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モザイク世界のQOL  作者: 川北えん
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最終話

辺りを覆いつくす白、白、白。

はじめは雪かと思ったが、違う。

これは灰だ。

本来は塹壕が縦横に巡り、銃弾と魔法で穴だらけの戦場にいたはずなのに。

ここは白しかない、それ以外になにもない所。

次第に意識がはっきりとしてきた。

服は焼け焦げているのに、まるで匂いすら燃やし尽くされたように、鼻はなにも感じられなかった。

正成さんはどこだ。

メトロは、シルヴィア王女は。

ラックバート王は無事なのか。


「全部、燃やしたよ」


頭痛と共に、脳内に声が響く。

かさり、かさりと足音がする。

いや、耳には感じ取れない。

実際には音すら生じていない。

でも、脳がそうであると判断した、灰の地面を歩く音。

目を向ければ、やせっぽちの男が一人佇んでいた。


「やあ、認識者くん。ハッピーかな?」


この人は、写真で見たことがある。

エスタベル軍の指揮官で、クーデターの首謀者のギリアム王子だ。

思考はそう判断するも、僕の視界がハッキングされたかのように、ギリアム王子の顔には鉛筆で塗りつぶしたような渦が邪魔をして表情が見えない。


「ぼくはね、アンハッピーなんだよ。この世界が憎くてしょうがない」


そう言うと僕の襟首をつかみ、淡々と殴り始めた。

体に力が入らない。

顔面が腫れあがって。まぶたは切れて血が流れる。

鈍さと鋭さの両方を併せ持つ痛みが襲っているのに、どこか他人事のようにも感じられる。


「ぼくは、ぼくたちは愛した。本当に愛した。でも深い愛ゆえに、裏切られた時の憎しみと悲しみは言い表せないものだったよ。だから壊した。ぐちゃぐちゃに。粉微塵に。跡形もなく」


なにを言っているんだ、この人は。

意味不明な妄言を抑揚のない声で漏らしながら、この人は僕を殴り続ける。


「そんなゴミ屑を、縫い合わせて再生する?ぼくが認めるわけがないだろう」


血で染まった腕を振り上げながら、僕はこの人が泣いているのではないかと思った。

僕の口の中は切り傷だらけでうまく喋れない。

恐らく言語としては聞こえないだろう。

でも僕の力は在り方に干渉する力なのだから、ただ口にすれば良い。


「正成さん、斬っていいよ」


剣の閃きが男の振り上げた腕を切断する。

ギリアム王子の動きが止まり、切断された腕をきょとんと見つめる。

斬撃は止まらない。

正成さんらしくない感情的な切り口で、一瞬でギリアム王子は細かい肉片へと変貌する。


「空十様、申し訳ありません!」


刀を放り出して駆け寄ると、彼女は乱暴に僕を抱きしめた。


「いやいや、ギリアム王子のパンチより君の抱擁のほうが危険だよ。ほら、骨が軋んでいる」

「ばか。空十様のばか。もっと早く某を呼んでくれれば良かったのに」

「ごめんね。でもギリアム王子の正体を知りたかったんだ。あれとよく似たものを見たことがある。多分あれは、僕の世界を破壊した怪獣と同じ『世界に終わりを告げる者』だよね、ペンギンさん」


正成さんの背中から、可愛らしいペンギンがひょこりと顔を出す。

この世界の管理人である御使い様だ。


「あれの出現は、かなりヤバい緊急事態だから、ペンギンさんは絶対に来ると思っていたよ」

「やあ、久しぶりだね。君の活躍は、いつも楽しく見せてもらっていたよ。御使い仲間のあいだでも好評でね。本格的に世界のリサイクルプロジェクトをみんなで始めようかって盛り上がっているよ。ただ、世界の断片を集合させた弊害が、やっぱり出現したみたいだね」

「ギリアム王子には、何かが憑いていた。でも、終わりを告げる者の出現条件はなにも満たされていないはずだよね」

「あれは世界の欠片に付着していた、認識者たちの恨みや辛みの集合体だよ。この世界の魔物は、基本的にそうやって発生するのだけど、一定量を超えると君が生み出して世界を破壊した怪獣のようなものが生まれるのさ」


旅立つときにペンギンさんはその出現を危惧していたけど、実際に起きてしまったということか。

そして、その討伐も認識者である僕の役割だった。

あれは他の世界の認識者たちの残留思念から生まれたものだから、僕に近しい存在だとは気づいていた。

僕も、あれも、この世界に大きく干渉することができる。

正成さん達を燃やし尽くしたのも、物理的な攻撃ではなかった。

あれが彼らの存在を認めないことで、世界に干渉し消し去ったのだ。

であれば僕にも同じこと、いや反対のことができると思った。

正成さんを強く想えば、彼女は世界に舞い戻ると。


「お二人とも、気を付けてください。奴が動き出しました」


正成さんが剣を構える向こうには、ギリアム王子の肉片から立ち上る黒い霧。

それが形を成し、高層ビルほどもある大きな怪物へと変貌していく。

頭部が二つある四足の獣。

右半身は赤黒い炎に包まれた虎に。

左半身は青白い雷に覆われた狼に。

二つの顔には目がない。

本来眼球があるべき場所からは長くうねった角が生えていた。

あまりにおぞましい怪物は、あらゆるものへの怨嗟の雄叫びを上げた。

その口内には暗い空間が広がっており、恨みのこもった数万の目玉に埋め尽くされていた。


「サクラミカヅチ!」


有無を言わさず正成さんが斬撃を浴びせ、騎馬武者の軍団が怪物に突撃する。

狼の頭が吠えると、角が青白く輝いて周辺の空間に雷を圧縮した球体が出現した。

民家ほどの大きさがある無数の球体がシャボン玉のように弾けると、稲妻の爆発が僕の視界を覆いつくす。

それでも彼女は無限の力で攻撃を繰り返した。

虎が、長い角を地面に突き刺す。

すると真っ白だった大地が粉々に割れて、そこから赤黒い炎の地獄が現れた。

武者たちは、怪物に近付くことさえ敵わない。

ペンギンさんが神妙につぶやく。


「あれはスキルの力では倒せないよ」

「どういうことだい。正成さんは最強の存在のはずだ。彼女の力が及ばなければ、怪物を倒せる人なんていないよ」

「スキルとは、僕が不安定なこの世界のために後付けしたルールにしか過ぎない。世界の制約に縛られた彼女が、世界に干渉する力を持つ怪物を倒すことは不可能なんだよ」


それを聞いた正成さんは、敵から目を離さずに大笑した。


「そのようなことは、先刻承知している。某は空十様の縛りを解く時間を稼ぐのみ」

「僕の縛り?」


ペンギンさんがぺたりと僕の胸に手をあてる。


「言ったでしょう。スキルとは、この世界の制約。認識者である君を縛るルールなんだよ。けど怪物を浄化するには、あれと同等の君の力を解き放つ必要がある」


僕の胸に浮かび上がる『許すモノ』の文字。

それにノイズが走り、消えていく。

いま初めて自覚した。

手が不自由であったことを

脚が重かったことを。

心が窮屈であったことを。

圧巻の自由。

人は生まれながら選択の許された、許されるべき生き物なのだ。

本当は数えきれない選択肢が周囲を覆っているのに、それに気が付かないか、逆に自由であることに閉塞してしまっているだけなのだ。

かぎりなく白に近い金色の金属の小片が鱗となって僕を包んでいく。

やがてそれは鎧となって装着される。

天空からは僕を祝福するように光が差し、細長い布が幾重も降りてきた。

柔らかい布は体に巻き付いて衣のようになり、温かみを与えて体を浮かせていく。

最後に10メートルはある長く細い布が背後で回転し円を描きながら燃えはじめた。

緑色の炎は、愛おしく辺りを照らし出すのだった。


「それが、本当の君、この世界の存在を認識し支える者の姿だよ」


今ならわかる。

あらゆるものは、それを知るものがあって存在できるのだと。

だが、あの怪物はその立場にいながら全てを拒絶する。

自分以外を決して認めないし、許さない。

それを知ってしまった僕は、彼に言わなければならない。


「そんな君は、だから誰からも肯定されることは無いし、受け入れられることもない」


言葉が光を発して胎動する。

暴れ狂う怪物に到達した言葉が、彼の耳から体内に侵入して、神経と血管を通って全身にいきわたる。

緑の粒子とも炎とも見える純粋なエネルギー体となった言葉が体中に充満して、怪物は苦悶の雄叫びをあげた。


「だから、許さない君を、世界も許さない」


さらに言葉の閃光は激しさを増し、怪物の体から溢れ出す。

大地と空と怪物が光によって連なり、そして空間の全ては激しい緑の奔流に満たされた。




目が覚めると、そこは芋鍋祭りの会場だった。

河原に敷かれたシートの上でメトロとシルヴィア王女、ラックバート王が楽しそうに鍋を突きながら酒を酌み交わしている。


「お役目ご苦労様でした、空十様」


隣に座っていた正成さんが柔らかく語りかけて、僕の顔を胸に抱く。


「僕たちは、どうしてここに。戦っていたはずなのに。怪物はどこに」


僕の疑問に、正成さんの膝の上でおいしそうに芋を頬張るペンギンさんが応える。


「彼は君によって世界から拒絶された。その存在がはじかれた世界では、今までの彼の行為や影響の全てが抹消されたようだね」

「橋ノ森は、救われたのです空十様。残念なのは、その偉業を知るものがいないことですが」


あまりの事態を飲み込めず、混乱で意識が朦朧とする。

・・・けど、とりあえずは大丈夫ってことかな。

全て終わって、見えなかったものが見えてきて、何だか笑えてきた。


「何を笑っているんだい、君は。気持ち悪いよ」


ペンギンさんが僕の頭をぺしぺし叩く。

たぶん、いままでも誰かのおかげで人知れず世界は回っていたのだ。

こうして美味しく食べて酒を飲んでお祭りをするのも、僕だけでなくて、名も知れない誰かの行為の積み重ねにすぎないかもしれない。

誰かのおかげで誰かは生きている。

こんな簡単なことに気づけなかったなんて。


そんなに素晴らしいことが、あるだろうか。



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