第20話 逆転
絶体絶命の史郎は、窮地を逃れることができるのか。
虎人は、それぞれが懐から黒い筒を取りだし、筒の先をこちらに向けると地面に置いた。ローブを羽織り、顔を隠した小柄な虎人が呪文を唱える。点ちゃんがいない今、俺に魔道具の炎を防ぐ術はない。
死を前にして、俺は自分が思ったより冷静なことに驚いていた。
最後の瞬間まで諦めない。
畑山さんとの約束、ルルとの約束が脳裏をよぎる。
しかし、何本もの黒い筒の先から吹きだした炎の大波が、情け容赦なく俺に押しよせた。
◇
アンデは先頭に立ち村人を森へ逃すと、集落にとって返し、虎人と戦っていた。
なぜか最初襲ってきたときより数が減った虎人は、次第にギルドメンバーによって倒され、拘束されていく。
「聖女様はっ!?」
叫ぶようなアンデの声に、隊員の一人が山の方を指さす。
「聖女様は、あちらへ逃げました。
シローと一緒です」
「よし!
お前ら、ついてこい!」
アンデは、聖女とシローの救出へと急いだ。
山道の行きどまりは崖となっており、今しもその崖の下を、青白い炎の波が荒れくるっていた。
数人の虎人が炎を取りかこんでいる。
聖女とシローがあの中なら、すでに灰となっているだろう。
アンデたちが虎人のところにたどり着く頃には、炎を出しつくした魔道具が立てる、シューシューという音がしていた。
魔道具が向いている方に人影はない。骨も残さず燃えつきたのだろう。
「貴様ら!」
膨れあがった怒りで、アンデが虎人に襲いかかろうとした瞬間。その声が、聞こえてきた。
◇
時は少し戻る。
何本もの焼殺の魔道具から、一斉に炎が向かってきたとき、さすがの俺も死を覚悟した。
ところが、炎は目の前でぴたっと止まっている。なにより、近くに炎があるのに熱くもない。
『(^▽^)/ ご主人様ーっ!』
点ちゃん!!
『(;ω;) やっと会えたーっ』
点ちゃん……いったい、どこ行ってたの!
『↑(・ω・) レベルが上がって、適応するのに時間が掛かってたみたいです』
点ちゃんは、無事なんだね。
『(^ω^) 超元気ですよー』
確かに、超ぴょんチカしてるな。
なんで、そんなことになったの?
『(・ω・) よく分かりません。
私が生まれたのとは違う世界で、レベルが上がったからなのか。
もしかすると、レベル11になったからかもしれません』
えっ!?
レベルの上限は、10じゃないの?
『Lv11(・ω・) 普通の魔術なら、そうなんですが。
私には、当てはまらなかったようです』
点ちゃんシールドにぶつかる、炎の勢いが弱くなってきた。
とにかく、詳しいことは後で聞かせてね。
今は、こいつらをやっつけちゃおう。
『(^▽^) キュン、ジュバッて消しちゃいますか』
いや。こいつらは、動けなくするだけでいいよ。
『(^▽^)/ 了解でーす』
俺は、岩の影から外に出た。
◇
「ふう~、なんとかなったな」
大岩の影から出てきたのは、史郎だった。
「な、なんでだ!?」
虎人のリーダーが叫ぶ。
史郎が出てきた大岩の裏側も含め、そのあたり一帯は燃やしつくしたはずだ。
スライム一匹、生きているはずはない。
無事な史郎の姿を目にしたアンデたちがあっけにとられている。
虎人は抜け目なく、その隙を突こうとした。
「やっちまえ!」
虎人のリーダーが叫ぶ。
虎人たちは、大剣をさっと抜くと、それをアンデに叩きつけようとした。
「うっ!
な、なんだ?」
ところが、虎人たちの体はピタッと動きを止めた。
背後の岩場から、足音が近づいてくる。
その場にいた虎人、全ての顔が蒼白になった。
「さて、いろいろ聞かせてもらおうか」
史郎の声を聞いた虎人たちは、恐怖で全身を震わせている。
「い、いったい、何が!?」
次の瞬間、全ての虎人の体から力が抜け、ぐにゃりと地面に崩れおちた。
「あ、足が動かねえ!」
「手が、手が……」
「どうなってるんだこりゃ!?」
足元に倒れている虎人の頭を史郎が思いきり蹴とばすと、意識を失ったようだ。
「ど、どういうことだ?」
アンデは驚きのあまり、史郎の無事を確認する言葉を掛ける前にそう言った。
「企業秘密。
それより、舞子、あ、いや、聖女がヤツらに連れさられた。
方角はあっちだ。
すぐに、捜索隊を出してくれ」
「分かった。
こいつらは、尋問用に生かしておいたんだな?」
「ああ。
口裏を合わせられないように、一人一人尋問しろよ」
「当然だ。
お前は、どうする?」
「まずは、こうかな」
史郎は、ローブで顔を隠した小柄な敵に近づくと、そのフードを引きはがした。
その下から出てきたのは、眼鏡をかけた若い男の顔だった。
「人族かっ!!」
アンデが驚くのも無理はない。プライドが高い虎人は、普通なら絶対に人族となど一緒に行動しないからだ。
◇
アンデは集落へ連絡役を送り、他のギルドメンバーに崖下まで来てもらった。
冒険者が二人で一人ずつ、虎人を集落まで運びおろす。一人だけ混ざっていた人族は、アンデが担いで運んだ。
とりあえず、全員を牢屋に入れておく。
槍が腹部に刺さったコウモリ男は、村長の家に運びこまれた。舞子の治療が、死期を遅らせてはいるけれど、彼の命は長くないだろう。
俺は、横になったヤツの側に座った。
「うう、聖女様……」
こいつは、死の間際に舞子の心配をしている。これが本当に、あのコウモリ男か?
しかし、舞子がいない今、致命傷を治すことはできない。この傷では時間の問題だろう。
「せ、聖女様……」
コウモリ男の声が次第に小さくなる。
『(・ω・)ノ ご主人様ー』
点ちゃん、何だい?
『(・ω・) この人、助けたいのー?』
え? ま、助かるなら助けたいけどね……。
『(^▽^)/ できますよー』
お、来たね、「できますよー」
でも、さすがに今回は無理でしょ。
『(^▽^)/ できますよー』
え? どうやって?
『(・ω・)~* こうやります』
点ちゃんが、二つに分かれると、一つの点がコウモリ男の腹部、傷があるところへ向かっていった。
傷から体内に入ると、そこが、ぼんやりと光りはじめた。
あれ? あれは、治癒魔術の光。
コウモリ男の表情が、柔らかくなる。
光は、しばらくすると消えた。
『(^▽^) もう、大丈夫ですよー』
えっ? 何が起こったの?
俺は、なぜ点ちゃんが治癒魔術を使えるのか、それが理解できなかった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
主人公、本当に危なかった。
間一髪で、点ちゃんが助けてくれました。
作者も、点ちゃんが帰って来てくれてホッとしています。
お帰り、点ちゃん。
ただいまー(*´∀`*)えへへ
ー ポータルズ・トリビア - 点ちゃんが持つ知識
ポータルズ世界には、世界の統一知識であるアカシックレコードというものがあります。
点ちゃんは、このレコードの一部にアクセスできます。
だから、史郎とおしゃべりできたりもします。
しかし、地球独特の言いまわしについては、情報が無いようです。




