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モザイク世界のQOL  作者: 川北えん
15/20

15話

僕達が橋ノ森の首都に滞在してから、四カ月ほどが経っただろうか。

一つの季節をラックバート王たちと過ごし、国は収穫の季節を迎えようとしていたのだが。

ここは首都から西の森の奥。

樹木が日光を遮り、日中だというのに周囲は暗闇に支配され、ねっとりとした冷気に包まれている。

僕と正成さん、シルヴィア王女の三人を取り囲む多数の草の塊が、もぞもぞと動き出す。

草の塊の正体は、森の植物に擬態している橋ノ森の兵士たちだ。

彼らは、この辺りで最も繁殖している草を縫い合わせたマントを着用していた。

狩猟兵団と呼ばれる彼らは、スキルこそ持たないものの、橋ノ森陸軍のエースから成る集団なのだ。

この国は戦争とは無縁だが、首都周辺の大穀倉地帯を狙う魔物との闘いが絶えることはなかった。

狩猟兵団は、常に戦いの最前線に立つ、魔物狩りのエキスパート。

だが、最近の異常事態は彼らの処理能力をはるかに超えていた。

ねずみ鬼のような山麓砦の戦いの生き残りが、穀倉地帯を囲む森で繁殖してしまったからだ。

その手助けとして僕達三人は同行していた。


「魔物のコロニーを発見。ブルーボアの群れです」


先行隊から無線が入る。

ブルーボアとは、青い毛並みをした巨大イノシシのことだ。

熊の3倍近い巨体を誇り、食欲旺盛で足も速い。

毛の下に厚い脂肪の層を持っていて、部隊によるライフルの集中射でやっと一頭倒せるかどうか。

けど、次射へのリロード中にブルーボアの突進があれば、部隊の壊滅は免れない。


「それでは賢者さま、よろしくお願いいたします」


部隊長の指示に僕は黙って頷き、草マントを羽織る。

マントには人間の体臭を打ち消す匂いが付着されているのだが、これが結構きつい。

僕は隠密行動なんて技術はないから、のそのそと匍匐しながら時間をかけて先行隊と合流した。

視界には10頭のブルーボアのコロニーを捉えることができた。

僕たちはここ最近の魔物退治において、気づかれずに敵を発見した場合においてのみ可能な必勝パターンが確立していた。

ゆっくりとバックから緑色の液体の入った瓶を取り出す。

これは、薬学の解毒薬研究の副産物として生まれた猛毒液だ。

許すモノのスキルで強化された回復薬が爆発的な効力を発揮したのとは逆に、毒薬にスキルを発動した結果、とんでもないシロモノが生まれた。

理論上は、1滴で大抵の魔物を無力化できる。

音をたてないように注意を払い、杖に意識を集中させてエアーフィクションを起動。

具現化した膜を数センチ単位で分裂させていく。

杖の先端に設置された乳白色の宝石にイメージを送り、エアーフィクションの破片は無数のアリの姿へと変わっていった。

無色透明のアリたちは、瓶から毒液を吸い取ると、ブルーボアへと静かに進んでいく。

あまりにも小さく、しかも色を持たないアリたちに気づく魔物は少ない。

嗅覚が鋭くても、アリの体内に真空状態で密閉された毒薬の匂いが外に出ることはない。

書籍で確認できるだけだが、スキルにより探知の結界を張る魔物ならアリに気づくかもしれないが、かなり高位の存在なので出会うことはないだろう。

こうして簡単にブルーボアに接触したアリは、そのあまりに小さな歯から毒を魔物に注入していく。

緑の毒薬は痛みも苦しみも発症しない。

たったの数秒で相手の魂を毒するからだ。

そう、この毒は肉体を侵すものではない。

以前実験的に魔物退治に使用した後、その死体を徹底的に調べたのだが、一切の損傷も変化も発見できなかったのだ。

僕が至った結論は、魂を浸食する毒だということ。

魂の定義も存在も立証されていないが、そうとしか説明がつかなかったのだ。

そして強力な魔物ほど、魂の強度は高くもある。

またスキルを持った魔物にはスキルでしか攻撃できないから効果がない。

けど、こうした通常の魔物退治においては、あまりにも無慈悲な威力を発揮する。

たった今、何事もなかったかのように、一つのコロニーが静かに壊滅した。

すると、ブルーボアの肉体から青い霧のようなものが立ち上った。


「あれは何でしょう」


隣の兵隊さんはメモを取り出して、現象の確認をする。


「危険を伝えるフェロモンの一種だそうです。ただ周辺には他の個体を確認できなかったので問題ないかと思われます」


だが、兵隊さんの言葉が終わらないうちに、かなり遠方から蹄の音が響いてくる。

多分、二つ隣の森ではないだろうか。

この長距離でもフェロモンに反応するとか、魔物に常識は通用しないのか。

狩猟兵団本隊からの緊急集合の無線が届いたのは、そのすぐ後だった。

僕たちは急ぎ馬に騎乗して森を駆け抜ける。

一体何が起こったのか。

本隊からの無線は混乱を伝える一方で、状況が把握できない。

だが、一分一秒ごとに事態が悪い方向へ突き進んでいるのは確かだ。

どうにか森を抜けると、突起物のない単調な平原がどこまでも続く。

その緑の大地を割るように走る首都への主要道路が、やっと見えてきた。

本隊はどこだ。

僕の疑問に答えるように轟く発砲音の数々。

既に戦闘が始まっているのか。

遠くに見えるのは、道路を塞ぐように陣を敷いた本隊の面々だった。

対峙するのは、怒号と共に草原を疾走するブルーボアの群れ。

いや、ブルーボアの背に何者かが乗っている。


「信じられん、あれはリザードマンじゃないか」


隣の隊員が驚愕に表情を歪める。

そう、これは異常なんてものじゃない。

巨人の遺骸を研究しエアーフィクションを生み出すために、ありとあらゆる魔物に関しての文献に目を通した僕でさえ、こんな現象は聞いたことがない。

リザードマンほどの強力な魔物が首都の近辺に出現したことが問題なのではない。

リザードマンが、ブルーボアを家畜化しているのだ。

あのコロニーは巨大イノシシの巣ではなく、リザードマンたちによるブルーボアの牧場だったのだ。

魔物の進化とは、すなわち身体能力の強化だった。

今までは。

だが、彼らは山脈から人間という障害の多い平地に居を移すと同時に、早急な進化が求められた。

それが異種との共存だったのだ。

外敵が多くも、目前にはたわわに実った食料。

その環境が、竜騎士を生み出してしまったのだった。

小さな戦車に等しいブルーボアの巨躯とパワーを、魔物としては高い知能と3メートルはある体のリザードマンがコントロールしている。

制御された暴力ほど怖いものはない。

対峙する狩猟兵団が集中射を浴びせるも、ジグザグに回避運動をしながら走る竜騎兵に有効打を与えることは出来なかった。

竜騎兵たちは兵団を中心に旋回を続け、短い槍を投げつける。

リザードマンの膂力にかかれば、単純な投げ槍がミサイル並みの破壊力を生みだす。

しかし、それを易々と打ち払う女武者が一人。

正成さんだ。

万が一のことを考えて本隊の護衛を頼んだのは正解だった。

竜騎兵たちが勢いに任せ突撃しなかったのも、天敵の存在を感知していたからだろう。

正成さんはラックバート王の願いにより、周辺の魔物狩りの先頭に立ち続けていた。

滅ぼしたコロニーの数は、すでに数えきれない。

知能あるリザードマンが、それを知らないはずがないのだ。

一方で僕から本隊の護衛を頼まれた彼女は、迂闊に離れられないため、攻めに転じることができないようだった。

ジリ貧に思えた戦況だが、誰一人絶望はしなかった。

現状を打破する力が、まだ兵団には存在していたからだ。

赤い鎧に身を固めた西洋騎士が陣の中央から馬を進める。

魔法と騎士の国エスタベルの姫、シルヴィア王女だ。

橋ノ森は戦闘スキルを持つ者が存在しないが、豊富な食料や資源を誇る。

一方でエスタベルは強力な騎士団や魔法スキルホルダーを持つが、大地に恵まれなかった。

結果、両国は同盟を結び、互いに欠けたものを補い合う道を選んだ。

だが他国の軍団を自国に常駐させることは、様々な問題を生じさせる。

その解決策が戦闘スキルホルダーの派遣だった。

一人のスキルホルダーは、大きな騎士団と同等の戦力とみなされる。

シルヴィア王女は外交官としても有能であったし、ラックバート王とエスタベル王を繋ぐ存在としても適任者であり、何よりもC級スキルホルダーでもあった。

そして橋ノ森存亡の危機には、シルヴィア王女が防国の剣となる。

竜騎士が槍を投げ込むが、彼女は避けようともしない。

彼女のスキルの名は「薔薇の騎士」

騎士シリーズのスキルは、大抵の物理攻撃を無効化してしまう。

風を切って襲い掛かる槍は、彼女の鎧に触れた瞬間、自身の運動エネルギーをそのまま返された衝撃で粉砕される。

まるで百戦錬磨の戦士のように、シルヴィア王女は静かにレイピアを抜き放ち、騎馬のスピードを徐々に上げていく。

彼女のレイピアは、剣というにはあまりにも細く、まるで針のようだ。

竜騎士たちも彼女の強力なオーラに気づき、油断のない戦闘態勢をとる。

鱗の下から破裂しそうなほどに筋肉を膨張させたリザードマンが次々と雄叫びをあげ、槍を突き上げながら突撃を敢行した。

両者が衝突した瞬間、カメラのフラッシュのような閃光が連続して起こり、戦場の影が伸びる。

交差し終わったリザードマン達は、衝突の手応えがないことに困惑しているようだった。

やがて困惑は、現実的な恐怖へと変わる。

統率されていたブルーボアが、散り散りに暴走し始めたのだ。

苦しむように土を蹴っていた足は徐々に鈍り、イノシシは口から泡を吹きながら倒れていく。

リザードマンたちもイノシシから振り落とされて胸を掻きむしっているが、自身に起きた事象を理解できぬまま、苦悶のなか命の火は消えていった。

草原に佇むは、シルヴィア王女ただ一人。

彼女は、短くなったレイピアから血を払うと、ゆっくりと納刀するのだった。

僕にはシルヴィア王女が光ったようにしか見えないが、正成さんが言うには、あれは高速の刺突らしい。

シルヴィア王女の得意技は、1秒間に12連撃が可能な、超高速刺突攻撃。

空気との摩擦で発火現象が起こり、カメラのフラッシュみたいに発光するのだ。

たしかに驚くべき技だが、これが彼女のスキル攻撃の正体ではない。

「薔薇の騎士」は正成さんと同じ武人スキルで、同様に身体強化がされる。

それを利用した単純に速い突きでしかない。

しかも、ボクシングで例えるならジャブのようなもので、攻撃力はきわめて低い。

では、どうして竜騎士たちは全滅したのだろうか。

その秘密は、欠けて短くなったレイピアにある。

シルヴィア王女は、騎士シリーズの持つ物理攻撃無効化の力で敵に近付きさえすれば、小さなかすり傷を与えるだけで良いのだ。

すると彼女固有の薔薇の力により、レイピア先端のわずかな破片が敵の体内に侵入する。

鉄の破片は血管を通り心臓や肺に到達後、そこに鋼鉄の茨を広げはじめる。

数秒後、敵の体内はズタズタにされて絶命するのだった。

スキルを持つ者と持たない者。

竜騎士たちの魔物のセオリーを覆す進化をもってしても、シルヴィア王女一人超えられないのが、この世界の現実だったのだ。

狩猟兵団と共に首都へ帰還後、ラックバート王と緊急会議を開く。

今回はシルヴィア王女のおかげで、火消しには成功した。

だが国賓でもある彼女が前線に出るなど、同盟が始まって以来初めての異常事態なのだ。

大きな異変の気配が、橋ノ森を包みこもうとしていた。


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