視えない少女と嘘つきな魔物
思いつき。
「あぁ・・・・風が気持ちいい」
ある少女が、村から少し外れた丘の上で、日向ぼっこをしていた。
春の風。
まだ多少冷たくもあり、けれど、その中にほのかな温かさがあって。
少女は風が好きだった。
冷たかったり、暖かかったり。強かったり、弱かったり。
まるでそれらが、風の機嫌を表しているかのようで、好きだった。
少女は、目が見えない。
生まれながらの病気であり、『物を視る』ということをしたことがない。
だから少し、当たり前のように外の世界を視ることができる人たちが羨ましくて、妬ましい。
「・・・・こんなところで何してる?」
不意に草を踏みしめる足音、そして聞いたことがない声。
少女の村はとても小さく、村民全員が家族のような関係だ。
目の視えない自分にも、優しく話しかけてくれる大切な存在。
けれど、その声はそんな大切な声たちとは違う、どこか異質な音を秘めていて・・・・。
「誰・・・・?」
「誰って、お前。目をつむっているから俺が見えないんだろ。さっさと開けて自分で確認してみたらどうだ」
すると少女は少し声のトーンを下げて、返す。
「ごめんなさい。私、目が、視えないの。だから、あなたが視えない」
・・・・。沈黙。
数秒が過ぎた。
「・・・・そうか」
それだけ声の主は返すと、足音は少女に近づいてきた。
なんとなく、自分の座ってる地面の、隣をたたく。
「ここ、よかったら座って休んで」
「・・・・なんでだ」
「だって、あなた。疲れてるでしょう?歩き方に、足音に生気がないわ。きっと疲弊してる」
「・・・・それは」
「なぁに?」
「・・・・なんでもない」
「そう」
また沈黙。けれどもそれは、少女にとって気まずさとは縁のない、心地よさのある沈黙だった。
その沈黙を破るのを少し躊躇するようにして、少女は口を開く。
「ところで、あなたは誰?」
「お前の村の住人だよ」
「嘘。あなたの声も、足音も、一度だって聞いたことがない。それに、あなたの声は、不思議な音を含んでる。どこか、そう、どこか・・・」
「――――――」
「――――――普通じゃない」
「それは俺が魔物だからだ!」
「え?え?何?」
急に耳元で大声を出され、少女は戸惑う。
「って言ったらどうする?」
どうやら、魔物というのは嘘らしい。
その質問への答えはすぐに出た。
「どうって・・・・うーん。――――魔物さんは案外優しいんだなって、そう思うかな」
「何を馬鹿なことを。魔物だぞ?人間なんか虐殺されるんだぞ?」
「だからだよ。そんな言い伝えなんか当てにならないなって意味。少なくとも、今私と話してる嘘つきな魔物さんは、そんな物騒なことできないよ、きっと」
「何でそんなこと言えるんだよ」
「だって、あなた優しいもの」
そこで会話は一旦途切れたが、すぐに再開される。
再開の合図は、声の主・・・・偽魔物の戸惑う声から。
「・・・・調子が狂う」
「ふふふ、そう?私が狂わせたのかな」
「っ、そうだよ、たく。――――――出直す」
隣の存在が立ち上がる気配。
思わず少女は表情をゆがめてしまう。
「え、もう行っちゃうの?もうちょっと話していようよ」
「言ったろ、お前といると調子が狂うんだ。また明日もここに来い。そうすれば、また話に付き合ってやる」
「本当!?約束よ?」
「ああ」
「それならいいわ。ばいばい!魔物さん」
「・・・・ああ」
そうして足音は遠ざかっていく。
また明日、話に付き合う。そう偽魔物は言った。
少女にとって、それは生まれて初めて他者と対等に交わした約束だった。
村人たちは、少女に優しくはしても、対等であろうとはしてくれなかった。
いつも彼女を見下ろしながら、「大丈夫かい?」「何か手伝うことはあるかな」
心配してくれているのはわかっている。素直にうれしいと思うし、感謝だって少女はしている。
けれど、自分は頼ってばかりで。皆に頼ってはもらえなくて。
だから、『約束』を交わすことができたことが、頼るとは言わないまでも、対等でいてくれる存在ができたことが、彼女はたまらなくうれしいのだ。
―――――――風が吹く。今度の風は、優しくてとても暖かいそよ風。
「あぁ・・・・風が気持ちいい」
西の太陽の自己主張が激しい。空だって、もうじき完全に暗くなる。
少女は帰路についた。
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