第42話 自己紹介と呼びだし
前話:『神薬』を手に入れた国の王が、それを調べようとしたが、かえって薬を失うことになってしまった。
シローたちは、獣人世界からパンゲア世界へと帰ってきた。
アリストにある『くつろぎの家』は、朝からにぎやかだ。
虎人の子どもたちとナル、メルが、庭を走りまわって遊んでいるからだ。
最初はドラバンたち虎人の大人も参加していたのだが、三十分もしないうちに疲れはて、今は芝生の上でへたりこんでいる。
「わーい、こっちだよー!」
「こっちこっちー!」
ナルとメルが楽しげな声を上げる。パステルカラーのワンピースがひるがえり、それはまるで蝶が舞っているかのようだった。
子どもたちは、『鬼ごっこ』をして遊んでいるのだが、虎人の子どもたち十人が鬼となって、ナルとメルの二人を追いかけている。
先ほどまで虎人の子どもたちにさんざん翻弄されていたドラバンたちが、それを驚きの顔で眺めている。
「兄さん、あの二人っていったい何者ですか?」
ドラバンに話しかけたのは、彼の仲間で一番若い虎人の青年だ。
「俺にもわからん。
二人ともシロー殿とルル殿の娘さんだということだが……」
「あ~あ、俺っち、すっかり自信なくしちゃったなあ。
魔術ならともかく、純粋な身体能力で人族なんかに負けるなんて」
「それなんだがな。
コウバン叔父は、あの娘たちは特別だと言っていたぞ」
「特別?
長がそんなことを言うなんて、いったいどういうことなんです?」
「だから、俺にもよくわからんと言っただろうが。
とにかく、あの二人がただ者じゃねえことだけは確かだな」
ドラバンは、つい先頃、聖女広場で二人にはね飛ばされ大けがを負ったことを思いだし、顔をしかめた。
「藪をつついてドラゴンを出す、なんて言いますから。
あまり詮索しない方がいいかもしれませんね。
それより、英雄殿が俺たちの家を用意してくれたってホントですかね?」
「馬鹿野郎!
あのお方をその名で呼ぶな!
また『ハリセン』でぶっ飛ばされるぞ!
だがな、家のことはホントらしいぞ。
ここから近い屋敷を買ってくれたらしい。
費用も全部シロー殿が払ってくれたそうだ」
「えーっ!?
俺たちってあの人の命まで狙ってましたよね。
そのこと知ってるんですかね?」
「ああ、全部知ってるそうだぞ」
「……」
「理解できんだろ?
まあ、シロー殿の器は、俺たちごときにゃ測れんってことだな」
「(*'▽') う~ん、ご主人様、適当にやってるだけだと思うよ」
どこからか聞こえてきた声に、ドラバンと虎人の青年が辺りを見まわす。
「おい、今、なんか声が聞こえなかったか?」
「ええ、確かに聞こえましたよ」
「(^▽^)/ 点ちゃんですよー!」
「やっぱり聞こえた!
なんか『テンチャン』って言ってる?」
「ああ、確かにそう聞こえたな」
「(*'▽') 点ちゃんは、ご主人様の魔法です」
「やっぱり聞こえた!
ええと、姿が見えないけど、君は英……シロー殿のなにかなの?」
「(*'▽') 魔法ですね」
「ま、魔術がしゃべってる?
どういうこと?」
「(*'▽') だから、点ちゃんは魔術じゃなくて魔法ですよ」
「なるほど、テン殿はシロー殿の従魔かな?」
「(;^ω^) 従魔じゃないよ、友達だよ」
「ふむ、友達か。
シロー殿は、つくづく計りしれぬ男だな」
「(;^ω^) のんびり屋ってだけだと思うけど」
「とにかく、吾輩はドラバンと申す。
これからよろしく頼むぞ、点殿」
「(^▽^)/ はーい、よろしくね、ドラバンちゃん」
「ち、ちゃん?」
かつてなら背筋の毛を逆立てて怒るところだが、ドラバンは戸惑いながらも、そう呼ばれることを受けいれた。
「(*'▽') あれ? 神樹ちゃんからの連絡かあ。また後でね、ドラバンちゃん」
「ま、待たれよ、テン殿。
シンジュ様とは、もしやあの神樹様のことかな?」
「(*'▽') うん、そうだよー。家の周りに並んでるでしょ」
「ま、まさか……あの周囲にある大木が全て神樹様などということは……」
「(*'▽') そう、あれ全部神樹ちゃんだよー」
「……」
「(^▽^)ノシ じゃあ、またねー!」
点ちゃんの声が消えても、ドラバンと虎人の青年は動けなかった。
人格があり話をするスキル、神樹に囲まれた家、それは彼らの想像を超えていた。
「ドラバン兄さん、俺たち、やっぱなんか間違ってたんすかね」
「ああ、それだけは確かだな」
虎人二人は、広い庭で繰りひろげられる、神速の鬼ごっこをただ黙って眺めていた。
◇
今日は、久しぶりで点ちゃんに起された。
「(^▽^)/ ご主人様ー!」
「お早う、点ちゃん。
今日も元気だね。
ナルとメルはどうしてる?」
「(^▽^) 虎人の子どもたちと鬼ごっこしてるよ」
「ああ、だから庭が騒がしいんだね」
「(*'▽') 最初はドラバンちゃんも参加してたけど、コテンパンにやられてた」
「ははは、コテンパンか。
久しぶりに聞いたな、その言葉」
「(*'▽') それより、神樹ちゃんが伝えたいことがあるんだって」
「え、神樹様が?
それじゃあ、すぐ行くからって伝えといてくれる?」
「く(*'▽') 了解!」
◇
ウチの庭には、神樹様が二十柱以上いらっしゃる。
俺はそのうちの一柱、光る神樹様の傍らに立った。
この神樹様は最も早くウチに来てくれた方で、初めは庭の中央にいらっしゃったのだが、今では庭を挟んで母屋の反対側に移させていただいている。
点ちゃんに頼んで構築した、念話の回路を通して神樹様に話しかけた。
『神樹様、お呼びとのことで参上しました』
『シロー、君のことは毎日見てるから、堅苦しくしなくていいよ』
『そうもまいりません。
ところで、今日はなんのご用でしょう』
『うん、お母様が君に話があるそうなんだ』
『神聖神樹様が、俺にですか?』
『そうなんだ。
君なら私を通して話もできるんだけど、エルファリアまで来てほしいそうだ』
『そうですか。
では、急いであちらの世界へ向かいます』
『帰ってきたばかりで悪いけど、お願いするね』
『いいえ、とんでもないです』
『ああ、そうだ。君一人で来てほしいそうだよ』
聖樹様から直接お話があるということで、なにか大事なことかもしれない。そうは思っていたが、これがあれほどの大事件に繋がるなど、この時の俺は露ほども考えていなかった。
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ポータルズ第17章『神薬編』終了、第18章『ダンジョン群発編』に続く。
読んでくださってありがとう。
今編は、やや短くなりました。スランプの影響かな。
最近、やっとのことでその状態から脱しました。
さて、次編ですが、以前から構想を練っていた「ポータルズ」ならではのお話になる予定です。
神聖神樹からシローへの話とは?
ご期待ください。
次話へつづく。




