第35話 山にすむもの(下)
妹の行方を捜すエルメ。
そのエルメを追う帝国の情報部。
エルメ率いる捜索隊は、村の子供から聞いた場所を目指し、腰ほど積もった雪をかき分けながら斜面を歩いていた。
雪中での行動が、全員の体力をじわじわと奪っていく。
最も体力がない青年が遅れがちになっていたが、その彼が叫び声を上げた。
「大変だ!
誰かが追ってきてる!」
エルメが振りかえると、まだかなり距離はあるものの、十人ほどの人影が確認できた。
「これはまずいね」
山肌は一面雪で覆われている。どちらに逃げようと足跡が残る。
「若様、とにかく先を急ぎましょう」
白い息を吐きながら、アテナがそう提案した。
「そうですね。
いずれにしても、ディーテを見つけなけらば話にならないわけだからね。
みなさん、頑張ってください!」
捜索隊は疲れた体にむち打ち、目的地である山の中腹へ向け、歩く速度を上げた。
◇
「いました!
隊長、目標を確認しました!」
先頭を歩いていた隊員が引きかえしてくれると、そうベスタに報告した。
どうやら、逃げた『天女』に接触しようとする者を始末するという任務は果たせそうだな。
そいつらには、この先に逃げ場などないのだから。
「よし、絶対に逃がすなよ!
歩調はそのままでいい!
第二班は南からまわりこめ!
確実に仕留めるぞ!」
とんだウサギ狩りだが、このことを手土産にすれば、情報部での出世は間違いないだろう。
逃げた『天女』と接触した可能性があるというだけで、自分たちの小隊全員が暗殺の対象となっていることなど、今のベスタには知るよしもなかった。
◇
「足跡だ!
見つけたぞ!」
雪の上に続く小さな足跡を見つけたのは、エルメ自身だった。
村の少年から聞きだした『雪ん子』の情報を頼りにここまで来たが、妹が生きている可能性がぐっと増した。
「わ、若様!」
アテナが、分厚い手袋で彼の腕を強く握る。
エルメが振りかえると、二組に分かれた追っ手が、顔の分かる距離まで近づいていた。
服装から見て彼らは帝国軍人に違いない。
疲れきったエルメたち五人に、それを振りきる余裕などなかった。
「くそう!
せっかく、あの子の、手がかりを、見つけたかも、しれないのに!」
荒い息で洩らした若者の言葉に、追跡者の乾いた笑いが返ってきた。
「アハハハ!
お前ら、いったいどこへ行くつもりだった?
まさか、逃げた『天女』を追っていたのではあるまいな?」
「……」
「お前ら、どこの者だ?」
「……」
「ふん、答えなくともよい。
どうせお前らはここで死ぬのだからな。
構え!」
ベスタ隊長のかけ声で、彼の部下が腰の鞘から小型魔法杖を一斉に抜きはなった。
呪文が詠唱され、ワンドの先がエルメたち五人を狙う。
「撃て!」
その号令で、情報部員それぞれが得意な攻撃魔術を放った。いや、放とうとした。
この至近距離から魔術をくらえば、一瞬で命が刈りとられるだろう。
目を閉じたエルメの顔が穏やかなのは、それでも最後まで妹の無事を祈っていたからだ。
「な、なんだ!?」
「俺のワンドが?」
「どこにいった?」
魔術を唱えそこねたベスタの部下が、口々に声を上げる。
彼らが手にしたワンドが、いきなり消えてしまったのだ。
「あんたら、いきなり殺そうとするってどうよ?」
背後からそんな声が聞こえて、ベスタが振りかえる。
そこには、雪の上で板のようなものに立つ青年の姿があった。
頭に茶色の布を巻き、黄色い上下を着た彼の姿は、現実とは思えなかった。
厳寒の地にしては、あまりにも薄着なのだ。
緊張感をぶち壊す姿だった。
その肩にちょこんと乗った、見慣れぬ白い小さな魔獣など、あくびをしながらその顔を前足でこすっている。
「お、お前はなんだ!?」
ベスタの疑問は当然のことだろう。
青年が乗っている板切れのようなものは、雪の上に浮いているように見えた。
「俺?
シローだけど」
「何者だ!?」
「説明するのが面倒だな。
あんたたち、しばらく狭いところでがまんしてもらうよ」
そんな言葉と同時に、青年が右手の指を鳴らす。ベスタとその部下は、一瞬にして姿を消した。
「お前……シローか?
なぜこんなところに?」
つい数日前彼と酒をくみかわしたアテナが、信じられないという顔で、そう尋ねた。
「ああ、説明は後で。
アテナさん、すごく疲れた顔してますよ。
さあ、みなさん、どうぞこれに乗ってください」
青年が再び指を鳴らすと、アテナの前に板のようなものがあらわれた。
顔を見合わせている五人に、声がかけられる。
「これ、『ボード』っていう乗り物なんです。
さあ、早く乗って」
まずアテナが、そしてエルメがボードに腰を下ろす。
五人が乗ると、先行する青年のボードを追って、それが雪の上を滑るように動きだした。
「みなさん、よくご無事でしたね。
ここの氷河には、雪に隠れた亀裂がたくさんありますから、下手したらそれに落ちてましたよ」
エルメたちは、移動中そんな青年の言葉をぼんやり聞いていたが、ボードが谷の奥にある雪洞へ入っていくと、思わず声をあげた。
「「「おお!」」」
そこには、万年雪が形づくる幻想的な光景が広がっていた。
大空間にどこからか光がさしこみ、複雑に湾曲した氷の壁が薄青く光っている。
白い湯気のようなものが床を流れていた。
その煙が払われると、白い毛皮に身を包んだ少女が現れる。
「えっ?
エルメ兄さん?」
少女の声は、驚きでかすれていた。
「ディーテ!
生きていたんだな!」
ボードから飛びおりたエルメが少女に駆けよる。
二人は強く抱きあった。
そんな二人を見守るシローとアテナたちは、少女に続いて現れたものを見上げることになる。
『小さき者よ。
我のなわばりを侵しおったな』
不満そうな念話を伝えてきたのは、巨大な黒いドラゴンだった。
読んでくださってありがとう。
シローは、エルメたちの危機になんとか間にあったようです。
でも、ドラゴンが彼を敵とみなしてるようですね。
明日へつづく。




