと二人きりで旅をしたくない僕のわがまま。

あれ?

僕はここまで自分勝手ではない性格だと思っていたけど。

自分が世界の主人公と知って、調子に乗ってしまったかな。

でも前回は我慢を重ねすぎて、結局、袋小路に陥ってしまったのだ。

今回は、自分の気持ちに自由でいたい。


「正成さん。これから一緒に頑張っていきましょうね」

「勿体なきお言葉でございます。主様のため、身命を賭して励みまする」

「それでは、最初のお願いを聞いてくれますか」

「は。何なりと仰せつかってください」


いま、僕が一番願っていること。

それは。


「正成さん、女性になってください」


僕は彼の手を握りしめて、懇願した。

もう、決めたのだ。

新しい人生では、つまらない妥協はしないと。

かわいい女の子と、二人で旅に出る。

それは絶対に譲れない。


「主様、某はあなたのためなら鬼であろうと、万の軍勢であろうと切り伏せましょう。しかし女性になるというのは。もちろん可能な願いであれば、万難を排して実現に努力するのですが」


正成さんは顔は青ざめさせて、困り果てている。

けど、僕の思惑が成立するなら、彼は美少女として生まれ変われるはずだ。

なぜなら僕の世界への拒絶は、負の連鎖の共鳴の結果ではあるけど、存在しないはずの大怪獣さえも生み出したのだから。

ましてや、ガチャから出てくる武将は、僕の日本では美少女キャラクターで間違いなかったという実績がある。


「安心して。僕は主人公だよ。僕の認識は、この世界に強い影響を与えるはずだ。正成さんを女性であると強く思えば、現実は改変されるはずなんだ。そうでしょう、ペンギンさん」

「そんな無茶な提案は、このかた初めてされたけど、理論上は不可能ではないよ。たとえば君の家族や友人のように、宇宙で折り重なりあう世界の主人公たちには微々たる影響力しか発揮できない。けど、僕が創造した楠木正成は、純粋に世界の一部だよ。そういったものは、認識者の想いをダイレクトに受ける。ただ、普通は長年の蓄積された願いが影響するものなのだけど。今回は本人も君の願いを叶えたいと強く想っているみたいだし。可能性は低いけど、試す価値はあると思うな」


よしきた。

あとは、僕のイマジネーションと情熱の問題だ。

この場合、下心が重要なキーとなるだろう。

幸いにも、僕は思春期真っただ中の元大学生。

女の子に恋焦がれる気持ちは、人生のトップコンディション。

僕は、正成さんを強烈に見つめる。

目が血走っているかもしれない。

正成さんの顔が引きつっている。


「僕を信じて」

「某は、全てを主様に捧げまする」


ごつごつした彼の手を握り、深く強く念じる。

只々、純粋に、彼を彼女にと。

胸のあたりに熱が溜まり始める。

強く想うほどに、その温度は上昇して、灼熱の様相を呈する。

やがて、熱い何かは腕を伝って手のひらに凝縮し始める。

握りしめた指を解くと、熱の塊は蜃気楼のように空間を歪ませ、燭台の形を成した。

取っ手の付いた小さな皿の上に、緑色の火と灯したロウソクが一本乗っている。


「これは?何が起きたの」

ペンギンさんは、燭台をしげしげと見つめる。


「おめでとう。スキルが形を成して、無事発動に成功したね。これが、君の『許すモノ』の正体さ」


どうやら、この頼りない細いロウソクが、僕の力らしい。

小さな火を見つめて、胸の奥と頭蓋の中心からエネルギーを送るイメージをする。

それに呼応するように緑の光は揺らめいて、正成さんを優しく照らす。


春日空十は、楠木正成が、性の転換をもって世界に在ること許す。


自然とそんなセリフが目の奥で木霊する。

すると、ロウソクから正成さんへと緑の粒子が飛び火した。

粒子は彼の全体を包みこみ、再び人の形へと収束する。

そこには、長く艶やかな黒髪が印象的な美女が佇んでいた。

大きな瞳は、濃い朱色に潤んで陽光を反射している。

正成さんは長身だったので背は僕より高く、モデルのような八頭身。

少し筋肉質なすらりとした足が艶めかしく伸びる。

そして、目を見張るグラマラスな裸体。

裸体?


「あ、あう...」


彼女は顔を真っ赤にして、その場にうずくまった。

蒸気を発しそうなくらい、体中を火照らせて震えている。


「このスケベー!」


ペンギンさんに殴られた。

だって、最初から裸だったじゃない。

平然と裸で抱き着いてきたじゃない。

行動のプレイバックを僕は望みます。




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