第36話 少女とドラゴン
ドラゴン、シローならなんとかできそうですが……。
今にも襲いかからんばかりの黒竜に向け、少女の鋭い声が飛ぶ。
「クロちゃん、みんな私の友達だよ!
仲良くして!」
黒竜は、やけに人間臭く首をかしげた。
『お前の仲間か?』
「うん、これ、私の兄さん。
それから、こっちはアテナ。
みんな私の友達だよ。
あれ?
あの人は知らないな」
少女の指が俺を指す。
黒い巨竜の目が、ギョロリとこちらへ向けられた。
ええー! ここは、もう一人くらい「友達」でいいじゃん!
『では、こいつは喰ってもいいのだな』
「えー?
どうなんだろう?」
少女よ! そこは完全に否定しろよ!
しょうがないなあ。
「俺はシロー。
その少女に聞きたいことがあるんだ。
話をさせてくれないか?」
『おい、小娘、話をするか?』
「知らない人と話すのはイヤ!」
おいおい、それじゃよけいこじれるだろう。
『では、やはりワシが喰ってもいいのだな?』
「はあ、めんどくさいけどしょうがないか。
喰えるものなら、喰ってみろ」
俺の言葉を聞いた黒竜は、巨大な口を大きく開け、俺をひとのみにしようとした。
ポン!
そんな音がすると、巨大な黒竜の姿が消える。
「ク、クロちゃん!
あなた、私のクロちゃんに何したの!?」
兄から離れた少女が、眉を吊りあげ俺に詰めよる。
「足元を見てごらん」
「足元?
えっ!?
これ、クロちゃん!?」
少女の横、ラムネ色をした氷の床には、三十センチほどの小さな黒いドラゴンがいた。
それが首をぴこぴこ動かしている。
その口からは、ライターくらいの火が、ぽっぽっと出ている。
『な、な、なんだ、これは!』
「いや、あんたが襲ってきたから、小さくなってもらったんだけど?」
『意味が分からん!
いったい何をしたのだ!?』
「だから言ったでしょ。
小さくなってもらったって。
頭の悪いドラゴンだねえ」
『……』
白猫が俺の肩からぴょんと跳びおりると、小さくなったドラゴンへ近づいていく。
彼女はドラゴンの頭に右の前足を載せると、まるで頭を撫でるような仕草をした。
それを見た少女が小さなドラゴンをさっと抱きあげると、白猫から守るようにこちらへ背中を向けた。
うーん、ブランちゃんは、ドラゴンをイジメてたんじゃなくて、慰めてたんだと思うんだけどなあ?
◇
「あっまーい!
こんなに美味しいお菓子、食べたことない!」
膝に黒竜を載せた少女ディーテがほっぺたにつけたクリームを、兄のエルメが拭いている。
エルメたち五人とディーテは、俺が点収納から出した椅子に座っている。
テーブルには地球から持ってきたケーキが並んでいる。
「なんだろう、この椅子、すごく気持ちいいね」
「それより、このお茶だよ。
この香り、味、最高だね!」
「私は、やっぱりお菓子ね。
もう芸術作品かってくらい綺麗!
なんでこんなに美味しいんだろう!」
みんな盛りあがってるねえって、今はそれどころじゃないんだよ!
「ええと、ディーテ、そろそろ俺の話を聞いてもらえるかな?」
「うん、いいよ!
なあに、お菓子のお兄さん?」
こいつ、俺の顔がケーキに見えてるんじゃなかろうな?
「改めて自己紹介するけど、俺はシロー。
ある理由から、『天女』のことについて調べている」
「「「えっ?!」」」
エルメたちが驚いてるけど、ちょっとその顔、驚きすぎじゃない?
「えーっ!
私、『天女』の事、話したくない!」
ディーテは、頬を膨らませている。
「教えてくれたら、すっごく甘い『チョコレート』ってお菓子もあげようかな~」
「お兄さん、なんでも聞いて!」
この子、ある意味、面白いね。
「ええと、じゃあ、なんで『天女』に選ばれたのに、逃げちゃったの?」
「ええっとね、なんか危いの」
「なにが?」
「『天女』はね、食べられちゃうんだよ」
「どういうこと?」
「私もよく分かんない。
でも、食べられたくないから逃げた」
うーん、分かるような分からないような。
こりゃ、仕方ないな。
『ブランちゃん、頼むよ!』
念話を受けたブランが俺の膝からテーブルに跳びあがると、そのまま少女の肩にふわっ着地した。
「わっ!」
驚いた少女が声を上げる。
彼女の膝に乗った小さなドラゴンが、ブランの足をくわえようとした。
ぺいっと蹴ったブランの後ろ足が、ドラゴンの鼻に命中する。
よほど痛かったのか、ドラゴンは翼で鼻を押さえ、少女の膝にうずくまってしまった。
ぷにぷに
ブランが、前足で少女の額に触れる。
それが終わると、彼女はすぐ俺の膝へと戻ってきた。
ぷにぷに
ブランが前足を伸ばし、俺の額に触れる。
頭の中に、風景が浮かんできた。
◇
小さな揺れる部屋は、恐らく馬にひかれた客車だろう。
豪華な内装は、明らかに上級貴族用のものらしかった。
同乗者は、茶色のローブを着た二人の中年女性だった。
車窓からは荒野が見えている。その向こうに雪を頂いた山脈がそびえ立っていた。
単調な揺れがやがて彼女を眠りに就かせる。
視界が暗くなった。
眠りから覚めかけた耳に、女性の声が聞こえてきた。
「でも、残酷よね。
こんな年の子を食べちゃうなんて」
「しっ、声が大きいわよ!
この子に聞かれたらどうするの」
「もし若返れるなら、私も同じことしちゃうかも」
「こら!
それだけで不敬罪になるわよ!
でもそうね。
若返れるなら、私もそうかな」
眠ったふりをしている少女の怯えが伝わってきた。
場面が暗転すると、揺れが停まった車内に女性たちの姿はなかった。
窓の外が暗くなっているから、野営の準備でもしているのかもしれない。
少女は、ドレスの内ポケットに手を突っこむ。抜きだした手には、穀物の粒が幾つか載っていた。
彼女はそれを窓の鍵穴に詰めた。
一瞬、少女のさらに古い記憶が現れたが、そこでは小さな彼女がフェンらしき獣人の少女と一緒に、屋敷の裏口にある鍵穴に穀物を詰め、そのことでカギを壊してしまいこっぴどく叱られていた。
おそらく、幼い頃のいたずらを思いだしているのだろう。
映像は再び客車へと戻った。
ベンチに敷かれたマットに横たわり、寝たふりをした彼女は、客車に戻ってきた女性が窓を閉め、それにカギをかけると客車から出ていくのまで薄目を開けてじっとしていた。
鍵穴に入れた穀物で窓のカギが壊れてくれるだろうか。
耳を澄ませた少女は、窓枠に添えた手にゆっくり力をこめた。
窓は拍子抜けするほど軽く開き、夕方の冷たい風が吹きこんできた。
カギはうまく壊れていたようだ。
靴を脱ぎ、それを懐に入れた彼女は、足から先に窓枠からぶらさがるようにして地面へ降りた。
客車の後ろから、女性たちの話し声が聞こえてくる。
荒れ地の草に隠れるように姿勢を低くし、裸足のまま少し歩いてから立ちどまって靴を履く。
そして、細い足を必死に動かし、馬車から遠ざかった。
広がる荒れ地の前方には山脈が横たわっていおり、月明かりにその稜線が白く輝いていた。
◇
「お兄さん、お菓子のお兄さん、どうしたの?」
耳元で聞こえたディーテの声で、彼女の記憶世界から現実へ戻ってくる。
少女は、とても心配そうに俺の顔をのぞきこんでいた。よほど心配させたようだ。
「あー、なんでもないよ。
心配かけちゃったね」
「急に動かなくなるんだもん。
ねえねえ、美味しいお菓子もっとくれるんでしょ?」
「ああ、約束したからね。
ほら、これだよ」
高級チョコレートの箱をテーブルに置き、蓋を開けて中を見せてやる。
「うわー!
宝石箱みたい!
これ、食べられるの?」
「ああ、好きなものを食べるといいよ。
下に敷いてある紙は食べられないから注意して」
箱の上をさまよった少女の手が、一粒のチョコレートをつまみあげる。
「これにする!
でも、これ本当に食べていいの?
食べるのがもったいないよ」
少女は、バラの形をしたチョコをうっとりした顔で見ている。
「ああ、心配なら少しだけかじってごらん」
「こう?
……あっまーい!
すごく美味しい!
これ、好き!」
とろけるような表情でもぐもぐ口を動かしていた少女は、食べおわらないうちに菓子箱に手を伸ばした。
「これ、一日に一粒ずつゆっくり食べると一番美味しいんだよ」
「えっ!?
そうなの?
じゃあ、そうする!
これ、もらっていい?」
いや、上目づかいにこちらを見なくても、それ上げるから。
「うん、他の人には、別のもの渡すから、自分だけのものにするといいよ」
「やったー!」
ドテ
あ、この子、万歳ちゃったから抱えていたドラゴンがころげ落ちてるし。
『おい、ひどいな!
我よりお菓子を選ぶとは!』
しょんぼりしたミニドラゴンは、みんなの哀れをさそった。
読んでくださってありがとう。
『(*'▽') ご主人様は、古代竜にあやまれー!』
シロー「でも、俺、活躍したでしょ?」
『(・ω・)ノ ……ドラゴンを小さくしただけ』
シロー「そ、そんな~……」
明日へつづく。




