16話
畑の温かい土をかき分けると、固い芋がすぐに見つかった。
掘り起こした芋は大きくて、ずっしりと重い。
橋ノ森の都で、魔物への対処と同時に農薬の研究も進めていたのだが、これなら一安心だ。
あとは味わってみないとわからない。
周囲の畑でも、収穫量の多さに歓声があがっている。
スキルホルダーは、なんとなく周りのスキルホルダーの存在を感知できるのだけど、その反応が辺りを覆っていた。
恐ろしいことに橋ノ森の農民の全てから、スキルの力を感知するのだ。
ラックバート王の能力「農業王」は、王スキルシリーズに分類されるもので、王が民と認める者には力の恩恵を分け与えるとんでもないスキルだった。
国民は、食料の生産における知識の共有化と能力の向上が付与される。
王スキルは特殊なもので、次代に受け継がれていくそうだ。
こうして橋ノ森は農業大国としての立場を不動のものとした。
メトロの母国マシニカの工業力や、シルヴィア王女のエスタベルの軍事力も、王スキルによって成り立っているらしい。
「おおい、こっちの仕事は終わったぜ。そっちはどうだ」
メトロの野太い声は遠くても良く通る。
彼は農業機械のメンテナンスを任されていた。
「僕の方も丁度いいところだよ。今日は、この芋を焼こうか」
「すごいな、この芋。でかすぎないか」
「見た目は満点だよ。あとは味だね。実験の段階で農薬の副作用は確認できなかったけど、実際に食べてみないとわからないことの方が多いからね」
「うへ、俺はモルモットかよ」
毒づきながらも、メトロは嬉しそうだ。
それほど丸々と肥えたお芋は魅力的だったし、この試みが成功すれば橋ノ森だけではなく、この国に食料の供給を依存する周囲の国々も豊かになるからだ。
「とにかく食べてみようよ。絶対においしいから。君がこれでお腹を壊さなければ、明日の芋鍋祭りは素晴らしいことになるよ」
「もう、そんな季節か。こりゃ毒味を頑張らなくちゃな」
芋鍋祭りは収穫を祝う伝統行事だ。
川辺に国民が集って芋を使った鍋料理と酒が無償で提供され、毎年バカ騒ぎとなる。
出店や商店のバザーも開催されるので国外からの来客も激増するのだが、その人の流れの中に刺客が紛れる可能性を、魔物の脅威にしか注意していなかった僕たちは気づくことができなかった。
芋鍋祭りの夜が明け、日差しが宿の窓からベッドを照らす。
バカ騒ぎのあとの体は重く、頭が痺れてうまく起き上がれない。
頭痛を悪化させようとするかのように、入り口の扉が勢いよく蹴り開けられた。
「空十様、一大事です。すぐに王の宮殿へ」
珍しく息を切らした正成さんの顔は青かった。
「落ち着いて、正成さん。一体どうしたの」
「・・・シルヴィア王女が暗殺されました」
まさか。
昨日はメトロと一緒に楽しそうに鍋を突っついていたじゃないか。
あんなに幸せそうだった彼女が。
僕は寝間着のまま、賢者としての必要装備が詰まったバックをつかみ取り宮殿へ向かった。
宮殿へ安置されたシルヴィア王女の遺体は、まだ生きているかのようだった。
死後間もないのだろう。
夜明け直前の、太陽光が最初に差す瞬間、人の視覚は弱まる。
その時刻を狙って犯人は宮殿へ忍び込み、彼女を暗殺したのだ。
メトロが追いかけるも、犯人の身体能力は異常なほど高く、取り逃がしてしまったという。
「ど、どうにかならないのか、空十!お前の回復魔法はすげぇんだろ!」
見ているのが辛いほど狼狽したメトロが、僕の胸倉をつかむ。
死因は、心臓を見事に貫いた刺し傷だ。
彼女ほどの強者を、なんの抵抗もさせずに刺殺できるのはきわめて困難だ。
多分、犯人は顔見知り、それもかなり親しい人物に違いない。
「ごめんよメトロ、僕は治癒しかできない。傷を塞ぐことはできても、失われた魂までは・・・」
「そんな・・。くそ!ふざけんな!ふざけんなよ!」
メトロは涙を滝のように流しながら、怒りに任せ壁という壁に拳をめり込ませていく。
ラックバート王は沈痛な面持ちで腕を組んで座っているが、その目の焦点は合っていなかった。
二人にとってシルヴィア王女は兄弟のような、家族のような存在だったのだ。
取り乱すなというほうが無理だ。
僕は再び遺体をつぶさに調べる。
救えなくても、せめて犯人の手がかりだけでも掴みたい。
スキル許スモノを起動し、シルヴィア王女の周囲を10本の燭台が取り囲む。
緑の灯りに照らされて、彼女の体がスキャンされていく。
刺し傷だと思われていたものは、刃物によるものではないことがわかる。
何かしら拳ほど大きさの物体が高速で体を貫通したみたいだ。
そのため出血もほとんどないが、心臓そのものが消滅していた。
駄目だ、身体の生命活動は完全に停止している。
何か方法はないのか。
僕の力はそのためにあるんだろう?
物質的なスキャンで得られる情報では突破口が見つからない。
苦し紛れに、体を流れる生命エネルギーの解析に切り替えてみる。
生命エネルギーの流れが滞っていたり、逆流している箇所に病気の原因があったりするのだが、本来は軽い病気の検査に使う方法だ。
そこで僕は、わずかなエネルギーの脈動を感知する。
このエネルギー体はなんだろう。
いままでは生命エネルギーの明るさに隠れて見えなかったものだ。
もしや、これが魂というべきものだろうか。
いうなれば精神エネルギーか。
「メトロ!僕にもできることがあるかもしれない。成功するかわからないけど、試す価値はある。君が身に着けている一番大事なものを貸して。手の平に収まるもの大きさが良い」
「頼む!どんな形でもかまわねぇんだ。シルヴィがまた笑ってくれれば!俺の一番大事なものはこれだ。俺のスキルで作成した全ての機械のマスターキーで、おれの全てが詰まっている」
大きな手には、水晶で出来たスティックが乗せられていた。
「僕の力は、この世のものの在り方に干渉できる能力なんだ。これから、このマスターキーをシルヴィア王女の魂の器として変換するよ」
「意味がわからねぇぞ。それでシルヴィは助かるのか?」
「魂としての精神エネルギーがかなり弱っている。大きな依り代では、彼女の弱まった魂が耐えられないんだ。精神エネルギーの回復は時間に任せるしかない。いったんマスターキーに魂を封入して、回復後に人間として生活の送れる依り代に移し替えれば大丈夫だよ」
とにかく時間がない。
精神エネルギーの操作は初めての経験だけど、僕は賢者とか言われてチヤホヤされているんだ、これくらいの奇跡を起こせないでどうする。
「じゃ、起動してみるぜ」
僕と正成さん、ラックバート王が見守る中、メトロが愛車にマスターキーを差し込む。
これでシルヴィア王女の魂の移植の成否が判明する。
力強いエンジン音とともに黄色のスポーツカーが振動した。
「シルヴィ!おれだ。メトロだ」
「・・・・・ここは、どこでしょう」
彼女の鈴のような声音が、車のスピーカーから流れだした。
その瞬間、喜びが爆発する。
ラックバート王は両こぶしを握り締めて膝をつき、正成さんが僕に抱き着く。
メトロは雄叫びを上げながら、ハンドルを思い切り叩き続ける。
だが、僕は彼女に聞かなければならない。
一体なにが起きたのか。
僕はシルヴィア王女が暗殺されたこと、そのため緊急避難として魂の移植を行ったことを説明した。
「そうでしたか。にわかには信じられませんが、ハンドルを通して感じられるあなたの温もりが只々うれしいわ、メトロ」
「シ、シルヴィ。俺はよう、俺はよう」
「あらあら、泣かないの。まるで子供のころの泣き虫メトロに戻っちゃったみたいね」
「う、うるせぇ」
そんな二人を優しく見守り、ラックバート王が柔らかに車のボンネットを撫でる。
「どうやら一安心みたいだな。二人ともよかったなぁ」
「そうでもないのよ、ラックバート。貴方の国に最悪の危機が迫っているわ」
「・・・どういうこった。穏やかじゃねぇな」
「私を襲ったのはエスタベルの王宮魔法士長ムウよ。そして彼のバックには、私の弟であるギリアムがついているわ」
「ムウっていったらエスタベルの魔法使いのトップじゃねぇか。しかもギリアム王子がどうしてお前さんを亡き者にしようとするんだ?」
シルヴィア王女が言うには、以前よりギリアム王子を中心とした騎士団の強硬派が橋ノ森の穀倉地帯をエスタベルの管理下に置くべきだと主張していたらしい。
食料の多くを他国に依存している不安は昔から叫ばれていたが、前回の山脈砦での戦いが引き金になり、エスタベルの強大な武力により穀倉地帯を管理すべきだという声はさらに高まった。
シルヴィア王女の父であるエスタベル王は、スキルにより特異に進化した、この世界の国のあり方を誰よりも熟知していたから、自分たちが橋ノ森に手を出しても食料生産がうまくいかないことを諭して、シルヴィア王女と一緒に共存共栄を唱えた。
だが、シルヴィアさんの暗殺が実行されたことから、エスタベル国内で大きな異変が起こったことは間違いないだろう。
僕達は数日後に通達されるエスタベルからの宣戦布告とともに、ギリアム王子によるクーデターによりエスタベル王が幽閉されたことを知るのだった。




