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モザイク世界のQOL  作者: 川北えん
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1話

木曜夜9時

駅前のアーケードが、家路を進む無気力な雑踏で満たされている。

様々な人たちが、それぞれに与えられた役割を務め終えた。

そして対価としてはあまりに僅かな憩いを求めて、限界を迎えた身体と心を引きずっていく。

疲れ切った背中たちとは対照的に、活力に満ちた電子音や煌々と灯るチェーン店の照明を浴びて。

まるで趣味の悪いディストピア映画のように。


僕は、そんな救いようもない映画のエキストラ。


この世界の主人公は住民の0.1%にも届かない。

ヒーローの紡ぐメインストーリーに絡めもしない僕は、端役ですらないのかもしれない。

このB級映画のオーディションはどこで受けられるのだろう。

村人Aでもいいから、自分にも配役が欲しい。


つつがなく深夜シフトの従業員と交代を済まし、アルバイト先を後にする。

何も産まない妄想を繰り広げながらアーケードを抜けて、気づけば電車に乗っていた。

やがて15分も走ると、都内であることを否定したくなる寂れた駅に着く。

下車して駅前駐輪場に向かうと、まだ主人の帰りを待つ大勢の自転車たちが息を潜めていた。

規則的に配置された大量の自転車は、僕には不気味に思えて、なにかの死骸か白骨が綺麗に並べられているように見えてしまう。

言うなれば、駅前カテコンベ。

天気予報が教えてくれた気温をはるかに下回る夜風は、人をとことんネガティブにしてくれる。


まずい。

今日は楽しい妄想ができそうにない。

帰って暖かい飲み物でも飲んで、寝てしまおう。

休日に買った、ちょっと高いココアがあったはずだ。

海外雑貨のショップで売っていたインドのチャイ風ココア。

日本人だと、ちょっと引くぐらい甘くて、隠し味にスパイスがきいている。

世の中はムチばかりだから、自主的にアメを調達しないと窒息してしまう。


僕は愛車に跨り、帰路を急ぐ。

周りは畑だらけで、街灯なんて文明的配慮はどこにもない。

タヌキでも出てきそうな暗闇を自転車のライトだけを頼りに進む。

勾配の急な坂道に差し掛かり、僕は自転車を降りて一息ついた。

アパートは駅から自転車で20分ほどの小山の上にある。

周りには農家の家があるくらい。

不便極まりないけど、家賃が驚くほど安いのだ。


坂を半ばまで登ると、さすがに息が続かなくなってきた。

ちょっとひと休み。

ふと空を見上げると、空気が乾燥しているから夜空が澄んで見える。

星で満たされた幻想的な冬空は、この片田舎の数少ない財産だ。


そこに一筋の光の軌跡が走る。

流れ星だ。

やがて、ぽつぽつと、その数は増えていく。

そうか。今日は流星群の日だ。今朝のニュースサイトで記事のトップを飾っていた。

流れ行く閃きは、やがて西の空を覆い……


一斉に直下に曲がり始めた。


斜めに描かれていた軌道が、今では真下に落ちる滝のように空を引き裂く。

こんな流れ星みたことない。

光る魔法の鉛筆をプレゼントしてもらった無邪気な子供が、画用紙の空白を埋めるのに躍起になっているかのようだ。

そこに描かれるのは、単純に縦に引かれた、狂気にも近い数の線。


突如スマホのアラートが鳴り始めた。

緊急災害通知と表示されている。

このタイミングで?

文面には、すみやかに屋内か地下に避難する旨が記載されている。

不思議なのは「何から」避難すれば良いのか一切触れられていないことだ。

この異様な流星群と関係があるのだろうか。

再び空を見上げると、いまだに星達の狂ったようなパフォーマンスが続いていた。

僕にはそれが不気味でならなかった。


午前3時。

再びスマホのアラートによって睡眠を強制中断される。

文面は相変わらずの避難命令のみ。

昨夜は周りに何もない山中だったから、避難のため急いでアパートを目指して自転車を漕いだ。

家に着くと、ひどい倦怠感に襲われて、そのまま寝てしまったのだった。

たぶん寒空のしたで馬鹿みたいに流星群を眺めていたから風邪を引いてしまったのかもしれない。

今は屋内避難してるから、大丈夫だろう。

ただ怖いから、窓から空を確認してみる。

そこにはいつもと変わらぬ冬の夜空があるだけだった。

明日は大学の講義が午前からあるから、寝てしまおう。


翌朝、僕は昨日の不調が嘘のように気持ちよく起床することができた。

昨夜を反省して、冬用のコートをだそうと思う。

僕は身長が低い。そして、認めたくないけど、童顔だ。中性的な顔立ちと言われるけど、ハンサムというわけじゃない。

僕は子供の頃からテレビに映る大人の色気のある俳優に憧れていたけど、遺伝子に裏切られてしまった。

まだ実家から高校に通っていた時、僕は妹と、このコートを買いに行った。

本当はもっと男らしいデザインのものが欲しかった。

でも店員さんは熱烈に、この可愛らしいコートを勧めてきた。一緒に買い物に行った妹も激推し。

翌週、買ったコートを着て、妹と映画に行った。

その日はレディスデーで、女性ならば千円で映画が鑑賞できる日だった。

カウンターでチケットを購入すると、従業員の女の人は僕にこう言った。


「女性のお客様2名で2千円になります」


妹大爆笑。

僕は映画館に軽いトラウマを植え付けられた。

後から気づいたが、そのコートはレディースだった。


「お兄ちゃんがイケメンを目指すのは無理でしょ。むしろ、今ある武器を磨くべきだよね。可愛い系男子って絶対に需要あるもん。まあ、わたしにまかせてよ。女に困らない高校生活にしてあげる。」


その日から妹は、僕の専属ファッションコーディネーターを名乗り始めた。

もともと癖っ毛だったショートヘアはミディアムボブまで強制的に伸ばされた。

僕の体は全体的に色素が薄いみたいで、肌は病的に白かったし、髪は茶色を通り越して灰色に近かった。

服もコートを買ったショップで、あれこれと試してみた。

やけに店員さんが張り切っていたのは何故だろう。


「やばい。お兄ちゃん、母性と保護欲を刺激しすぎ。完全なセックスマシーンが完成したわ、これ」


妹の努力の成果はすぐに現れた。

おそらく女子の友人の数は、普通の男子高校生の次元を超えて増えていった。

問題があるとすれば、全く異性としては意識されなかったことだろう。

僕がそんな高校生活で卒業までに18人に告白されたことは、妹にとって最大の自慢話になっている。

正月に親族が集まる席で、クラスの同窓会で、合コンの席で、いつも彼女は自慢話のオチを笑いを堪えながらしゃべるのだ。


「その18人が、揃いも揃って全員イケメンだったのよ」


恋愛観とは、人それぞれで、自由であるべきだと僕は思っている。

誰が誰を好きになってもいいじゃないかと思う。

だから僕の意思も尊重してもらいたいのだ。

普通に女の子とデートがしたい。


そんな黒い歴史の染み付いたコートを羽織って僕は大学に向かう。

急な下り坂を自転車で降り、いつもの駅で電車に乗る。

毎朝は通勤の時間帯とぶつかり満員となる電車が、不思議なことに今日はスペースに余裕がある。

学生がいないのだ。

普段はサラリーマンと学生が半々の構成なのに、どういうわけか制服や私服の乗客が見当たらない。

そして全員が一様に深刻な顔をして、神経質にスマホをにらんでいる。

どういうことだろう。

僕もそれが義務であるかのようにスマホを取り出す。

そして何気なくニュースアプリを開いてみた。

昨日のアラートの原因が気になっていたからだ。

さっそくトップニュースをチェックすると、


世界の半分が消滅していた。


昨夜、僕の目の前で急激に軌道を変更した流星群はヨーロッパとロシアに衝突したらしい。

記事には、数えきれない巨大な穴を穿たれて原型を留めないヨーロッパの衛星写真が掲載されていた。

隕石群は磁石に引き寄せられるように、突然地球への衝突コースをとったらしい。

どこに落ちるか予測する時間も与えられず、とにかく日本政府は緊急避難アラートの通知を指示した。

それが昨日1回目の警報が鳴った時の出来事らしい。


では2回目のアラートは何だったのだろうか。

二つ目の大きな記事がそれを教えてくてた。

日本時間にして昨日の深夜2時にアメリカは正体不明の武装勢力と交戦状態に陥った。

武装勢力は地球を挟んで流星群とは反対方向から突如宇宙空間に現れてアメリカ大陸に飛来した。

交戦開始と同時にアメリカとは電話や無線、ネット回線を含む全ての通信手段が敵により妨害、遮断されたらしい。

だが動画配信サイトに投稿された、戦争が始まる前にニューヨークの上空を覆っていた敵勢力の多数の巨大船と思われる物体の映像は、どう見てもUFOだった。

最初の隕石の衝突も、この武装勢力の攻撃ではないかと誰もが想像したが、その可能性は低いと専門家は解説している。

かなり以前から観測されていた流星群は、いたって通常のものであったし、軌道変更時にも人為的な操作はみられなかった。

そもそも地球という資源を狙ったエイリアンの攻撃だと仮定しても、その資源を大きく損なう隕石攻撃は道理に反する。

もし地球文明の消滅が目的だとしたら、自らアメリカに攻め込むリスクは取らないはずだと言う。

アウトレンジから一方的に流星で攻撃を続ければいいのだから。

日本政府は武装勢力が日本にも飛来する可能性を否定することができずに、2回目のアラート発動を指示した。

そして今もアメリカとは通信ができないらしい。


つまり、予期できない隕石の落下と、突如の宇宙戦争の勃発が同時に発生したのだ。

ちなみに、小さい記事で中国で謎の感染症が発生したことも伝えられていた。感染者は凶暴化して、人を襲い始めるらしい。

しかし、地味に僕を驚かせたのは、目の前の光景のほうだ。

世界の半分が滅びようとしていても、日本の企業戦士に休みは無いということだ。

さすがに学校などは休校になったみたいだけど。

エイリアンや隕石衝突ぐらいではサラリーマンを止めることはできないのだ。


でも世界に何が起こっても、みんな自分だけは大丈夫だろうと漠然と思っているんじゃないだろうか。

なんら根拠を伴わない自信だけど、多分人ってそんなものだと思う。

でなければ、怖くて外出なんてできない。

同様に僕も、自身は何となく助かるのじゃないかと信じているのだ。

だから発狂しないでいられるのだ。

それでも大学は休講になるだろうし、ちょっと怖いから実家にでも帰ろうかと今後のことを計画し始めたその時。

乗客のスマホが一斉に悲鳴をあげた。

3回目のアラートが発令されたのだ。

それと同時に電車が緊急停止し、アナウンスが流れる。


「お客様に申し上げます。進行上の線路が建物の倒壊により塞がれたために緊急停車いたしました。また緊急避難命令が政府より通達されました。お客様におかれましては係員の誘導に従いまして、落ち着いて下車後、避難をお願いいたします」


乗降口が開き、乗客たちは大きな混乱を見せることなく、電車の外へと足を運んでいく。

僕も人の流れに身を任せて線路に降りる。

そこは両側を高いビルに囲まれた谷底のようなところだった。

少し先には、次の駅のホームが見える。

ひとまずは誘導に従って、そこまで全員で進むみたいだ。

だが、列をなす避難者の視線は、直近のホームから3、4駅離れているであろう場所に目を釘付けにされていた。

そこからは、心をざわりと不安にさせる、どす黒い煙がもうもうと立ち上り、激しい火災のせいで、空が不吉な夕焼けのように赤く照らされていたのだ。

2、3の建造物の火災では、こんな恐ろしい光景は生み出されない。

ひとつの街が、まるごと何らかの災害に遭遇し、炎上しているのだ。

もしかしたら、アメリカのエイリアンの侵攻が日本にも到達したのだろうか。

ウンザリするほど量産されてきたパニック映画の一コマのような風景。

でも鼻を強く刺激する異臭と、ここまで届く火災の熱気が、これがフィクションではないことを主張してくる。

急に僕は、言いようのない恐怖を感じ始めた。

不安が脳内で荒れ狂って、自身では制御ができそうにない。

肺の内側に大量の氷か異物でも詰め込まれたような不快感も襲ってくる。

周囲には、呆けたように惨状を見つめる人や泣き出す女性、電話で怒鳴り散らす人。

こんな時にドラマみたいに冷静に思考して、何が正解か、どうすれば生き残れるか解説してくれる人なんていない。

しかし自分と同様の危機に直面している人達がいるという事実が、辛うじて僕の正気を支えてくれた。

口から溢れ出しそうな叫び声も、何とか抑えることができそうだ。


ホームに着くと、僕たちは一旦駅の外に誘導された。

どうやら最寄りの地下鉄構内に逃げるみたいだ。

駅前の4車線道路は火災現場から逃れてきた車両で溢れかえっている。

パトカーや救急車のサイレンの音と光線が空間を埋め尽くす。

今日は晴れだったはずなのに、煙や粉塵が太陽を遮り、まるで暗い室内に閉じ込められたような閉塞感を僕は覚えた。

警官の誘導により、歩道にぎっしり詰め込まれた避難者たちの塊は、細いチューブの中の濃い粘液のように、少しずつ少しずつ動いていく。

思考を放棄した僕は、ただただ人の流れに身を任せた。

だが、気づくべきだったのだ。

もしこれが、ありふれたパニック映画ならば、人が多い場所ほど災厄が降りかかることに。


突如、地面が大きく上下左右に揺さぶられた。

そこかしこのアスファルトには縦横無尽に亀裂が走り、出来の悪いパズルのように分割されていく。

立っていることすら不可能で、咄嗟に伏せた人は押転した人に潰されていった。

肉が潰れたり裂けたりする不快な音と、焚き火の中で材木が爆ぜるような骨折音。

人の声とは思えない悲鳴が辺りを埋め尽くしていく。

うず高く折り重なった人体の層の中から、僕は何とか顔だけを突き出した。

身体中が馬鹿みたいに熱くて、痛みすら感じない。

全てのことが現実味を失い、スローモーションのように塵が降り注ぐなか、僕はそれを目撃した。

200メートル先の道路が破裂したように爆炎をあげ、ゆっくりと土砂や瓦礫、自動車が上空に舞い上がる。

そして様々な落下物を背景に、泰然と大きな目を輝かせて、それは地底から這い出てきた。

爬虫類のようでもあり、哺乳類のようでもある、四足歩行の不可思議な山のごとき塊は、巨体を震わせると、やがて聞くものを圧倒的に畏怖させる叫び声をあげた。


それは怪獣だった。


爛々と輝く丸い瞳からは意思を読み取ることが出来ないが、怒り狂ったように放電し、青白く点滅する一本の鼻の上の長いツノが、誰も逃さないことを宣告していた。

けど混乱と死の渦の中、僕の心の片隅では、生を諦め達観してしまったもう一人の自分が納得もしていた。

隕石やエイリアンの攻撃によって滅ぶ日本は想像できなかった。

しかし、もっと神秘的に荒ぶる象徴のような存在が出現したならば、自分たちは未来を諦めざるを得ないだろうと。

なぜなら、それは神話の時代から日本人のDNAに刻み込まれてきたものだから。

その生物の全貌はあまりに大きすぎて把握する事ができず、煙と業火に映し出された陽炎のようにそびえるばかりだ。

やがてゆっくりと破滅の化身は再び天に向かって、あのおぞましい叫び声をあげた。

ツノの点滅が徐々にはやくなり、それに合わせて巨体が放電して火花を飛ばす。

それと同調するように、赤黒く染められた空に稲光りが走り、その数を増やしていく。

雷光が空一面を覆う頃になると、生き残った人々が立ち上がり、救いを求めるように怪獣を見上げ始めた。

一瞬の静寂と虚無。

空を埋め尽くした雷が、それ自身が救済の清めであるかのように、大地に突き刺さっていった。

光はあらゆる人の創りし物を粉砕していく。

そして。

その死を撒き散らす閃光は、等しく僕の上にも降り注いだのだった。




「というのが、僕の身の上話だよ」


思い出してみれば、予想を超えるドラマティックな最後だった。

少なくとも人生の終わりには、怪獣映画で主人公に丸焦げにされる民衆Aにはなれたわけだし。


「そいつは難儀だったねぇ」


隣人はヒレ状の羽を器用に腕組みして、哀れみをクチバシからこぼした。

彼は、愛嬌のある瞳をパチパチさせて、僕を見つめる。

親身に話を聞いてくれているその人は、かつての世界でいうところのペンギンだった。


「人生は楽しかったかい?あまり深く考えないで。ここにきた人にはみんなに聞いているアンケートみたいなものさ。」


ペンギンさんは遠くを見つめながら、世間話のように気軽に聞いてきた。

でも、焼きたて熱々な死を味わった直後の僕にはヘビーな質問だよ。

僕も彼と同じように風景をのんびり眺めながら想いにふけってみる。

ここは不思議な場所だ。

はるか地平線まで続く一面の草原。

草は紫に近い明るいピンク色に染まっている。

それ以外には、僕たちはが座っている小さな小山に、同じくピンク色の葉を茂らせた樹木が一本あるだけ。

木の根元に僕とペンギンさんが二人並んで座っている。

とても心安らかに。


「僕の生まれた国は豊かだったし、戦争もなかったから。幸せだったと思うよ。僕個人は家族にも恵まれたし、美味しい食べ物もたくさんあった。直接死に関わるような危険にさらされるようなこともなかったしね」


母特製のちくわの入ったカレーは大好物だった。


「それは良かった」

「でも、そうすると、僕みたいな人間はもっと欲しがってしまうんだよ。満たされると、今度は自分の価値について考えてしまう。世の中や人に必要とされたいとか、特別な存在でありたいとかね」

「うん、うん。とても、わかるよ」


本当に人間は複雑怪奇だと思う。

人が複雑でめんどくさい生き物なのか。

僕が現在進行形の中二病で怪奇なのか。


「でも、僕が子供っぽいからかな。20年しか生きていなくても、段々わかってきちゃうのさ。理想とする輝かしい自分と現実の世界が年を重ねるごとに、ちょっとずつ乖離していくのがさ」

「楽しくはなかったということかい?」

「楽しかったよ。だけど、僕は凡人だから。波風を立てないよう、大きな傷を負わないように生きていくことは、僕から人生と周りへの興味と関心を奪っていったよ」


そこで、ペンギンさんは初めて僕に顔を向けた。

そして苛立たしげに羽を顎に当てた。


「君はさらりと、身勝手で酷いことをいうなあ」


どうしたんだろう。

やはり怒っているみたいだ。

なにか気に触ることを言っただろうか。


「それが君の世界を殺したし、世界の器である宇宙は崩壊しようとしているんだよ」

「ど、どういうことだい?」


彼は見せつけるように、大きなため息を吐いた。


「主人公であり認識者である人の数だけ世界は存在する。でも彼らが関心を無くしたり拒絶すれば、世界は在り方を維持できなくなる」


何を言いだすんだ。

荒唐無稽すぎるよ。

でも、その目には怒りが滲み始めている。

そして、真摯に何かを伝えようとしていることは、疑いようがない。


「ちょっと待って。僕が主人公のはずないじゃないか」

「君たちは真理を心に刻み込まれて生まれ落ちて、同時に自分の物語を与えられる。赤子は皆、自分が特別であることを知っている。だけど、人によっては忘却し、徐々に刻印は薄れてしまうのさ。君の為に世界は寄り添っているというのに」

「地球に隕石が落ちてきたり、人がたくさん死んでいったのは、僕のせいだというの。」

「そうだよ。君の心が世界から離れてしまったからさ。」


目の前が真っ暗になった。

僕のせいで滅びただって?

僕が特別だって?

ありえない。

認められない。


「それぞれの世界は干渉し合う。良くも悪くもね。自分の現実を見放すだけでなく、隣り合う世界までも関心をなくしたり、妬み、怒り、蔑みはじめた。そして現在、稀に見る負の連鎖が発生しているんだよ。今も数えきれないほどの世界が滅んでいっているのさ。では、その容れ物である宇宙はどうなると思う?中身がスカスカになれば、存在意義を失う。どんどん縮小していき、残りの愛されている世界もろとも綺麗に消えて無くなるのさ。」


話が突飛すぎて、理解が追いつかない。

少しでも意味のわかる単語を自分なりに頭の中に並べてみる。

そこから、正解ではなくても、僕なりの形で類推する。


「君の言うことは、ほとんどが僕には理解できないよ。でも君はいったよね。人の数だけ世界は存在するって。じゃあ、僕の物語は滅びてしまったけど、僕の父さんや母さん、妹は、それぞれの世界で生きているってことかい。」

「今はまだね。でも僕はこうもいっただろう。彼らが暮らす世界の入れ物である宇宙自体が危機的状況にあると」


僕みたいな奴らが、精一杯に人生を歩む人たちを殺そうとしているのか。

たしかに僕は自分の将来を諦めきっていた。

所詮は凡人、なるようにしかならないと愚かにも悟ったつもりでいた。

でも、ペンギンさんの言う通りだ。

人は繋がって生きている。

世界云々は全く意味不明だけど、誰かが怠惰に振る舞えば、その皺寄せは絶対に誰かにいく。

そして、真面目な人ほど損をするループの出来上がり。

僕は家族の人生をも奪おうとしているのか。

耐えられない。

何か救う方法はないのか。


「ペンギンさん」

「なんだい?」

「多分、君は神様だろう?君が僕たちの世界を創ったんだろう?」

「ちょ、ちょっと!とんでもないことを言わないでくれよ!恐れ多い。僕は、君達がそう呼ぶ御方の使いっ走りにすぎないよ」

「そうなの?」

「僕は、数多ある宇宙の中で、その一つの管理と運営を任されているだけだよ」


それは、僕にとっては神と同意義だ。

なら。


「じゃあペンギンさん。君はこの危機をどうにか出来る立場の人なんだね」

「ふん。どういう風の吹き回しだい?さっきまでは愚かにも達観したような顔をしていたくせに」


さあ、ここからだ。


「君は管理者であり、神さまの部下みたいなものなのだろう。では、この宇宙に対して管理の責任を負っているはずだ。もしかしたら、宇宙の消滅で何かしらのペナルティを課せられる立場じゃないの?」

「ぐむむむ。それを加害者に言われると、ストレスでクチバシにヒビが入りそうだよ」

「危機への対処で多忙なはずの君が、終わった人間である僕にわざわざ会ってくれているのは、怒りをぶつけたり、処罰するためではないはずだ。そんなことは宇宙が消えた後にゆっくりすればいい。」


では、何でこんな悠長なことをしているのか。

それは、この行動が危機を救うための業務の一環である可能性が高い。

そのための情報収集なのだろうか。

壊れた世界の分析か?

わからない。

けど、僕は償いがしたい。

僕を大事にしてくれた人たちを助けたい。

このままでは死にきれない。


「ペンギンさんは、宇宙を救う方法を知っているんじゃない?もしくは、その方法を実行中なのかな?」

「やっぱり、君の生態は興味深いな。自分のことは徹底的に無頓着なくせに、他人のことになると、呆れるほど諦めが悪い」


色々と考えてはみたけれど、どうせ僕には駆け引きの真似事すらできないだろう。

ただ、誠意を伝えることはできる。

ぼくは直立して、深々と頭をたれた。


「どういうつもりだい」


緩やかな風が吹き、ピンク色の葉が頭上の大木から、ひらひらと舞い落ちてくる。

僕は愚直に頭を下げ続けた。


「僕に役割をください」

「役割?」

「宇宙を救う手助けをさせてください。何でもします。厚かましいのはわかっています。自分の世界もまともに愛せなかったのに」


ペンギンさんは立ち上がり、頭を下げている僕の顔を下からゆっくりと覗き込んだ。

そして笑った。


「ふふ。やっぱり君は面白いなぁ。」


彼の顔に、初めて偽りではない感情が浮かんだ気がする。


「君は自分の世界を滅ぼした。でも消滅の仕方が特異だったんだよね。普通は周りの世界にも悪影響を及ぼすのだけれど、君にはそれが一切なかった。つまり、自分のことには無関心なくせに、他人には病的に気を使う。だから、君に会おうと思ったのだけれど」


ペンギンさんは両手で僕のほっぺたをプニプニ弄りだした。


「では望み通り、君に役割を与えよう、春日 空十ソラトくん」



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