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モザイク世界のQOL  作者: 川北えん
11/20

11話

未舗装の街道を、一定のリズムを保ちながら歩を進める。

この世界に来た当初は、むき出しの地面を歩くことが新鮮だった。

アスファルトに慣れ親しんだ僕の足は、小石などの小さい障害物にもつまずく始末だったのだ。

今では慣れたものだが、初めての長期旅行なので油断はできない。

街道の傍らには川が流れており、ここ最近の激動の日々で荒んだ心を、涼感に満ちた空気と野鳥のさえずりが癒してくれる。


「やっぱり、馬車を断って正解でしたね、正成さん」


僕達は、ひと月前の砦での戦いの功績を讃えられて、王様から橋ノ森の首都へ招待されたのだ。

貴賓用の馬車が迎えにくるとのことだったが、丁重にお断りした。

湖鳴地方から出るのは初めてだったから、この国をゆっくり眺めて観察したかったのだ。


「村落が見えてきましたよ。一休みしますか」


前を進む彼女からは、反応なし。

拗ねた顔も綺麗だなぁ。

あの魔物との戦闘後の『お尻もみもみ事変』以来、彼女は反抗期に突入してしまったのだ。


「あんまり無視されると、寂しいなぁ」


大袈裟に嘆いてみせると、正成さんは歩調を緩めて隣に並ぶ。

けど視線は合わせてくれないのだ。

嫌われているわけじゃないと思う。

何というか、恥じらい、とでもいうのか。

おっさんだった中身が、あの日以降、どんどん乙女になっているのだ。

いまでは、目の前で無造作に着替えたりしないし。


「・・・・・空十様」


久しぶりに口を聞いてくれた。

ちょっと嬉しい。


「なんだい。お腹すいたのかな。お昼にするかい。もしかしてトイレ?」

「わ、私はトイレなんていきません」

「え?すごいね。研究所では、あんなにトイレ長かったのに。長期戦では、排泄行為も致命的になる場面もあるからね。前回の激戦を経て、正成さんは排泄しない体に進化したのかな。ヒーラーとしては非常に興味深いよ」

「ば、ばか。空十様の大馬鹿者」


痛い。

肩を思いっきりグーで殴られた。

ただでさえ筋力チートの彼女のパンチは、容易く僕の骨格を粉砕した。

遠くなりかけた意識を繋ぎ止め、スキルを行使して、痛覚を麻痺させて回復を図る。


「空十様、セクシャルハラスメントという愚劣な行為をご存知ですか。不当かつ不愉快な言動に、私は断固抗議します。健全な主従関係を要求いたします」


うん。

傷害も重罪だよ。

過剰防衛で主人を悶絶させた正成さんは、ぷっくりと頬を膨らませている。

ここは、素直に謝るのが一番だ。


「ごめんなさい、鋭意努力します。で、本当は何の話ですか」

「その村落から濃い血の匂いが漂ってきています。それと多くの魔物の気配も」


懸念していたトラブルが、実際に発生してしまったのだ。

あの砦での戦闘後の影響について岡村さんと検討したのだが、少なくない数の魔物が湖鳴地方から南に散った可能性が大きかった。

僕達は村落に急行した。

村の入り口には多くの怪我人が横たわっており、僕は片っ端から回復薬を飲ませていく。

正成さんは、その間に村の代表者から状況を聞き出す。


「鬼の集団が村を襲撃したそうです。略奪をしている隙に村民は避難したのですが、旅の客人が取り残されてしまったようで。どういたしますか、空十様」

「鬼といっても、種族が多すぎるから判断に迷うね。大きさは?」

「人間と変わらず。大きくても2メートルほどだそうです」

「やっかいなスキルを持っていなければ良いけど。見殺しにはできないね。いこう」


前衛を務める正成さんに先導されて、村に侵入してみる。

土壁で構築された平屋が散見されるが、損傷がひどい。

壁がぶち抜かれ、穴から太い脚がぶら下がっていた。

鬼だ。

ゴブリンのような西洋の種族から赤鬼のような日本種、アジア圏のエキゾチックな種までこの国の鬼は多種多様だ。

倒れている魔物を検分してみる。

筋肉が発達しており、赤土色の肌は爪のように硬化していて、関節部分を中心にひび割れている。

地肌が皮鎧のように進化しているのだ。

臀部からは、ねずみのような尾が生えている。


「ねずみ鬼だね」

「ご存知なのですか」

「湖のバザーで買い漁った文献に載っていたよ。背丈は人間程だけど、怪力と硬い皮膚を持つ。知能は低く、魔物としては低級。でも一番厄介なのは、その繁殖力。食欲旺盛で人を食い、食い物でエネルギーを補充できる限り、その名の通りにネズミ算式に増えていく、と書いてあったね」

「一匹の強力なモンスターよりも、数の暴力のほうが日常にとって危険度が高い、ということでしょうか」

「うん。爆発的に繁殖すれば国を滅ぼす。とくに平和な橋ノ森では食料に事欠かないからね。村の人には気の毒だけど、首都に侵入する前に発見できて良かった」


けど、大きな疑問が残る。

このねずみ鬼は、すでに息絶えている。

原形がわからないほどに顔面が変形して陥没している。

ライフルや刀剣では、こういう痕跡にはならない。

村内には旅人が一人いるだけだ。

彼、もしくは彼女がやったのか。

それとも、新手の魔物の仕業か。


「空十様、ゆっくり思索する時間はないようです」

「どうやら、そのようだね」


気が付けば、家屋の影から、わらわらとねずみ鬼が湧いてきている。

ざっと二十匹ほどか。

大きな口から唾液に濡れた牙を覗かせて、一斉に鬼は襲い掛かってきた。

正成さんは、破壊された家屋の支柱を引き抜くと、力任せにそれを振り回した。

四匹の鬼が、そのフルスイングに巻き込まれて、吹き飛んでいく。

あの力で頻繁に殴られる僕は、君たちの気持ちがよくわかるよ。

単純な筋力による暴力が、もっとも不可避で痛いのだ。

でも同情ばかりもしていられない。

最近、正成さんは冷たいから、自分の身は自分で守らなくては。

白いローブの内側に括りつけてあった短い杖を取り出す。

僕は、杖の先端の乳白色の宝石に意識を集中してスキルを発動した。


「エアーフィクション!」


スキルは透明な膜の塊となって実体化した。

そう。

これは、あの巨人のスキル。

戦いから一か月間、僕はこの世界の生物学と魔物について調べ、研究した。

そもそもスキルとは、体のどこに宿るのか。

首都から取り寄せた論文の写しによれば、一定の法則は無く、個体により心臓であったり脳髄であったり様々だった。

僕は許スモノの能力を駆使して、巨人を解剖し、丹念にその構造を調べ上げた。

許スモノは、生物の在り方に干渉する時点で、対象を細胞レベルでスキャンする。

巨人の魔力の流れから解析した結果、その能力は肝臓に宿っていることがわかった。

ところで、この世界では、はるか昔からスキルについての探求と考察が繰り返されてきた。

そうした研究の一つに、魔物のスキルを取り出して、兵器化しようとする学問があった。

ただ、かなり眉唾もので、錬金術に近いものだった。

でも、敵の能力を奪うという視点を持たなかった僕にとって、それは衝撃的だったのだ。

生物の在り様をコントロールする許スモノならば、この仮死状態の肝臓を変質できるのではないだろうか。

試行錯誤の後、巨大な肝臓は手の平サイズの乳白色の宝石へと変換された。

本質が内臓である以上、電気信号で操作することができるし、そこに宿るスキルも行使することができた。

巨人の能力は、マジックアイテムへと生まれ変わったのだ。

けど残念ながら、使用回数は有限だ。

スキルというものがエネルギーであるならば、それを生み出せるのは、本来の所持者である巨人だけだからだ。

それでも、攻撃手段の少ない僕にとって、自衛の手札が増えたことの意味は大きかった。

いま、ねずみ鬼たちは、透明な膜によって行動を阻害されている。

杖に仕込まれた装置が宝石へ電気信号を送ることにより、膜は人の形を成し始める。

宝石を敵に向ければ、半透明の人形が対象へ前進し、軽く杖を振れば弱パンチを、強く振れば強パンチを放つ。

僕は格闘ゲームの要領でエアーフィクションを操作して、鬼たちを次々と撃破していく。

行動パターンは単純だが、このスキルは異常なパワーとスピードを持っている。

何より、ダメージを受けることがない。

猛烈な右フックが鬼の頭部を粉砕し、前蹴りが胴体を貫いていく。

正成さんと僕は、鬼を駆逐しながら村の中心へと進んでいった。

中心に近づくほど、何者かにより退治された鬼の死骸が増えていく。

そして、広場に辿り着いたとき、あまりにも異様な絵面に僕は苦笑いするしかなかった。

光を吸い込みそうなくらいの光沢を放つ、黄色いスポーツカーがあった。

そのデザインは近未来的で、僕のいた世界のスーパーカーイベントに展示してあるような美しい流線形が集合した車だ。

そこに群がる醜いねずみ鬼たち。

低い車高のボンネットに上った鬼は、数秒と経たずに命を絶やしていく。

なぜなら、車の上には四肢を持ったハリケーンが怒り狂っていたからだ。


「どぅりゃぁぁ!」


太い腕の一振りで、いくつもの鬼が吹き飛ばされていく。

あの顔面が陥没した鬼の死体は、この暴風のような男に殴り殺されたのだ。


「よくも俺様の愛車に傷を付けてくれたな。糞どもが」


男の迷彩柄のカーゴパンツは、すでに鬼の肉片と体液でぐっしょりと変色していた。

黒いタンクトップからはみ出そうな発達した筋肉が、魔物を殺すために膨れ上がる。


「貴様らの糞軽い命じゃ、いくらあっても弁償の足しにもならない。だから、大人しく、絶滅しろ」


ハリウッドの肉体派スターのような大男が、辛辣な言葉を吐く。

だが、その愛くるしい顔が全てを台無しにしていた。

なぜなら、その首の上にはコアラの頭が乗っていたからだ。



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