第34話 落日と帰還(後)
前話:シロー一行は、虎人の街タイゴンを訪れた。
タイゴンが大洋に面するこの海域は、一年中強い東風が吹く。
街の東側にそびえる岩山が海につき出しているため、風が街まで来ることは少ないが、沖で生まれた大きな波が、まっ白な海岸線に絶えることなくうち寄せている。
「おー、次の波が来るよー!」
「今度は、私の番だから!」
最高に盛りあがっているのは、波乗りで遊んでいる子どもたちだ。
人数は二十人あまり。
そこには、ナルとメルの二人と、ブレイバス帝国出身の虎人の子どもたち、そして、タイゴンに住んでいる虎人の子どもたちがいた。
最初はシローが連れてきた子どもたちだけで遊んでいたのだが、いつの間にか地元の子どもたちが混ざったのだ。
「こんどの波はでっかいぞー!」
「うわー、来たぞう!」
「次はボクの番だよー!」
シローから一人一枚ずつ手渡された点ちゃんボードが、海の上に並んでいる。
色とりどりのボードは、それを見ているだけでも楽しかった。
「うおー、波の洞窟だあ!」
「かっこいー!」
「うわーい!」
子どもたちの歓声が、浜辺まで響いてくる。
その浜辺には、そら豆型の大きな青いプールがあった。
「いやあ、海辺の温泉は最高だなあ~」
だらけきった声は、ヤシ柄のバミューダパンツでプールにつかるシローだ。
どうやら、温泉水が出るアーティファクトを使ったらしい。
白猫ブラン、黒猫ノワール、猪っ子コリン、白ふわキューの魔獣組も、プールの一隅にもうけられた浅瀬で楽しんでいる。
「もう、お兄ちゃんってば、ホント温泉好きなんだから」
昨日の威厳ある態度から一転、普段の調子に戻ったコルナは、コバルトブルーのビキニでくつろいでいた。
サングラスをかけた彼女は、プールに浮かべたボードの上であおむけに寝そべっている。
海風にプールの水面が波打ち、宙に浮かべたボードがそれに合わせてゆらゆら揺れる。それが心地よいらしい。
「潮風を感じられる温泉っていいわね」
そう言うコリーダは、豊かな姿態を強調する黒いビキニで、温泉プールを楽しんでいる。
彼女はお気に入りのスポンジクッションをプールの縁に置き、そこへ頭を載せている。
「それより、あの子たち大丈夫かしら」
コリーダが心配しているのは、この場所から子どもたちが乗っている大きな波が見えているからだ。
「大丈夫みたいよ。
点ちゃんが、子どもたちみんなに点を着けてくれたんだって。
なにかあっても体が宙に浮くそうよ」
両手に飲みもののグラスを持ち、ルルがプールサイドに立っていた。
白いワンピース水着が目に眩しい。
「点ちゃん、いつもありがとうね」
「(^▽^)/ はーい! みんな安心、点ちゃんですよー!」
「子どもたちになにかあったらよろしくね」
「(^▽^) ういういー!」
シローと感覚を共有している点ちゃんも、なんだかくつろいでいるようだ。
午前中を海辺で過ごした彼らは、虎人の族長コウバンから昼食に招待されている。
◇
虎人族の家屋にしては大型の、かといって体育館ほどの広さはない円柱型の集会所では、入り口から右手にシローとその家族、彼が連れてきた虎人の子どもたちが座り、それと向かいあうようにコウバンをはじめこの街の重鎮が腰を下ろしている。
食事会は、最初こそ子たちが騒いでいたが、そんな彼らも今では静かなものだ。というのも、子どもたちにとって虎人族の食事は、どうも微妙らしい。
それがしきたりなのか、肉や魚を生焼けにした料理が多いのだ。
みんな少し口をつけただけで、料理を残している。
向かいに座る年配の虎人族が、そんな子どもたちに苦々しげな視線をおくっている。
そんなかれらが一言もしゃべらないのは、不機嫌なだけでなく食事の場での習慣らしい。
やけに静かな食事が終ると、族長のコウバンが口を開いた。
「シロー殿、ワシらで決めたことをお伝えしますじゃ。
その子らは、このダイゴンで引きとってもかまいませぬ。
なんといっても、虎人王のご子孫でございますからな。
それぞれ里親を決めることとなっておりまする」
「そうなると、みなが離ればなれになるということですね」
シローの口調に咎める色はなかったが、コウバンはそう思わなかったらしい。
「ま、待ってくだされ。
一つの家族でこれだけの子どもを引きとることは、無理なのですじゃ。
ワシらとしても、仕方なくそう決めたのです」
「いえ、こちらに不満があるわけではありません。
ただ、それを受けいれるかどうかは、子どもたちに決めてもらいます」
シローは、家族と虎人の子どもたちをうながすと集会場を後にした。
そして、宿泊所に戻ると、さっそく話しあいを持った。
「みんな、この街にずっと住みたいかい?
シローから尋ねられた子どもたちの表情は微妙なものだった。
「波乗りは楽しいけど……」
「海は好きだけど……」
「食べものが……」
「みんなと一緒がいいかも……」
それを聞いたナルが、きっぱりした口調で言った。
「みんなここに住みたくないって」
シロー、ルル、コルナ、コリーダが顔を見あわせた。
「じゃ、ちょっと早いけれど、ケーナイの街へ向かおうか」
シローが言うと、すぐにみんなが頷いた。
こうして、一行は予定より早くタイゴンの街を出発することになった。
◇
東からケーナイの街へ続く街道。そこを一人の男が足早に歩いていた。目深にかぶったフードで顔は見えないが、大柄ながっしりした体形であることは、ほこりで白くなった茶色のローブごしでも明らかだった。
腰の辺りでローブを突きあげているのは、剣の柄だろう。
「おのれ、シローめ……この恨み……見ていろ……」
なにかつぶやきながら道の中央を歩く男の姿に異様なものを感じるのか、大きな荷を背負った行商人が道の端へ避けた。
折しも吹いた強い風に、男のフードがなびき、一瞬だけその中身をさらした。
やせこけた顔に、ぎらついた大きな目、乾いた唇からは牙が突きだしていた。
「げっ、と、虎人!」
悲鳴をあげ、腰を抜かした行商人が振りむくと、街道に舞う砂煙の中、男の姿は幻のように消えていた。
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次話へつづく。




