51話 ――――最高の親友、30年ぶりの再会。
「ガーツィさん、どうしますか?まさか、まだ用事がるとかいうつもりじゃありませんよね?」
「ああ。解ってる......が、今日はもう遅い。明日早朝に行かせてもらう」
「......そうですか」
ガーツィさんの意思は尊重する......けど、こういう選択をするか。なるほどね。でも、結局はガーツィさんの問題だ。部外者の私たちがとやかくいう事でもない。こういうのは、本人たちに任せるのが一番いいというものだ。
「さて、今日は寝るとするか」
「私の家に泊まっていきますか?賃貸ですけど」
「ちょ、ナツキ!?」
「......いや、宿借りるわ」
「そうですか」
「......ひとつ、俺があまりにおっさんだからと言って、そういう事は言わない方が良いぞ。俺に全くそういう気が無かったからいいものの、他のヤツだったら喜んでついて行きそうなスタイルしてるんだからな」
「は?」
......そうか。私、今女なんだった。え、ちょっと待ってちょっと待った。じゃあ、ガーツィさんは私を生物学的に女性だという風に分類してたって事?マジか。
「女だと思ってたのか......」
「いや、見た目からして女だろ」
「ガーツィさんは、『○○は不思議と女に見えないんだよな~』とか、好かれてる女性に言ってマジ切れされるタイプだと思ってました」
「馬鹿か。俺は、そんなこと言った試し......」
......言葉に詰まったところを見るに、どうやら自分に思い当たる節があるようだ。う~ん、予想通り!ガーツィさんは、そういうキャラだもんねぇ。って言うか、色恋沙汰にとことん疎そうな性格してるもんね。『ガーツィさん、クリスさんって、ガーツィさんのこと好いてるんですよ』って言ったら、間違いなく帰ってくる返事は『は?クリスが?はっはっは!バカを言え!』とかだろう。絶対に信じない。
「ご、ごほん。まぁ、俺はもう宿に行って寝る。お前らも、もう寝ろ。明日に響くといけないだろ?」
「ええ。明日は五日ぶりの訓練ですからね」
「五日間も休んだのか。それ、平気か?」
「大丈夫です。今回休みを取るために、休日を返上して訓練してましたから」
実は、訓練の日程と言うのは自分で決めることができる。例えば、週に、水曜日だけやすみといった風に。その、最初に決めた休日に出席することによって、好きな場所に休みをとることができるというシステムだ。休みの日に休まず訓練をすることによって、休みを貯金することができる。それを使って、五日間も休みを手に入れたというわけだ。
「ほぅ......騎士って言うのは国の安全を守るものだから、もっと厳しくて休みなんてないもんだと思っていたが、結構優しいんだな」
「そうなんですよ。私たちも最初入ったばかりの時は緊張してたんですが、教官も副教官も良い人で、すっごく安心したのを覚えてます」
「そうだろうな。おっと......なんか、ずっと話が長引いちまったな。じゃ、俺はもう寝る。眠くてしょうがないからな」
と、言うと、宿の方向へ歩き出すガーツィさん。これで、良かったのかな。後悔しないかな?『ああ、あの時会っておけばよかった』って、後悔しないかな?大丈夫。ガーツィさんが考えて、悩んで、苦しんだ末に出した答え。だったら、それはガーツィさんにとって、一番合ってるはずだから。心配しなくても大丈夫。
「じゃ、私たちはもう寝ようか。明日に響いても残念だし」
「そうだね。もう、眠くてしょうがないよー」
「......おはよう」
「......おはよう、ございます」
「ふやぁ......ナツキ、お客さん?......ガーツィさん!?どうしたんですか、その顔」
朝はやく私の家を訪ねてきたガーツィさんの顔には、大きなあざが現れていた。正確には、目の周りに大きなあざがあった。
「......向き合ってきたんですね」
「ああ」
「解決したんですね」
「ああ」
「......良かった、ですね」
「......ああ」
ガーツィさんの顔は、晴れやかなものになっていた。希望に満ち溢れていて、自信がある。そんな顔だ。昨日までの、どこか影がある顔とは、全く違う。
「で、どうしてここに?」
「俺は今日帰るからな。挨拶ついでに、起こしてやろうと思ってな」
「なんと有難迷惑な」
「まぁ、そんなこと言うな。ギルシェからのお願いだ。『ああ、挨拶行くんなら、起こしてきてくれないか?どうせ、朝起きるの忘れてるんだろ、あの二人は』だってさ」
そう言えば、今日から訓練始まるんじゃん。
「やば、今何時ですか!?」
「四時二十分程か」
「ぎゃーっ!?なんでもっと早く起こしてくれないんですか!」
「知るか!」
「ミルア、早く支度しないと!」
と、ナツキの方を見ると、すでにその姿はない。ほんの十数秒ほど前は、そこにいたはずなのに。まさか、先に言ってしまったのか、と、私が慌てていると。
「ナツキ、服パス!」
「さんきゅ!」
「ミルア、トーストパス!」
「ふぁんふ!」
これこそが、秘儀、以心伝心だ。友情のパワーによって役割分担し、とてつもない速度で準備を終えるといったものだ。これは、真に心が通じ合った親友同士でしかできることの無いワザ。と、いっても、時々失敗する。トーストが四枚なんてことも、たまにある。
「お前らは、遠慮と言うヤツがないのか?」
「ふぁみふぁふぇふふぁ?」
「一応、俺も男なんだが......」
「ふぃふぁふぁら......気にしませんよ。昨日、散らかってる部屋ならさんざん見たでしょ?」
「そうですよ。何も、目の前で着替えてるわけじゃないんですし」
下着を目の前に散乱させてるわけじゃないし。ただ、トーストを口でキャッチしたりしてるだけだからね。え?それだけでも、十分問題?まぁまぁまぁ(?)
「ガーツィさんはお父さんみたいなもんですから」
「そうですね......きのうは、本当の家族みたいでした」
「そうだな。俺も、娘が居たらあんな感じなんだろうなと思ったよ」
「......にひ。じゃあ、クリスさんはお母さんですね!」
「ぶふっ!?」
「ふふっ......そうですね!元気だけど、天然で泣き虫なお母さんと、元気で何でも楽しんじゃうお父さんと、娘二人......そんな、感じでしたね」
「......ふっ。っと、いいのか?ボーっとしてて」
「はっ」
「あっ」
気付いた私たちは、ガーツィさんには目もくれず、慌てて家の奥に引っ込んでいく。ガタ、ガチャ、ゴトン!と、音を聞きながら、ガーツィさんは微笑む。
「天然で泣き虫なお母さん......か。いいかもな」
「ほら、早くいかないと遅刻になっちゃうよ、ナツキ!」
「わ、解ってるって!」
急いで髪を整える私を、いそげいそげと急かすミルア。そんなこと言ったって、寝癖が......もう、いいや!と、寝癖をあきらめて玄関にダッシュする私たち。
「あ......」
「行っちゃったんだね......」
そこには、さきほどまであったガーツィさんの姿がなく、もう王都を出発したんだという事が分かった。三十年ぶりに、やるべきことを終えて、ようやく片付いたんだ。ようやく、曇ってた心が晴天になったんだ。
私は、その時拭いた風に、不思議な音を感じた気がした。小さな金属音のようなもの。まるで、欠けた欠片が、一つ元通りに繋がったみたいな、優しいおと。まだ、欠けてる欠片はあるけど、ガーツィさんなら、元通りにできるよ。元通りの、【涙の欠片】に。




