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モザイク世界のQOL  作者: 川北えん
17/20

17話

黄色い電球がむき出しの土壁を照らし、その上を慌ただしい人の影が行き来している。

ここは城壁の外の、農園地帯をさらに離れて設置された地下指令本部だ。

あの後、一方的に押し付けられた宣戦布告によって橋ノ森には非常事態宣言がだされ、戦争状態に突入していた。

シルヴィア王女の殺害の濡れ衣を着させられたラックバート王の言い分を聞く人間が、すでにエスタベルにはいなかったし、冷静な判断ができる為政者たちは牢屋の中だった。

情報部によれば、万をこえる騎士団がエスタベル王を数日前に出立し、いつこの戦線に到着してもおかしくない状況にある。

戦争に不慣れな橋ノ森の民たちは、正成さんの指揮のもと避難を実施し、迎え撃つための作戦の立案をしている。

いまも広い机の上に置かれた大きな地図を睨みながら、彼女とラックバート王、そして橋ノ森群の指揮官が作戦案の最後の詰めをしていた。


「どうだい正成さんよ。俺たちは生き残れそうかい」

「王殿下。この国の軍隊は、勝つための訓練をしてこなかっただろう」

「耳が痛いやな。基本的に戦争ではなく、魔物の襲来に備えてきたからな。俺たちで可能な限り遅滞戦闘に集中して、エスタベルの援軍を待つのが戦略の根本だったからな。けど、戦闘スキル持ちが誰もいないんだぜ。言い訳がましいがよ、それしか現実的な選択がなかったのよ」

「わかっている。だが強みも明確だ。遅滞戦闘に特化した軍隊とは、勝てないが、限りなく負けにくい軍隊でもある。問題はエスタベルが担っていた矛としての代役が必要なのだが」


正成さんが、懇願する目で僕をみつめる。


「空十様、拙者の力は空十様のためだけに振るうつもりでした。しかし、今は、この国の人たちを救うために刀を振るいたいのです。美味い酒と飯を出す居酒屋に、芋鍋会で一緒に騒いだ純朴な民草。黙って見過ごすには、情が湧きすぎてしまいました」


そういうと僕の両手を彼女の冷たい手が握りしめた。

僕は嬉しかった。

はじめて、自身の本当の願いを僕に言ってくれたことが。

正成さんが、この世界に作り出された僕の護衛役としてではなく、一つの人格としての行動を欲していることが。

僕の中で、彼女に対する愛おしさみたいなものが、完全に固まった瞬間だった。


「どうか、どうか拙者に命じてくださりませんか。この国を守れと」


僕は、本当に嬉しさのあまり感情が暴走して、彼女を正面から抱きしめる。

腕の中で、正成さんの体がカチコチに強張っているのがわかる。


「そ、空十様。こっこれは、一体、どうしたのですか」


ふふ。

舌が回っていないよ。


「君の主君として命じる。君の全ての力でもって、この危機を救ってほしい」


より一層、抱きしめる力を強める。

以心伝心なんて、ないと思っていた。

でも、この時だけは、僕の中に芽生えた気持ちが正成さんにも伝わったような気がしたんだ。

正成さんも僕の背に手をまわして抱きしめ返す。


「拙者がスキルを使えば、世界のパワーバランスが崩れてしまいますよ?」


耳元で彼女がつぶやく。

暖かい吐息が耳をくすぐって、気持ちいい。

その声は、とても嬉しそうだった。


「いいんだよ。僕たちは、この世界を知るために生まれたんだ。僕は、橋ノ森のことがもっとよく知りたい。そのための力の行使はやむを得ないでしょう」


どちらともなく離れ、見つめ合う。

正成さんは、ゆっくりと馬上刀を取り出して、力の封印のために巻き付けていた紐を解いた。

そして、彼女は高々に宣言した。


「安心なされよ、ラックバート王。いま、この瞬間、この国は救われた」




地下指令本部を起点として、迷路のように塹壕が張り巡らされている。

ここが防衛線だ。

いまも首都の民は、鉄道により隣国のマシニカへと避難を続けている。

最初は、その時間だけでも稼げればと誰もが思っていたに違いない。

だが、僕と正成さんだけは違っていた。

僕は山脈砦から呼び寄せた顔なじみの救護兵の面々と連携して、特殊救護部隊を結成していた。

おそらく傷兵への処置に関しては、この世界で一番の実力を持っている。

これだけでも継戦能力が以上に上昇しているはずだ。

塹壕から顔を出す砲口の数々。

マシニカから急いで融通してもらった最新兵装だった。

やがて、土煙を伴いながら、訓練されて乱れず重なる万の足音が聞こえてきた。

エスタベル群が到着したのだ。

その足取りは決して早いものではないが、逆に威圧感を感じさせるものだった。

先頭には全身を西洋甲冑に包んだ歩兵が並び、異様な盾を構えている。

畳三つくらいの大きさの大盾で、二人一組で運用しているようだ。

しかし、彼らからはスキルのパワーを感知できない。

塹壕の緊張感は最高潮に達し、構えた銃口が小刻みに震えている。

地下指令室を出た僕と正成さんは、陣の中央の奥側に待機していた。


「まだだ。十分に引き付けろ」


中央を任された指揮官が大音声で部下を指導する。

ここだけで数百人の歩兵がひしめき合っているのだが、目前の地平線を埋め尽くす騎士の軍隊と比べると、力の差は歴然だった。

悠然と進軍する大騎士団と、恐怖に震える歩兵隊。

そして、ついに火蓋はきられる。

橋ノ森軍のボルトアクションライフルが一斉に火を噴いた。

次弾装填の隙間を埋める、支援火器の銃声。

地面に四脚で固定された大型機関銃が、絶え間ない銃撃を浴びせる。

再び歩兵による一斉射。


「射撃止めぇぇっ」


硝煙と砂ぼこりで、視界が白と茶色の二色に埋め尽くされる。

おかしい。

あれだけの銃撃のあとに、敵の呻き声がまったく聞こえない。

ただ耳に届くのは、相も変わらず乱れない、重圧的な足音のみ。

盾兵のシルエットが浮かび上がる。

盾はボロボロであったが、貫通した痕跡は皆無だった。


「ば、馬鹿な。あれだけの砲弾の雨だぞ。ただの鉄板を貫けないはずが」


さすがの指揮官も狼狽を隠せない。

普通の鉄板ならばそうだったのだろう。

だが盾兵のシールドは、マシニカの技術を応用した戦車の装甲板に近い代物だったのだ。

普通の人間では持ち運ぶことなど、不可能だ。

遠くから見える彼らの瞳は黄色く濁っていた。

あれは典型的な薬物中毒の症状。

多分、エスタベルの通常歩兵は全員、特殊な薬によって肉体強化がされている可能性がある。

その盾兵たちが突如停止した。

彼らの陣形が規則正しく左右に割れていく。

その空間から飛び出したのは、シルバーメイルで白く輝く騎兵たちだった。

手にはハルバートや長槍、ロングソードなど様々な武器を構えている。

個人が規格的ではなく得意な得物を装備していることが、彼らがエリート部隊である証拠だ。


「馬を狙え。やつらの足を少しでも止めるのだ」


指揮官の号令により再び橋ノ森のライフルが火を噴くが、その鎧どころか馬にさえ致命傷を与えることができない。

さすがにこれは奇妙だ。


「シルヴィア王女の懸念が当たってしまったようですね」


隣の正成さんが苦々しい顔でつぶやく。


「ラックバート王と同じ王のスキルか。すべての騎馬部隊は強化されているとみていいだろうね」


エスタベルを武力国家とする、王族に代々受け継がれてきた王シリーズのA級スキル。

『騎士王の凱旋』

その力を行使した時点で、勝利が確定するとさえ言われる最強の力だ。

スキル保持者が騎士と認定したものに様々な力を付与する能力なのだが、認定可能な人数があまりにも多くて、正確な数は不明だ。

ラックバート王は国民に農作業の能力向上を与えるが、エスタベル王の力は戦闘スキルホルダーを量産するような反則的なものなのだ。

その騎士団の主な能力は、物理ダメージの大幅減と身体能力の爆発的向上。

そもそもスキルにはスキル攻撃でしかダメージを与えることができないのだ。


「本来はエスタベル王の力だけど、シルヴィア王女の予測通り、何らかの方法でギリアム王子は強制的に引き継いだようだね」

「ええ。空十様、某が出ましょうか」

「いや、君の力はエスタベル軍の切り札に対抗するために必用だ。いまはメトロが右翼の敵を殲滅するまでの時間稼ぎに徹しよう」


そう、僕達は事態の進行を遅らせることに集中すればいいだけだ。

エスタベル騎士団は最強なのは間違いない。

だが、スキルには相性というものがある。

『騎士王の凱旋』は武人スキルなのだ。

武人スキルは機甲スキルに脆い。

今頃、右翼はメトロたちの狩場と化しているはずだ。

でも目の前の脅威は予想以上だった。

抵抗を受け付けない騎馬隊は一番前の塹壕に到達し、穴倉に向かって槍を突き刺しはじめた。

射撃が効かない敵に対して、塹壕戦はあまりにも無力だった。

狭い空間に、接近戦が得意な騎士を入れてしまえば皆殺しにされてしまう。


「1番から12番までの塹壕線を放棄!後退せよ」


正成さんの作戦通り、橋ノ森の歩兵たちは大した抵抗もせずに、すぐさま後方へ引き下がった。

最初から穴に立てこもって防戦をするつもりはなかった。

銃弾が効かない騎士には無意味だからだ。

だから、僕たちは橋ノ森の強みを最大限に利用した。

この国の民は農業に関しては世界最強だ。

それは土いじりのスペシャリストでもある。

エスタベル軍の指揮官であるギリアム王子は気づいているだろうか。

こちらの防衛線が首都からあまりにも離れすぎていることに。

補給を考えれば、この地点に防衛線があるはずはないのだ。

実は首都を中心として、異常に巨大な蜘蛛の巣状の塹壕迷路を、橋ノ森の民は作り上げてしまっていた。

塹壕線は地下道を通して繋がっている。

迷宮なんてものじゃない。

面積にして、大きな都市がいくつも収まる広さだ。

ラックバート王の『農業王』による強化と、民の国を守りたい必死な気持ちが可能にした偉業だった。

もちろん要所には暖かい食事ができる食堂付きという、食を愛する橋ノ森らしい手の込みようだ。

エスタベル軍に弱みがあるとすれば、その持久力だと正成さんは結論付けた。

重い甲冑を付けながらの塹壕の上り下りは苦痛でしかない。

さらには騎馬による侵攻を実質的に不可能とした。

馬は平地でこそ威力を発揮するのだから。

本来はもっと小さい規模での撤退線を想定していたのだが、橋ノ森のみんなが頑張りすぎてしまったのだ。

そして僕たちは、ただ待てばいい。

メトロの機械化部隊が騎士団を各個撃破するのを。


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