第6話 異変の始まり――アリスト王国(後)
前話:シローは、ギルマスのキャロからセンライ地域に現れたゴブリンの調査を頼まれる。
森の中を十五分も歩かないうちに、俺は一つの集落を見つけた。
やった、これで一息つけるなんて思ったら、そこに住んでいたのは、顔が豚に似た二足歩行の魔獣、オークだった。
二メートルはありそうな巨体が、ログハウスっぽい平屋の間を行き来している。
身を隠した灌木の繁みから、ゆっくり慎重に後ろへ下がる。
映画などでは、こういった場面で木の枝を踏んづけて相手に見つかるなんて場面があるが、そんなヘマはしない。
慎重に慎重に後ろへ……あれ? お尻が木にぶつかっちゃったか。
それにしては柔らかいなあ、なんて後ろを振りむくと、そこにオークが立っていた。
豚に似た顔、つぶらな目が興味深げに、こちらを見つめている。
俺の胸ほどの背丈であることから考えると、これはオークの子どもだろうか。
ゴブリンとは違い、上下とも服を着ているから、男性か女性か、ちょっと区別がつかない。
「もがもぐも?」
そいつの言葉は、そんなふうに聞こえた。
多言語理解の指輪が、うまく働いてないな。
「こんにちは、俺、シローって言います」
通じないだろうが、とりあえず挨拶しておく。
「もぐもげもが?」
「ええと、洞窟の外からここへ来ました」
「もげげもが?」
うん、言ってること全く分からないね。
しょうがないから、これでも渡してみるか。
マジックバッグである腰のポーチから、地球世界のアメを取りだす。
白とピンク二色がくるくるした、円盤に棒がついた、例のやつだ。
オークの子どもにその一つを渡すと、俺自身が同じものをペロリとなめて見せる。
相手は丸っこい手でちょこんとアメの棒をつまむと、恐る恐るといった感じでアメをなめる。
うわ、この子の舌、でっかいなあ。人間の三倍はあるぞ。
「もがーっ!」
オークの子は大声で叫ぶと、滝のように涙を流しはじめた。
背後の村落から、がやがやと声が聞こえてくる。
そりゃ、あれだけ大きな声出すと、みんなに聞こえちゃうよね。
せっかく隠れてたのにこれじゃあ意味がないか。
やってきた大人のオーク五人ほどにぐるりと囲まれた俺は、木の棒にとがった石をくくりつけた槍でつつかれながら、集落へと連れていかれた。
◇
集落の中央にある広場に連れこまれた俺は、オークにとり囲まれてしまった。
老若男女合わせて五十体くらいはいるだろう。
その中から、白木の杖を手にした、小柄な老オークが出てくる。
幾重にも首飾りを着けているところを見ると、このオークが集落の長かもしれない。
俺が子オークに渡したアメちゃんは、なぜか広場中央に設けられた祭壇のようなものの上に載せられていた。
老オークが、一人の子オークと言葉を交わしている。
あれは、俺がアメをあげた子だね。
老オークが、祭壇に向かってぶつぶつと祈りのようなものを捧げている。
そして、おもむろに手を伸ばすと、祭壇に置かれたアメを手にした。
「もがもげもーが!」
両手を天につき上げ、そんなことを叫んだ老オークが、アメをペロリとなめる。
いや、そのアメ、子オークにあげたものなんだが……。
「もがーっ!」
やはり、彼もどばーっと涙を流している。
そして、老オークは、俺の前にひざまずくと、何度も地に頭をつけた。
なんだこりゃ!?
「(*'▽') ご主人様を神様だと思ってるみたいですよ」
えっ!? なにそれ?
っていうか、点ちゃん、このダンジョンに適応したんだね。お帰り。
「(*'▽') お爺さんオークの話だと、オークたちの神話に、いつか神様が現れて天上の美味を授けるっていうのがあるみたい」
えっ? あのアメちゃんが、天上の美味ってこと?
日本の駄菓子屋で、百円ほどで買ったやつなんだけど。
ナルとメルのお気に入りなんだよね。
ええと、それより、さっきから俺の周りで平伏してるオークたち、どうすりゃいいの?
「(*'▽')b アメちゃんを配ってはどうでしょう」
えーっ、そんなことしたら、このオークたち、よけいに俺のこと神様だと思わない?
「(*'▽') とりあえずのところ、そのままでいいんじゃないですか。争わないですみますよ」
それもそうか。
腰のポーチから、袋入りのあめ玉を取りだす。
一つ一つ包装紙をはがし、オークたちの手のひらに載せていく。
「神様からの授かりものじゃー!」
おっと、老オークの言葉が分かるぞ。点ちゃんのおかげだな。
「みなの者、そなたらに授けたそれは『天の雫』だ。
口にふくんで溶けるのを待て。
決して噛んではならぬぞ」
俺からの言葉も彼らに分かるかな?
とりあえず、神様っぽく言ってみた。
「「「あっまーい!」」」
アメを口にしたオークたちが涙を流す。
なるほど、さっきまで「もがーっ!」って叫んでたのって、甘いーって言ってたのか。
あれ? 頭を地面に打ちつけ泣いているオークが二人ほどいる。
痛くないのかな? どうしたのアレ?
この集落の長だという老オークから話を聞くと、一人のオークは、アメを噛みくだいてしまったらしい。そして、もう一人は、アメを一息に飲みこんでしまったそうだ。
俺は、可哀そうな二人に追加であめ玉を渡した。
「甘い神様!」
「ならば、甘神様じゃ!
魔王様もきっとお喜びになられるぞ!」
「「「甘神様!」」」
おい、長老、なんでみんなを焚きつけてる!
あと、魔王様、甘神様ってなに?
俺は、子犬や子猫に甘噛みされるのは好きだが、断じて魔王様でも甘神様でもナーイ!
「「「甘神様ー!」」」
こいつら、間違いなくアメちゃんのおかわり狙ってるよね?
◇
ダンジョンから出た俺は、調査報告のためアリストギルドまで戻ってきた。
応接室でキャロと向かいあって座った俺は、センライ地域の異常がダンジョンによるものだと報告したところだ。そのダンジョンが普通のものと違うということも。
「なるほど、そのオークたちによると、森の一部に閉じこめられたってことなのね」
「そうなんだ。
その森には、ゴブリン、オーク、オーガの集落があったそうなんだけど、狩場の多くが結界の外にあったらしく、食べものが不足しているんだって。
そんなとき、出口を見つけたから、どんどんダンジョンから外へ出ちゃったんだね」
「外に出てた魔獣たちは、どうしたの?」
「それぞれの集落に送りかえして、食料を置いてきたよ」
「そう、じゃあ、後はギルドの方で対処するわ」
「キャロは、あいつらをどうするつもり?」
「うーん、とりあえずは様子見かな。
ダンジョンからは出られないようにしてるんだよね」
「ああ、出口は特殊な点シールドで覆っておいたよ」
「そう、ありがとう。
やっぱりシローは頼りになるわね」
「ははは、俺じゃなくて、点ちゃんが頼りになるんだけどね」
「(^▽^)/ 任せてー!」
「点ちゃんも、今回はありがとう。
依頼達成の報酬は期待しておいてね。
だけど、洞窟の入り口は、間違いなくポータルではなかったのね?」
「ああ、間違いない。
ポータルだと、目的地に着くまでに暗い場所を潜るだろう?
あれがなかったんだから」
「(*'▽')b 恐らくですが、異世界の一部だけがこちらの世界へ入りこんだんじゃないでしょうか?」
「問題は、どの世界と結びついたかだよね。
今まで知られている世界と結びついたならいいんだけど、そうじゃないなら厄介だよ」
「あなたのことだから、植物や土壌のサンプルは採集してあるんでしょ?」
「ああ、後で倉庫の方に出しておくよ」
「それから、追加の指名依頼が入ると思うから、しばらくアリストから出ないでね」
「分かったよ。
じゃあ、『くつろぎの家』に帰るから、なにかあったらそっちに連絡してね」
「そうするわ。
シロー、お疲れ様」
「(*'▽')ノシ ばいばーい、キャロちゃん」
手を振るキャロに頭を下げ、ギルドを後にする。
やれやれ、やっと家に帰れるよ。
読んでくださってありがとう。
点ちゃんも異世界のダンジョンに適応したので、もう大丈夫?
いつものうっかりで、シローはオークたちの言葉を聞きちがえています。
次話へつづく。




