14話
橋ノ森の首都は三つのブロックに分かれており、南の正門から北に向かって商業区、居住区、行政区と位置している。
白と赤のレンガによって建築された近代ヨーロッパ風の建物が、大通りを挟んで所狭しと並ぶ。
不思議なところは、のぼりや提灯といったアジアの文化も飲み込んでいるところだろう。
この世界が、異なる様々な世界の断片をつなぎ合わせて生まれた影響なのかもしれない。
どことなく、神戸で観光した異人館を思い出す風景だ。
大通りは活気に溢れ、馬車や自転車、多くの人たちがひしめき合い、移動するのも一苦労だった。
赤水山脈近辺は魔法の湖だったり魔物だったりとファンタジー色が強かったのに、さすがに首都だけあり文明色が強い。
その大きな象徴が、行政区からメトロの母国マシニカへ続く線路だ。
線路を走るのは、もちろん電車。
そう、蒸気機関車ではなく電車なのだ。
マシニカという国は機甲スキルホルダーを多く抱え、科学超大国としての地位を不動のものしているらしい。
同盟国である橋ノ森は、メトロのような技術顧問を招致して、テクノロジーの支援を受けているのだ。
この街でも、一部で電気動力が実用化され、照明も機械化されているのだった。
繁華街を抜けて辿り着いた行政区の中央には、大きな時計塔が目印の白い宮殿がある。
ここが王様の住処であり、議事堂もある政治の中心地なのだそうだ。
もっと豪華な装飾を期待したのだが、造りはいたって質実剛健。
宮殿内も、実用性を追求したシンプルなものだった。
四階建ての最上階、一番奥にある王の執務室からは、野太い声が吹き抜けの一階のエントランスまで響いてくる。
「12番耕作地の人員の一部を26番に回せって昨日言っただろい!」
「申し訳ございません!すぐに!」
執務室の王の机は十人を超える各部署のトップに囲まれ、隣の待合室へ案内される僕たちまで、その熱気が伝わってくる。
メトロの体格をゴリラとするのなら、王様はざしずめ象といったところか。
手足や頭と、体の構成がとにかく大きい。
ジーンズにワイシャツ姿のラフな格好で、頭に被ったカウボーイハットが、太いひげに覆われた王様のワイルドな顔によくマッチしていた。
もしかしたら、橋ノ森の王様って怖い人なのかな。
そんな心配が顔に出ないように気を張りながら、僕たちは待合室に通された。
豪華ではないが造りのしっかりしたソファーやテーブルなどの家具が、この国の性格を如実に物語っている。
その部屋には似合わない芳香な紅茶の香りが漂っていて、ティーカップを優雅に口に運ぶ貴婦人が一人ソファーでくつろいでいる。
どうやら先客がいたようだ。
遠めでもわかる気品と美貌が、古めかしいドレスにとても似合っている。
橋ノ森の国民の服装は、比較的に僕の時代に近くて、半世紀くらい前のアメリカのポスターに出てくるようなファッションだったけれど、彼女のドレスはまるで中世の貴族や王族みたいだ。
この国の人ではないのかもしれない。
僕が対応に苦慮していると、彼女が先に立ち上がり、優雅に挨拶をしてくれた。
「お初にお目にかかります、賢者さま。私はエスタベルの第一王女シルヴィアと申します。以後お見知りおきを」
「は、はい。えっと、空十です。け、賢者をしてます」
あまりに高貴な社交辞令に返答が追い付かない。
だって王女だよ。
慌てふためく僕に、メトロが耳打ちする。
「シルヴィは打算的な王族じゃないから、そんなに緊張するな」
「メトロは王女さまとも知り合いなの」
「知り合いというか」
メトロの言葉が遮られた。
シルヴィア王女がメトロに抱き着いたからだ。
見ているこっちが赤面してしまうほどの熱い抱擁に僕は固まってしまい、なぜか正成さんは物欲しそうにこちらを見てくる。
「おい、シルヴィ、ちょっとここではまずいぜ」
まんざらでもなさそうなメトロ。
恋愛経験の少ない僕には、その余裕な男っぷりにイラっとしてしまう。
「あなたが待たせ過ぎたのです。再会できる日を心待ちにしていたのは一緒だと思っていたのに」
「お、俺だってよぉ」
どうしてだ。
あんな暑苦しいコアラがモテモテで、世界の認識者、つまり主人公である僕にはラブシーンがないのだ。
僕の隣には、中身がおじさんの暴力の権化しかいないというのに。
そんな甘いムードを蹴破るように、待合室のドアが高笑いと共に勢いよく開かれる。
「おう!待たせたな賢者殿よぉ!俺が橋ノ森の王、ラックバートだぜ!」
王様登場。
僕の中の混乱は絶頂に達する。
どうしよう、この空気。
日が山脈の向こうに沈み、橋の森の街並みを橙色に染め上げていく。
それでも都市の喧噪が止むことはなかった。
灯りを滲ませる食堂や屋台の提灯が空腹を抱える人々を優しく照らしている。
橋ノ森の多くの人々は、夕食は外で済ますという。
農業大国であるこの国では、驚くほど安価に食事ができるからだ。
ここは、そんな庶民が酒とうまい肴を求めて集う、どこにでもある居酒屋の一室。
上座ではラックバートさんが美味そうにビールを飲み干し、となりでメトロとシルヴィア王女がイチャイチャしている。
なんだこれ。
王様を囲んで飲み会とか。
「あらためて礼を言わせてくれ、賢者殿。山脈砦での戦い、国の者を代表して感謝する。あれはヤバかった。下手したら首都が滅びていたからな」
ラックバート王がテーブルに頭が付くくらいに深々と頭を下げてくれる。
「いや、よしてください。正成さんと岡村さん達が防いだのであって、僕はたいして役には立っていませんよ」
「本当に報告通りの人物のようだな。過度な自己の過小評価は、あんたの欠点だ。兵隊に配られた、この特殊回復薬の意味と価値をわかってない」
「どういうことでしょうか」
「軍用回復薬でも、可能なのは応急処置のレベルだ。しかし、あの戦いで、この回復薬はC級ヒーラーの治癒スキルと同等の力を発揮した。報告書を呼んだが、通常ならあの戦闘で死人はかなり出ていたし、戦線を維持できなかっただろう。衛生兵長の報告は特に興味深かったぞ。この薬が戦場の常識を覆すとな。考えてみろ。致命傷を与えた敵が、一瞬で戦線に復帰するのだぞ。敵から見れば悪夢だ」
「そうです。空十様は凄いのです」
いや、正成さんが威張らないでよ。
「賢者殿、この薬の生産は可能かね」
「ううん、難しいでしょうね。湖で販売している新薬を僕のスキルでフルチューンしたものなので、僕が一日に作れる量ではたかが知れています」
「そうか、残念だ。まあ、俺たちは美味い食い物を作るのが生業だからよ、戦争なんかとは縁がないが。ところで、どうだい。おれの国の飯は」
「とても美味しいです。湖鳴館の食事も素晴らしかったですが、橋ノ森はどこで何を食べても美味しい食事が出てくるので驚いているのです」
「へへ、そうだろう。それが俺たちの誇りだからな」
目の前には、数えきれない料理が並んでいる。
彩り豊かな野菜のサラダ、数種類のチーズが並ぶオードブル、香り高くローストされたチキン。
和洋折衷の料理は、味も量も日本の居酒屋のレベルを超えている。
他の部屋ものぞいたが、王だから特別なのではなく、一般の民の食生活レベルも同じだった。
ただ、とにかく量が多い。
僕と正成さんの前には、洗面器のような丼が出されている。
特盛のお米の上に、特大のとんかつが敷き詰められ、その上からミートソースがかけられている。
大食い競争かと突っ込みを入れたいところだが、これが美味しくて困る。
ミートソースに隠し味で味噌が混ぜてあるのだろうか。
日本人の僕には懐かしくてたまらず、箸が止まらない。
「へへ。本当に気に入ってくれたみたいだな。そいつはよ、俺たちの国の郷土料理で、ドンカツっていうんだ。他国の人間は食べきれなくてびっくりするもんさ。残っちまったら弁当にしてくれるから、安心しな」
ラックバート王は嬉しそうに大声で笑い、その肩にメトロが腕を回し、上機嫌に言葉を継ぐ。
「橋ノ森の民は働き者が多くてな。みんな早朝から畑や農地にいって動きまくる。だから良く食う。しかも俺たちみたいな異国人を腹いっぱいにすることが喜びだから、どこにいっても大盛なのさ」
メトロも大笑いして、ラックバート王とジョッキをぶつけ合う。
「二人は仲が良い、というか、まるで兄弟みたいに性格がそっくりですね」
「俺とラックバート王、シルヴィは幼馴染みたいなもんでよ。各国の王族が通う学校で同じクラスだったのさ」
「庶民のコアラが、そのような名門の教育機関に所属していたのか」
日本酒をチビチビ飲んでいた正成さんがからかうと、シルヴィア王女がメトロに寄りかかってのろける。
「ふふ、メトロは子供のころから神童として有名だったのよ。次々と革命的な発明品を発表して周辺国を驚かしていたのよ」
「まあ、俺たち三人は良くも悪くもクラスで浮いて、自然とつるむようになったわけだ。とことが、いつのまにかメトロとシルヴィアが恋仲になっていて、今では俺の国で密かにデートに洒落こんでいるのさ」
ラックバート王は軽く頭を抱えて溜息をつく。
相当二人のことでは苦労しているようだ。
「その二人の禁断の恋、とても興味があるぞ。異国の王女とコアラの許されぬ恋。あぁ素敵だ。もっと話を聞かせてくれ」
正成さんが乙女モードに入っちゃった。
こうして二人の恋バナを肴に酒はすすみ、夜はあっという間に更けていったのだった。




