18話 教官リーナ殿は変わりたい!
「近寄るなぁ!それ以上近づいたら飛び降りるぞ!」
「別に構わないからさっさと飛び降りろ。」
「ほ、本当に飛び降りるぞ!」
「ん?まだ居たのか。てっきりとっくに飛び降りたかと思ったぞ。」
「くっ!うわああああああああああああああああああああ!!!!......ちょ待っ!」
ガッシャァァァァァァン!!!!
「やっと飛び降りたか。手間のかかる......」
「ストップストーップ!違う違う違ーう!ダメダメダメ!全然だめだ!そんなんだからダメなんだ」
「それじゃあどうすればいいんだ?」
「いいか?さっきも説明した通り、酔っぱらって暴力事件を起こした衛兵が解雇通知を受けて、それを取り消さなければ自殺すると言っているという状況だ。」
「解っている。」
......分かってないだろ。今は、好感度を上げるための特訓をしているんだぞ?だったら、想定している場には好感度を左右しうる要因があるという事だ。その場でのその要因は......。
「解ってるなら、なんでそんな態度をとるんだ?」
「死にたいなら死なせてやるのが幸せだろう。」
「バカ。死にたいなんて一言も言ってないじゃん。『取り消さねば飛び降りる』って言ってるんだ。この青年は、取り消してほしいんだ。」
「それがどうして好感度につながる?」
なぜわからん。いや、コイツはまだ何も理解していないな。なら、一から説明するしかないか。ウホン、ゲフン。では、参謀モードのナツキを味わってもらおうか。
「青年は声を張り上げている。なぜ?一対一ならそんな大きな声を出す必要はない。ならば。」
「一対一で話してるわけでは......ない?」
「その通り。事件が起こった場所には人が集まる。この青年はお前に話しかけているように見えて、周りの観衆に話しかけてるんだよ。」
「......周りの目があるから、態度に気を付けろと?」
「そういう事だ。逆に言えば、人が多く集まるからこそそこで素晴らしい対応をすれば評判も上がりやすい。早く鎮め、優しく受け止める。これが出来ればお前が人気者になるのも早いってもんだ。」
目のつく場所での行動は反映されやすい。人の目がない場所でゴミ拾いをしても褒められない。ならば、人の目のあるところで活躍する。単純に言ってしまえば、これが一番手っ取り早く認められる方法なのだ。
「普通に聞いていればおかしな話だ。だって、酔っぱらって暴力をふるったのはその衛兵なんだ。なら、死ぬなんてどうぞご勝手に......だろ?」
「ああ。私もそう思う。」
「私も......じゃないだろ!『私は』だろうが!いいか?とても人の目が多い。人はみんながみんな同じ考えと言うワケじゃない。大抵の人は『何を己の失敗を棚に上げて。どうぞよそで死んでくれ』と思うはずだ。」
「......大抵はそうは思わないと思うのだが。」
「お前がそれを言うか!俺が言ったのは、『よそで』しんでくれということだ。ここで死んでほしくはない。気分も悪いし、何か自分にも悪いところがあったような気がする。」
「確かに、私でも少しだけ気に病むかもな......」
あ、少しなんすか。さっすがリーナ、すごいメンタルの強さだ。
「今にも飛び降りそうな青年を見て民衆は思うわけだ。『少しくらいは優遇しても良いんじゃないか?』ってな。青年はそれを狙ってるわけだな。しかも、それは大抵の人物はという事だ。一部には、『それくらいで路頭に迷わせるような決定をしなくても......』と思うやつもいるだろう。」
「......身勝手な連中だ」
「自分の心を護ろうとするのは知能ある生物なら当然のことだ。俺が元居た世界でもその本能によって引き起こされる病があった。PTSDとか言ったっけ。」
「なんだその何とかディーって言うのは?」
「PTSD。心的外傷後ストレス障害というやつだ。戦地から帰ってきた者がそれを想起させる音や光景を見た時、過去の記憶が目の前で起こっているという幻覚が引き起こされるとか、不安感とか不眠とか......トラウマが原因で引き起こされる症状全般をそう呼ぶらしい。」
「トラウマか。何だそれなら私も知っているぞ。そうなった兵士や騎士の者を何人も見てきたからな。」
幼児退行とか、精神的なショックによる記憶喪失とかも分類されるのかなぁ......。しらんけど。もし、一度帰れる機会があったら調べてみよ。
「あのさぁ。俺を放っておいて話を進めないでくんない?」
「お?おお、ゼルドじゃないか!どうしたんだそんな血まみれで!」
トンデモナイ怪我だぞ?頭から血が噴水のように出てる!マンガじゃなくて本当に現実に起こりうるんだなぁ。......少々感動してしまった。血を見て感動って俺はサイコパスなのかもしれない。知ってた。
「ん?おお。ナツキの友達。大丈夫か?結構な出血量だぞ?」
「あんたら......フザケンナ!フリだけって言ったのに突き落としたのナツキだろ!?お陰でガラスで血まみれだよ!予想外のアクシデントだってのに教官殿は続けるし!『やっと飛び降りたか。手間のかかる......』じゃねーよ!!!!」
「ナイスツッコミ!......いいか、リーナ。これがお前の目指す完成形だ。話しかけられているボケに対し的確にツッコミを入れる。時折ノリツッコミを使うのもよし。」
「なるほど。だが、これになるのは嫌だな......。」
「嫌だじゃねーよ!?なんで俺血まみれになってるの!?血まみれ損!?」
「こういうのだ!まさにこれ!......難しいか?」
「ああ。ちょっと私には荷が重い......」
そうかぁ。そうだよなぁ。元々リーナはツッコミというよりもボケ......ツッコミを覚えるのも困難......ん?元々リーナはボケ?リーナは天然ボケだ。やることなすことすべてがボケになる。......あ。
「じゃあ、お前はボケに徹すればいい。俺ら三人で行動していれば、ツッコミ役が絶えない。リーナの天然ボケも引き立ち、『あの人、綺麗だしおもしろい!』と人気が出るぞ!」
「ほ、本当か?」
そんな簡単な話のわけないだろ。でも、やらないにはどうにもならないし。......これで、ゼルドとの約束も果たせたってもんだ。『でも、逆にうらやましいかもなぁ。教官殿にあんな態度で接することができるなんて。』なんて言ってたのに、『嫌だじゃねーよ!?なんで俺血まみれになってるの!?血まみれ損!?』ほら、もうこんなに砕けた態度を取ってる。......なんか、嬉しいな。
「頑張ればな。でも、人に接する態度を見直すって言うのはやれよ?あと、人と話すときは笑顔だ。そうすれば、人に好印象を与えることができる」
「笑顔......『やっと飛び降りたか。手間のかかる......』」
「ひぃっ!」
「あ~。笑顔でそういうことを言うんじゃない。余計怖いヤバい奴に見えるから。みろ、ゼルドが怯えちゃってんじゃねーか。」
前世の映画、アニメ、ゲームでもそういうキャラ居たなぁ。ファイアーエ〇ブレムのヘンリーって言えば分かりやすいかも。
「じゃあ、どうしろと言うんだ!」
「態度を改めろって言ったろ!何処をどうやったら笑顔でヤバいこと言おうって結論に至るんだよ!」
「そんな、難しいこと言われても......」
「そーだよな。でも、俺も前の世界ではそうだった。小さいころ......本当に小さい頃は、気に入らないヤツはぶっ飛ばしてた。だけど、俺が小説にはまりだした頃、主人公のカッコよさに気が付いたんだ。主人公は強い。主人公は優しい。主人公はカッコいい。......じゃあ、主人公を見習えば、俺もカッコいい人気者になれるんじゃないかってね。......いろいろ苦労はしたが結果、大成功した。俺は人気者になり、クラスの中心人物になった。......ま、それも何年かで終わっちゃったけどな。」
「ナツキ......」
「困ってる人を見れば助け、話にはうまい愛想笑いをし、イライラを押さえ、いつもオーバーリアクションで周囲を笑わせた。......時々起こるハプニングは俺の天然な性格もあったかもしれないけどね。」
あの頃は......懐かしいな。本当バカやって、嫌なことも全部引き受けて......学級委員長だってやった。生徒会長もやった。トイレの掃除もやった。ボランティアもやった。宿題忘れて困っている奴が居れば、今度からはちゃんとやってくるんだぞっていいながらノートを貸した。正直、めちゃめちゃ大変だった。だけど、周りから慕われてるのがわかって、めちゃめちゃ嬉しかった。
「でも、無理することはない。結局、そういう生き方が俺にあってたってだけだからな。無理してやっても失敗するだけだ。だから、小さくやってけ。俺みたいに全部じゃなくて、困ってる人を見たら少し手伝うとか、笑顔で接するとか、よく笑うとか。」
「頑張ってみるよ。」
そう。少し頑張って、少し結果が出ればいいんだ。こういうのは、麻薬みたいに中毒性があるからな。良い人ぶっていい評価がもらえると、病みつきになっちゃうんだよね。それで、『良い人』がやめられなくなる。......本当は自分に合ってなんかなかったけど、長くやってるうちに本当の性格や自分がわからなくなっちゃったんだよなぁ。今の性格、偽物か本物か。解らないんだよ。
あまり無理して良い人になる必要はない。自分の性格がわからなくなると苦労するもんだ。むかーしのクラスメートから「お前、丸くなったな」なんて言われてね。「え?そんなに太った、俺?」って、言ったら、「ちげーよw......お前、変わったな」なんて。
もともとが悪くない性格なら、無理に変えるとかえって友達が減っちゃうんだ。俺は成功だったけど、リーナは......そこまで大きく変える必要はないはずだ。俺たちと接する内に、自然と性格が柔らかくなっていけばいい。
今回の話、一部だけ私の実体験に基づいたものなんです。いや、ファイ〇ーエムブレムじゃなくて。
本当に、気を付けた方が良いと思います。
押さえつけられた感情が爆発した時、どんな白い目で見られるかわかったもんじゃないですから。