19話
その巨体からは想像ができない機動力で、シルヴィーガーが大地を覆う騎士団を蹴散らしていく。
本来は物を掴むための拳がロケットのように空を飛び、悲運な戦士たちに鋼鉄の鉄槌を浴びせた。
それでも戦況は互角。
異変を察知した左翼の騎士たちが合流してきたのだ。
数は力。
それを証明するかのごとく、彼らは仲間の屍をも盾としてシルヴィーガーに肉薄する。
ロボットの蹴りが人ごと大地を抉るが、それにも怯まず彼らは鎖を投擲した。
大型魔物拘束用のチェーンが何本も足に絡み付く。
だが馬力が違い過ぎた。
チェーンを握りしめた戦士たちが、ロボットの抵抗を受けて吹き飛んでいく。
「今頃、ムウはあまりの不合理に怒り心頭でしょう」
冷静に戦場の推移を観察していた正成さんがつぶやく。
「確か、エスタベルの王宮魔法士長だよね」
「軍の参謀でもあります。理論から戦場を組み立てる性格だと聞いていますので、私がムウなら、あの不合理の塊を許せませんね」
「シルヴィーガーのことかい?」
「人型兵器などナンセンスの象徴でしょう。それをマシニカの最高の頭脳が生み出したのですから皮肉が効きすぎている。メトロは無自覚でしょうが、これ以上の挑発はありません。普段は冷静沈着な魔法士を激昂させるほどに」
戦う前から勝利を確定しなければ指揮官失格である。
それを体現する正成さんは、今まさに戦争を完全にコントロールしている。
もとより少数の劣勢であればあるほど力を発揮するタイプだから、本来は絶望的なこの戦場こそ彼女のホームなのだ。
「やはり、ムウが動いてきましたね。エスタベルの奥の手、『魔法十二士』を投入してきました」
ムウが自ら鍛え率いる12人の魔法スキルホルダーたち。
スキルの力は三すくみであり、機甲スキルは武人に、武人スキルは魔導に、魔導は機甲スキルに強い。
実際の戦争において一種類のスキル攻撃に頼ると、敵軍が相性の悪い戦闘スキルを保有していた場合には一方的な被害を受けることがある。
理想は三種のスキルを保有することが望ましいが、スキルホルダーの絶対数が少ないため現実的には不可能だ。
エスタベル軍が周辺国最強の立場にあるのは、武人と魔導、二つの戦力を保持しているからだった。
「ムウは無自覚にしても、受動的に奥の手を出さざるを得なかった。しかも先頭を飛んでいるよ。本当に怒っているみたいだね、正成さん」
「彼らは常に戦場の王者であり続けた。それが橋ノ森のような弱小に噛みつかれたのです。彼らのシナリオにはなかったことでしょう。ともすれば無条件降伏すら期待していたかもしれません」
だが、魔法攻撃の効果は絶大だった。
空を飛ぶ魔法使いの速度と機動は並外れたものであり、空中から撃ちこまれる炎や雷は地形を変えるほどの威力を持っていた。
例えるなら、人の形をした攻撃ヘリだろうか。
だか、威力も速度もヘリコプターを軽く凌駕している。
シルヴィーガーの不利は見るからに明らかだった。
空中に向かって撃たれるビームは、ことごとく回避され、反撃に装甲を焼かれる一方だ。
そもそもシルヴィーガーには対空兵装が積まれていない。
もとが山脈を降りてくる魔物への備えであり、空中戦を想定していなかったからだ。
もちろん、この短期間で改造することなどできない。
「空十様、どうやら拙者の出番のようです」
「まったく心配はしていないけど、ここら辺の地図を作り直すのも大変だから程ほどにね」
「御意」
次の瞬間には、彼女の影は掻き消えていた。
一方で魔法士たちの爆撃は威力を増していき、ついにはシルヴィーガーが膝をつく。
「くははは。初戦は張りぼてよの。不条理とは、すなわち醜悪。わが合理の魔導に触れ伏すがいい」
ムウが高笑いとともに勝利を宣言した。
その嘲笑を切り裂く疾風が一迅。
「失礼、ご老体。まだ宴の終わりには早いかと。少々、この不肖の剣に付き合っていただきたい」
いつの間にか正成さんがシルヴィーガーの頭部に立ち、するりと馬上刀を抜き放つ。
それを見たムウは訝しながらも、はたと思いつく。
最近、山脈砦での戦いで活躍した乙女たちの報告を。
「ほう、これは驚きだわい。矮小なる橋ノ森に、まだ力を持つ者がおるのか。だが心して聞け。我は12の魔法士の長にして、魔導の極意である。わがスキルこそは・・・」
「興味無し」
「は?」
「知ったことか、と言った。これから何千もの敵兵を斬らねばならんのだ。いちいち問答を重ねれば、終わるものも終わらん」
正成さんにとって、ムウですら雑兵の一人にすぎない。
ここからでもムウのスキルのパワーは感じられる。
多分、僕とおなじBプラス級の力の持ち主だ。
それでも、正成さんのA級スキルの力の前には絶望的で圧倒的な力量差があるのだ。
「一切合切、斬り捨て御免」
正成さんはふわりと合掌をして死にゆく者への冥福を祈った後、緩やかに剣を構えた。
僕に封印された彼女の力。
その名は『サクラミカヅチ』
A級の武人スキルだ。
正成さんを起点に振動が広がり、戦場全体を揺らす地響きとなる。
大気は薄い桃色に染まっていき、さらに深い色のオーラが彼女を包みこんでいく。
やがて淡い紅色の力の流動は形を成し、全長が100メートルはあろうかという大桜がそびえ花開いた。
あまりの美しさに、全ての戦士の手は止まり、戦場の時計の針すら止まる。
だが僕だけが知っている。
あれは、時計を止めた後、それを容赦なく叩き壊すのだ。
綺麗な桜の巨木こそは暴力エネルギーの塊であるから。
正成さんの能力は単純明快で、主君への忠誠心をエネルギーに変換するだけ。
問題なのは、自分で言うのも恥ずかしいのだが、彼女の僕に対する忠義は無限だと思う。
つまり、いま数千の兵士たちを魅了しているものは、無限エネルギーそのものなのだ。
大きく風が吹いた。
それに乗って桜の花びらが舞い散る。
花びらはやがて変容していき、桜色の騎馬武者の軍団へと生まれ変わっていった。
慌てたムウたちが魔法で迎撃するも、騎馬武者の奔流に一瞬にして飲み込まれてしまう。
魔導スキルが武人スキルに弱いという前提以上に、パワーの桁が違い過ぎた。
無限とは、そういうことだ。
大木から舞い降りた桜色の武者たちは、地上を埋め尽くす騎士たちをも圧倒的に蹂躙していく。
あの武者の軍勢の正体は、正成さんの斬撃だ。
極まった斬撃は、あたかも付喪神のように意思を持ち、精霊のような存在へと昇華した。
桜の騎馬武者は絶え間なく降り注ぎ、増殖していく。
奥の手である魔法十二士を失ったエスタベルに、それを阻止する力はすでになかった。
塹壕からは橋ノ森の兵から大歓声が沸き上がり、それに呼応するかのように銃撃も勢いを取り戻す。
「これで、勝った」
僕は救護兵への指揮と、重症兵の回復のために走り回って感覚のなくなった脚を握りながら、無意識のうちにつぶやいた。
「そう思うだろう?」
なんだ、いまの声は。
頭の中に急にスピーカーでも埋め込まれたような、この感覚は。
「誰もが甘い夢をみたい。誰もが自分は幸せになると疑わない」
脳内の声は、僕だけに聞こえているものではないようだ。
周囲の兵たちも頭を抱えながら困惑していた。
「そんな世界が、あるものか!」
掴みようもないほど深い、怨嗟の声。
同時に、白い光が一面を覆いつくす。
白い炎は、全ての形を燃やし尽くした。




