15話 涙の決断
皆さんは、泣く泣く何かを手放したことはありますか?
私はあります。くだらないことの為に大好きなことと時間をポイしてしまいました。
今でも昔の自分を殴りたい位に後悔してます(笑)
「......っ!?待て!」
「......っ!」
ゼルドが剣を振り下した瞬間、俺の静止に反応し茂みに刃が達する寸前に止まる。
「......危なっ!」
「......どうした?」
......なぜゼルドを止めたかって?それは、いまだこの茂みから魔物が飛び出してこないのが理由になってるだろう。つまりは......
「......あれ?剣が届くのが遅いと思ったら、気付いたのか。」
「......やっぱり。」
この茂みの中にいたのは、魔物ではなく、人だったというわけだ。人に一太刀浴びせてしまったら、それこそ犯罪者だからな。危ない危ない。
「ふ、副教官殿!?」
「ああ。少し金稼ぎに来てたんだがな。お前は気づいてたんだろう、ナツキ?」
「え!?」
「いえ、気付きませんでしたよ。まさか、副教官殿だったとは。」
「そうなのか。」
「ええ。副教官殿だと分かっていたら、止めませんでしたからね。日ごろの恨みを晴らすチャンスですから」
「お、おい、ナツキ!」
「ハッハッハッハ!違いない、違いないな!」
俺の冗談を聞いた副教官が、大きく笑い声をあげて俺の背中をバシバシやる。痛い。......え?本当に冗談だったのかって?......まぁまぁまぁまぁ。うん。
「そんなことより、茂みに潜って何をしてたんです?」
「ああ、コレだよ。」
副教官は、コレと言い布袋から草をいくつか取り出す。......薬草かな?もちろん、俺に草を見分けるスキルなんてないから、これが何なのかはわからない。
「......あ~、コレはある効果を持った薬草なんだ。」
「ある......効果ですか。」
「そうだ。毛生え薬......といった方が解りやすいか。」
ハゲ薬か。なるほど、それ故需要が高く、供給が間に合ってないから買い取りが高いのかな?......栽培とかしてないのかな?
「栽培はしているんだが、栽培法を見つけたのがまだ小さい商会だったらしいんだ。それで、さっさと特許を取って法外な特許使用料を設定してから、あまりそれを栽培する商会がない......つまり、なかなか難しいってワケだ。」
なるほど。で、高い特許使用料を払ってるため、利益を出すにはそれの価値を引き上げるしかないと。なんて言うか、負のパラドックスだな。......パラドックスってなんだ?どうでもいいか。それにしても、この世界にも特許とかあったんだな。金がある世界では当然にあるものなのかもな。
「なるほどですね。」
「で、俺が一つ聞きたいのはだな。」
うっ、やはり来るか。そりゃそうだ。もうリーナから話は行ってるはずだからなぁ......。こんな時にリーナのしっかりした性格が裏目に出るとはなぁ。当日言ってもらうように頼めばよかったなぁ。
「は、はい!」
「お前はプレゼントをもらうとしたら何が欲しい?」
は?
「はい?」
「ああ、すまん。実は、金稼ぎって言うのは娘にプレゼントを買ってやるためなんだ。」
「誕生日ですか。」
「ああ。それで、何が欲しいのかっていう事だ。」
「それで女の私に?」
「まぁ、そういうことだ。」
「良いですけど、本当に参考になりませんよ?私は物心つく前から親が居ませんので、女の子らしさというのが良く解らないんです。」
と、いうことになってる。戸籍を偽造する工程で、シルヴァ・アシュトレイ......つまり、白髪の鬼神つまり、最初にお世話になったあの執事っぽい人は結構苦労したらしい。それで、事故にあって名前や住んでいたところの記憶をなくし、今まで森で暮らしていた......と言うことにして何とか新しい戸籍情報を作ることに成功したらしい。戸籍が無いと何もできない。だから、記憶喪失の場合のみの特例だと。
「私が欲しいものですか......そうですね、やはり名匠の作った長剣ですかね!」
「そういうものではなくてだな」
冗談冗談。まさか、アドバイスを聞かれてるのに本気でそんなこと言ったりするわけないだろう?
「冗談です。少し値は張るかもしれませんが、手作りのネックレスなんてどうです?素敵だと思います。」
「おお!さっき長剣が欲しいといったとは思えないな!素晴らしい、それを採用しよう!」
「ナツキ、お前簡単に言うけどな、ネックレスに着ける宝石はどうするんだよ?」
「ふっふっふ。任せてください。私は宝石加工スキルを持っているのです!」
「お前、マジか!?」
宝石加工スキルとは、生産系スキルのうちの一つである。装飾品を作成するには絶対不可欠なスキルなのである!この二人の反応からして解ると思うが、宝石加工スキルは入手がとても困難な事で有名だ。スキルには取得条件として、決まった一定の動作をスキルを習得するまで繰り返さなくてはならない。宝石加工スキルに定められているスキル習得条件は、『ひたすら宝石を研磨すること』だ。実は、明確な習得条件は解っていない。なので、数うちゃ当たる戦法しか今のところは存在しない。
「宝石をこの三人で探し、手に入れた宝石を私が研磨する。それで、ネックレスの完成って言うわけです!」
「おお......!ありがとう!」
「おい、勝手に決めるなよ!......まぁ、元より手伝うつもりだけどさ。」
なんか、上手く行ってるっぽいな。よし、じゃあここは攻めに攻めまくって信頼と休みとその理由を勝ち取ったる!
「と、言うワケで明日からしばらくの間三人で休みを取りましょう!」
「え!?」
「し、しかし......訓練日数が」
訓練日数とは、地球で言うところの出席日数的な奴だ。つまり、昇格試験に参加する資格は訓練日数がある一定に達していないと得られないのである。
「そこは、副教官殿の権限で!」
「な、何を言っているんだ!」
「そ、そだぞ!ナツキ、いくら何でも無茶苦茶言い過ぎだ!」
「何言ってるんですか。宝石の原石がそんなに都合よく見つかるわけないでしょう。それなりに日数は覚悟してもらいますよ!」
「しかし......」
「娘さんに、一生残る思い出を作ってあげましょう?」
ここでスマイルアンド手を差し出すだ!これを握った瞬間、あなたは合意したということになる!
ガシッ!
「よし!オッサン、職権乱用しちゃうぞー!!!」
俺の手をつかんだままバンザイする副教官。もう完全にヤケクソになってるな、こりゃ。
「副教官殿!?(おい、ナツキのせいで副教官殿がおかしくなっちゃったじゃねーか!)」
「(良いんだよ。それよりも、無条件で大量の休みが取れるんだぜ?まずは喜ぼう!)」
「(お前なぁ......お前には本当に敵わないなぁ)」
ひそひそ声でやり取りする俺とゼルド。しかし、こんなに上手くいくなんてな。副教官の親バカもすごいもんだ。ここまで来ると、逆に誇らしいんじゃないか?
「じゃ、私は私含め三名が重い感染症に罹ったということで無期限休を申請してくる。」
「はい、帰りも気を付けてくださいね!」
魔都に向かって全速力でダッシュする副教官。あーあ。あんなになっちゃって。もうアレだね。多分帰り道は泣くね。仕事にまじめで、娘に対してもまじめで、愛情もある。......泣くんだろうなぁ。でも、明日にはもう立ち直ってるんだろうなぁ。