第13話 おてんば魔王様の調査(二)
前話:泡のようなものに包まれていた森の村を解放したエリザベートは、村人から歓迎された。
更新が遅くなってごめんなさい。
広場でのにぎやかな宴会が終わると、エリザベートは村長であるゴブリンのおじさん、トトカの家に招かれた。村長の家は集落で一番大きいのだが、それでもオーガが入れるほどではない。そのため、ベルガ将軍は巨大な剣を鞘ごと地面につき、入り口の外で仁王立ちしている。
こじんまりした円形の屋内は中央に囲炉裏が切ってあるのだが、その脇にはトトカと並んで落ちついた雰囲気のゴブリン女性が座り、その反対側にエリザベートが座っている。
少女の両脇にはゴブリンの娘たちが陣取り、これ以上ない笑顔で幼馴染に抱きついていた。
「やっぱりエルザってずいぶん大っきくなったよね。
前は私たちと同じくらいだったのに」
「マロルねえより背が小さかったよね」
小さな友人たちの言葉にエリザベートの顔がほころぶ。
「だって、私は魔族だもん。
ゴブリンに比べたら大きくなるよ、そりゃ」
「えー、大きくなっちゃヤだよ」
「うん、エルザは小さいほうがいい」
村長の妻であるゴブリン女性は、そんな娘たちのことが気になっていた。
彼女は、目の前に座る少女がやんごとない立場であると気づいたのだ。
「マロル、カロル、もう少しお行儀よくなさい。
エルザちゃんが困ってるじゃないの」
「えー、だってエルザだよ。
そんなこと気にしなくていいよ、お母さん」
「そうそう、マロルねえの言うとおり。
ただのエルザなんだから」
「レリーナおばさん、気をつかわないでください。
ほんとに私はただのエルザですから」
そこで、トトカがこの場に似つかわしくない重々しい声で割ってはいった。
「エルザちゃん、外で立っておるのは、オーガの武人かの?」
「武人……(将軍も武人といっていいのかしら)
ええ、まあそんなものです」
「見えない壁が消えたはいいのだが、実はもう一つ問題があるのだ」
「へえ、問題ですか」
「あんたがさっき消してくれた見えない壁が現れたとき、村の近くに黒い穴が見つかっての。
壁と一緒に消えてなくなるかと思ったのだが、先ほど若いもんに見にいかせたところ、まだそのまま残っておった。
その穴がなんなのか調べたいのだよ。
あの武人に頼んでもらえないか?」
「はあ、それは構いませんが。
黒い穴ってなんですか?」
「それはな――」
「穴の向こうには木が生えてるの。
それでね、木の向こうには、でっかい魔獣がたくさんいるんだよ。
目なんかこうぴかーって光ってるの」
トトカの言葉に割りこんだのは、彼の娘だった。
「もしかして、カロルちゃんはその魔獣を見たことがあるの?」
「うん、穴からのぞいたらそんなやつがいっぱい走ってた。
すっごく速くて、ぶおーんて鳴いてた気がする」
「ぶおーんか……。
うーん、なんの魔獣だろう?」
「四手熊くらい大きかったよ」
「四手熊くらい大きいの!
それはかなりのものだね。
でも、目が光る大きな魔獣なんていたかしら」
「なんかね、こんな形をしてたの。
ときどき、すっごく大っきいやつもいたよ」
ゴブリンの少女は、手で四角い形をつくった。
「へえ、どうやら私が知っている魔物じゃなさそうね。
ベルガ将軍なら知っておる《《じゃろうか》》」
「「「じゃろうか?」」」
少女に似つかわしくない語尾が聞こえてきて、ゴブリンの親子が息を合わせてつっこんだ。
だが、エリザベートにとって幸いなことに、「将軍」という言葉に関して聞きとがめられることはなかった。
「あ、いや、彼ならその魔獣について知ってるかなあ……と」
「そうだの、あれほどの武人はめったにおらんよ」
「父さん、なんでそんなことがわかるの?」
「こう見えても、わしはかつて森ゴブリンの戦士としてならしたものよ。
武人の技量は見ただけでわかるのだよ」
「ふ~ん、ホントかなあ」
「怪しいなあ」
トトカ村長は娘たちの前で腕自慢したかったようだが、残念なことに当の娘たちからの信頼は勝ちとれなかったようだ。
うなだれる村長を妻のレリーナが慰めるているのを横目に、エリザベートは入り口に近寄ると顔だけ外に出し、オーガの将軍に小声で命じた。
「ベルガ、集落の近くに黒い穴があるらしいのじゃ。
それを調べてくれ」
「御意」
◇
ベルガが反対したにも関わらず、黒い穴の調査には結局ゴブリンの姉妹だけでなくエリザベートまでもが同行することになった。
カロルとマロルに案内され、村はずれまでやってくると、そこには背の低い常緑樹の茂みがあった。
「村の子どもたちは、ここから先に入ってはダメって言われてるの」
カロルが指さした繁みの奥は、木々がうっそうと茂る森となっており、確かに子どもが入っていくにはちょっと危なそうだった。
そして、少女は繁みに頭を突っこむと、おいでおいでをするようにお尻の後ろで左手を振った。
「ほら、この奥だよ。
ほら見てごらん。
あそこに黒い穴があるでしょ」
カロルに言われるがまま、エリザベートも繁みに顔を入れようとしたが、さすがにそれはベルガに制止された。
オーガの将軍は、エリザベートと体を入れかえるように密に生えた木の葉に上半身を差しこんだ。
「うむ、確かに黒い穴があるな。
いや、穴というより黒い布のようだ」
灌木の向こうでベルガが目にしたのは黒い円形のもので、地面から少しだけ上方にあるそれは、風に吹かれた布のように空中でゆらゆら揺れていた。
「ふうん、ちょっと見たことないものだなあ」
「姫様!」
ベルガがちょっと目を離した隙に、エリザベートが上半身を繁みに突きさしていた。
「どちらかというと、穴というより黒い布切れね。
なんだか空中でぴらぴらしてる。
うーん、見たことないはずなのに、なんだか懐かしい気がする。
なんでだろう?」
オーガの将軍が、エリザベートの肩をつかもうとしたが、少女はその手をすり抜け、無鉄砲にも黒い穴に顔を入れてしまった。
「ああっ!」
将軍が頭を抱えた時には、エリザベートの興奮した声が聞こえてきた。
「この中なんか暗いね。
あっ、カロルちゃんが言った通り、目が光る魔獣が走ってる!
すっごく速いね。
それにへんな形。
箱の上に箱が載ってるみたい。
あんな魔獣、今まで見たことないよ」
将軍は、仕方なく自分も黒い穴に頭を差しいれる。
「こ、これは……ダンジョンでしょうか。
それにしては、中が広いですな。
向こうには、なにやら建物らしきものも見えます。
姫様、いえ、魔王様のおっしゃる通り、すごい勢いで魔獣が走っておりますな」
穴の向こうで、少女とオーガが目を合わせる。
二人は、なんとなく分かっていた。
これは何か大変なことが起きていると。
そして、そんな気持ちに応えるように声が聞こえてきた。
『ひっ、首、首が浮かんでる!』
それはエリザベートたちが知らない言語であったため、彼女らに理解はされなかったが、声がした方を向いたことで、ある出会いを果たすことになる。
読んでくださってありがとう。
ゴブリンの村を解放したエリザベートでしたが、どうやらまだ問題解決とはいかないようです。
(*'▽') 最後出てきたのだれ?
うん、ちょっとだけ待ってね。次話へつづく。




