第10話 異変の始まり――獣人世界(中)
前話:『時空震』の後、獣人世界でも異変が起こっていた。ギルドは、コルナ、ミミ、ポルを現地に送り調査することにした。
ホリートリィの街は、獣人が住む広大な大陸の北西部にある。
犬人の街ケーナイからは、南西に馬車で数日といったところだ。
ミミ、ポル、そしてキューを抱いたコルナは、その道のりをわずか三時間ほどで走りぬけた。
彼らが乗っているのは、シローのアイデアを点ちゃんが具現化した『点ボード』で、スケートボードに似た形をしているが、これにはタイヤが着いていない。乗る者の体重移動で、路面から三十センチほど上を滑るように走る。コルナは点ボードの名手だが、彼女から乗り方を教わったミミとポルもなかなかのものだ。
「うーん、久しぶりに点ボードで走ると最高だねー!」
「うん、気持ちいいね」
「きゅきゅーっ!」
「二人とも、ずいぶんボードが上達したな」
「えへへ、いっぱい練習したんだ」
「それで冒険者としての仕事がおろそかになっていなければいいのだけど」
荒れ地の向こうに見える、土色の家が並ぶ街の姿が大きくなると、三人はボードの速度を駆け足くらいに落とした。
「おい、ありゃもしかして若様じゃねえか?」
「ほんに、ありゃ若様だ!」
「こうしちゃいられないわ、早くみんなに知らせないと!」
畑仕事をしていた獣人たちが、ポルナレフ少年の姿を目にしてそんな会話をしていた。
◇
街の集会所に案内されたポルナレフたちは、いや、正確にはポルナレフ少年は、住民たちから盛大な歓迎を受けていた。
「「「若様、おかえりなさい!」」」
この街ができたとき、ポルはこの地を治める領主のような立場だった。彼はその分けへだてのない人柄から、様々な獣人たちからなる、この街の住民から絶大な尊敬を集めていたのだ。
後任にこの街を任せてから数年たつが、彼に対する住民の気持ちは変わらなかったようだ。
歓迎会が開かれる集会場には、入りきれないほど人が詰めかけていた。
「みなさん、お久しぶりです。
今回は、ギルドから派遣されて調査に来ました。
しばらくこの地に滞在しますので、よろしくお願いします」
ポルは、ゴブリンやオークについて目撃者から聞きとり調査をしたかったのだが、歓迎の集会はそのまま宴会へとなだれこんでしまった。
さすがにコルナはあきれ顔だったが、ミミは大いに楽しんでいた。いや、むしろ住民たちが引くほど騒いでいた。
街の子どもたちはみんなキューに夢中だ。白ふわ魔獣が小さな口で出された食事をもきゅもきゅと食べている姿が彼らの心をわしづかみしたようだ。
◇
ホリートリィの街に到着した翌日、ポルたち三人はキューを連れ、目撃情報を元にゴブリン、オークの調査に向かった。
調査地は街の南東にある小さな森だ。それほど離れていない場所なので、彼らは森まで歩くことにした。
「ぽんぽ~こ、ぽんぽ~こ、ぽんぽこり~ん♪」
爽やかな風に、雲一つない空。ミミは鼻歌まじりでピクニック気分だ。
目的の森が近いので、ポルは油断なく周囲を警戒している。
その後ろを歩くコルナは、丸くなったキューを抱き、見ただけではリラックスした様子だが、索敵魔術を使い周囲を警戒していた。
「あれがそうかな。
森というより林って感じかも」
右手前方に見えてきた木立を見て、鼻歌を止めたミミがそんなことを言った。
確かに様々な木々がバラバラに生えているのを見ると、雑木林といった風情だ。
赤みがかった葉を持つ木が多いことから、地元の獣人たちからは『赤い森』と呼ばれている。
今では砂漠が広がる大陸中央部まで、かつてはこの森が連なっていたと伝えられている。
木立に入る手前で、先頭に立つコルナが急に足を停めた。
「二人とも気をつけるんじゃ!
木立の奥に、いくつか強い気配が――」
ミミとポルもその気配には気づいていた。さすが若くして銀ランク冒険者となっただけはある。
ブンッ
木立から飛びだしたのは、一抱えほども太さがある杭だった。長さも三メートルほどあるそれが二本、猛烈な勢いで三人へ向かってくる。
「はっ!」
掛け声をかけ前へ踏みだしたのは、ミミだった。
彼女の姿が霞むと、極太の杭はコルナとポルを避けるように、少し離れた地面へぐさりと突きささった。
ミミが両足で杭を弾きとばしたのだ。
尖端が一メートルほど地面に埋まっていることから、杭を投げつけた者が信じられないほどの力を持つと想像できた。
『どうなってる?!』
『結界のようなものに防がれたのか?!』
木立の奥から驚きの声が上がるが、ミミとポルには、それが魔獣の唸り声にしか聞こえなかった。
しかし、コルナはそれを言葉としてとらえることができた。
『そうではないぞ、お主たち。
この娘が槍を蹴とばしたのじゃ』
コルナは木立の声に答えると、警戒のため三角耳がピンと立っているミミの頭を撫でた。
『こちらは、争う気などない。
ここには、話をするために来たのじゃ』
『獣人のようだが、どうしてこんなところにいる?
お前は誰だ?』
森の中から発せられた声がコルナに問いかける。
『お主ら、地震の後、この世界に跳ばされたのじゃろ?
そのことで話したい』
『この世界?
意味がわからん!
いったい、お前はなにを言ってるんだ?』
『ここは我ら獣人、そちらが「けものびと」と呼ぶものが住む世界じゃ。
お主たちが住んでいたのは別の世界じゃろう?』
葉擦れの音とともに木立から姿を現したのは、三メートルはありそうな巨人たちだった。
赤っぽい皮膚と唇から上へ突きでた二本の牙、それはまるで日本の昔話に出てくる赤鬼そのものだ。
片方の肩から吊った黒い毛皮が膝の辺りまで覆っているが、それは彼らにとって「服」のようなものなのだろう。
五人ほどいる巨人のうち三人が太い槍を持っていた。
シローがここにいれば、「なんで棍棒じゃないの?」と、彼か点ちゃんが確実につっこんだことだろう。
「げっ、オーガが五体!?」
「オーガ!」
ミミとポルが同時に叫ぶ。
シローからオーガについて耳にしたことがある二人は、顔が青くなった。
「そういえば、シローからそなたたちに渡すようて言われておったんじゃ」
コルナはキューを抱いていない方の手でポーチから指輪を二つ取りだし、それをミミとポルに手渡した。
「従来の『多言語理解の指輪』では、こやつらと言葉が通じんらしいからな」
「へえ、だからコルナさんだけあいつらの言ってることがわかったんですね」
「そうじゃが、ミミ、油断するでない。
まだ、あやつらと話の途中じゃぞ」
「あっ、そうでした!」
『お前たち、何を話している?
ここが俺たちの世界ではないとはどういう意味だ?』
オーガの一人が口をはさむ。明らかにいらついているようだ。
『こんなところで立ち話でもなかろう。
お主らの棲みかへ案内してくれるか?』
コルナの呼びかけに、オーガたちが顔を見合わせる。
彼らはしばらく小声で話しあっていた。
『よし、話だけは聞いてやろう。
とにかくついてこい』
最初にコルナと話した、一番大きなオーガがそう言うと、オーガたちはコルナたち三人を囲むようにして森の中へ入っていく。
『オーガって思ってたほど狂暴じゃないね』
新しい指輪を着けたのを忘れて、ミミがそんな軽口を叩いたが、それを聞きとがめたオーガの一人からまさに鬼の形相でにらまれると、彼女は尻尾をくるりと丸めて自分の口を押えた。
読んでくださってありがとう。
獣人世界にも、オーガが現れたようです。
コルナたち三人は無事任務を達成できるでしょうか。
(*'▽') まかせてー
いや、点ちゃんって獣人世界にいないよね。
次話へつづく。




