13話
雄大な赤水山脈の麓に広がる平野に、橋ノ森の首都は位置していた。
山間から流れ込む大河から水路を引き込み、それが血管のように首都内へ枝分かれしているのが山を降る車窓から見える。
街の南には水路を利用した水田の美しい緑、北側には豚のような家畜を放牧している果ての見えない牧場が広がっている。
特徴的なのは、いたる場所に建設された風車の姿だ。
優秀な王の指揮のもと上質な水源と風力を最大限に活かし、橋ノ森は農業大国になったとコアラ男が教えてくれた。
居住区と商業区、そして行政施設は高い城壁に囲まれていて、僕達を乗せたスポーツカーは外壁にある馬車の停留所で短い旅を終えた。
というか、すごく気持ち悪い。
あのデコボコ道と次々と現れる急なカーブを、この男は馬鹿げたスピードで走破したのだ。
ちなみに、正成さんの顔も真っ青だ。
彼女は僕以上に乗り物に対する耐性が低かったらしい。
丸まってしまった背中を、やさしく撫でてあげる。
城壁の正門には兵士たちが整列しており、住民カードを持たない者が入国審査を受けるために列を成していた。
順番がくると個室に通されて、僕達は審査官の面接を受けることになった。
「これは、メトロ教授ではありませんか。賓客であるあなたに審査など必要ありません。係のものが気付かず、申し訳ございませんでした」
審査官は慌ててコアラ男に頭を下げている。
だが、聞き間違いだろうか。
このいかつい男が教授?
「ああ、すまねぇな。実は道中にトラブルに遭遇してよ。無許可で能力を使っちまったのさ。一応、正当性の報告が必要と思ってよ。この二人は、その証人だ」
コアラ男あらため、メトロはそう言うと、僕達に向き直った。
「自己紹介がかなり遅れちまって悪かったな。俺の名はメトロ。橋ノ森の南に接するマシニカって国から派遣されて技術顧問をしている」
「ほう。ただの筋肉馬鹿ではなかったのか。貴様の行動、とくに運転からは品性が感じられなかったから意外だ」
正成さんに冷たく言い捨てられ、メトロは苦笑いを返す。
彼女はどうやら、あの破天荒な運転にご立腹らしい。
「控えろ女。メトロ教授は、橋ノ森の農業機械化革命の立役者であり、王の盟友であらせられるぞ」
審査官が顔を真っ赤にして、彼女を叱責する。
「よしてくれ、役人さん。だから名乗るのが好きじゃねえのさ。俺は技術屋だ。大層な肩書はむず痒くて仕方ねえ。それに、二人は俺と一緒に鬼から村を救ったんだぜ?橋ノ森にとっては大きな借りだろ」
「そ、そうでしたか。私たちはメトロ教授に大きな恩義がございますれば、不覚にも無礼を働いてしまいました。どうか、ご容赦を」
審査官が謝罪すると、もとから気にしていなかった正成さんは軽く手をあげて、それを受け入れている。
山脈砦の岡村さんもそうだったけど、どうやら橋ノ森の人間は義理を異様に重んじ、実直過ぎるゆえに頭が固い一面がある。
「あんたらのおかげで、俺の能力行使の件は不問とされるみたいだな。ところで、二人も首都に用があったんじゃないのか」
「ああ、そうでした。正成さん、王さまからの招待状を審査官さんに」
「承知」
僕らの荷物から手紙を受け取った審査官の顔色が、今度は青くなっていく。
「いや、賢者様は王室の馬車が迎えにいったはず。だが、これは紛れもなく王直筆の書状で。そんな、私は何たる失態と無礼を」
馬車は断ったはずだけど、どうやら伝わっていなかったようだ。
メトロの車で予定より早く到着したから、入れ違いになったのだろう。
「おい、大丈夫か役人さん。どうした、目が真っ赤だぞ」
メトロが心配して、招待状を覗き込む。
「こりゃ、さすがに不味いな。国を挙げて歓迎しなくちゃならねぇ国の救世主を、こんな狭い部屋に拘束しちまったのか」
彼は気の毒そうに審査官の肩を叩きながら、正成さんの方へ視線を向ける。
「けど、世間の噂も当てにならねぇな。賢者様っていったら、女神のように優しくて、天使のように美しい少女と俺は聞いたぞ。まさか大木を振り回して鬼を吹き飛ばすようなバイオレンスな女が、賢者様の正体とはな」
「は?何を言っているのだ、獣風情が。我が至高の主にして、この国に溢れんばかりの慈悲をもたらしたのは、こちらの空十様にあらせられるぞ」
正成さんが僕の傍らに膝をつき、うっとりと見上げてくる。
よかった、乙女モードから忠臣モードに戻ったようだ。
鬼を相手に暴れまわったから心のモヤモヤが晴れたのかな。
忠臣モードの正成さんは無意味に殴らないから一安心だね。
「空十様への我が忠義が無限であるからこそ、御諫めするのです!変態への道からお救いするために!そもそも、貴方様に触れていいのは、空十様の右腕、いいえ、もう心と体の一部となった某だけなのです」
やばい、心の声が口に出てた。
この癖がなかなか治らない。
だけど、あの致死的な暴力が正成さんのなかで完全に正当化されている事実は、恐怖だよ。
「ちょ、ちょっと待て。この鬼神みたいな女が、賢者の従者の正成だってのか。じゃあ、お前さんが」
メトロが驚愕して僕を凝視する。
「いや、ははは。空十といいます。賢者、というか回復魔法使いの端くれです」
「でも、空十、あんたからはオスの匂いしかしねえぞ」
なるほど、コアラは鋭い嗅覚を持つと聞いたことがある。
だからメトロは僕が男性だと気づいたのか。
「まあ、こんな外見ですし。いちいち訂正していても埒が明かないですから」
「こりゃ驚いた。とにかく、あんた達がここにいるのは良くないな。役人さんの首が飛んじまう。俺も着任の挨拶を王様にしなくちゃならなかったから、付いてくるかい」
「お願いします。首都は初めてで、まさかこんな大都市だとは思わなかったので、どこに行けば会えるかもわからなかったのです」
審査官さんが大急ぎで、無期限の滞在カードを発行してくれた。
住民カードは国民であることの証明書であるが、この特別な滞在カードは、橋の森が公的に僕たちの身分を保証してくれるものだ。
通常は他国の王族に発行されるらしいので、異例の待遇と言っていいだろう。
こうして都における行動の自由を手に入れた僕たちは、日が沈む前に王への面会を願い出たのだった。




