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ポータルズ ー 最弱魔法を育てよう -  作者: 空知音(旧 孤雲)
第13シーズン 招き猫と冒険者
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第91話 ハンナ

 反乱軍への潜入エピソード後半です。

 視点は、シローが変身している貴族の従者ハンナからのものです。


 雑貨商の次女として生まれた私ハンナは、十才になると男爵家へ奉公に出されました。

 仕事は辛かったけれど、きちんと食事ができ、ベッドに寝られます。私はそれだけで幸せでした。

 それに男爵家の長男ケロベス様は、平民である私にいつも優しくしてくださいました。

 

 昨年、お父上である男爵様が、クーデター未遂の罪で投獄されると、いつも快活だったケロベス様が、もの思いにふけられるようになりました。

 周囲が羨むほど仲が良かったフィアンセが他の方へ輿入こしいれされたことも、原因の一つかも知れません。

 ただただ、心から若様のお幸せを祈っていた私は、どうしていいか分からず、いつも落ちつきませんでした。

 ケロベス様が反政府軍に参加されることになり、若様から強く反対されたにもかかわらず、私は森の中にある駐屯地までついてきました。


 その若様は、昨日見張りのお仕事から帰ってきてから、ご様子が変でした。

 まるで別人になられたようなのです。

 せめてもの救いは、いつもお顔に漂わせていた、暗い表情が消えたことです。

 

 ◇


「えー、みなさん、ちょっと聞いてください」 

 

 広場に集まった貴族の方々に向け、将軍様が話されている途中、ケロベス様がいきなり大きな声で割りこみました。

 若様があんなことをするなんて!

 いったいどうしたことかしら!?


「ケロベス様!」


 思わず上げた私の叫び声は、みなさんが大声で何か話されるので、若様のところまで届いたとは思えません。

 そのうち、何人かの方が、若様へ魔法杖を向けたのです。

 

「危ないっ!」


 私は思わず、若様の前に飛びだしました。

 できるなら最後に一度だけ、昔のように頭を撫でてほしかった。

 しかし、目を閉じた私がいくら待っても、飛んでくる魔術に、この身が燃やされる痛みが訪れません。

 そっと目を開けると、つい今しがたまで人で溢れていた広場は、人気が無くガランとしていました。

 自分が見ているものが信じられなくて、頬をつねってみました。


 そういえば、台車に載った、とても大きな魔道具二つも消えています。

 地面にたくさん散らばっているのは、剣や魔法杖かしら。

 肩を叩かれ振りかえると、そこには、昔のように優しい微笑を湛えたケロベス様がいました。

 

「若様っ!」


 最近、口に出して使わなくなったその呼び方が思わず出て、子供に戻った私は彼に抱きつきました。


「ああ、すまない。

 ちょっと待ってね」


 ケロベス様がそう言うと、そのお身体がぼんやり光りました。

 光が収まると、そこには見も知らぬ全裸の青年が立っているではないですか!


「きゃーっ!」


 悲鳴を上げ、自分の顔を両手で覆いました。 


「あ、ごめんごめん、そういえば、こうなっちゃうんだった」


 がさごそ音がして、見知らぬ青年は服を着ているようでした。


「もう、目を開けてもいいよ。

 服を着たから」


 そう言われ、ゆっくり目を開けます。

 そこには、頭に茶色の布を巻いた、ぼうっとした顔の青年が立っていました。

 くすんだ黄色の服は、冒険者が着るもののようです。


「俺はシロー。

 君の大事な人、ケロベスさんは無事だよ」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ、今は王都にいる」


 えっ、ここから王都まで、かなり離れていますが……。


「ここに来てもらおうかな」


 そう言うと、彼は右手の指をパチリと鳴らしました。

 いきなり目の前に現れたのは、間違いなくケロベス様でした。

 なぜかその手と足には、鎖つきの枷がはめられていました。

 囚人が着る、太い縞模様の服を着ています。


「こ、ここはどこだ?

 あっ、ハ、ハンナ!

 どうしたんだ?」

   

 青年が再び指を鳴らすと、彼の横に白い魔獣を抱いた、美しい娘が現われました。 


「シロー、連絡が無いから心配しました」


 娘が青年に話しかけます。

 

「ルル、ごめん。

 今日はちょっと取りこんでたんだ。

 ええと、こちらケロベスさん、こちらハンナさん」


「こんにちは、ルルです」


 娘さんは、ケロベス様の囚人姿が全く気にならないようです。


「二人とも、大変だったね。

 これからどうしたい?」


 シローという名の青年が、ケロベス様と私に尋ねます。


「わ、私は罪を償わないと……」


 ケロベス様の声はとても暗いものでした。


「へえ、罪ねえ。

 で、君がやったことってなに?」


「ティーヤム王家を倒そうと――」


 ケロベス様の声は、のんびりした声にさえぎられました。


「証拠があるの?」


「それは魔道兵器で――」


「どこに魔道兵器が?」


 シロー青年は、がらんとした広場を指さします。

 広場に散らばっていた、剣や魔法杖は、いつの間にか消えていました。


「……」


「君たち二人が新しい人生を歩みたいなら、俺はそれを手助けすることができる。

 それとも、あんた、ありもしない罪を被って、この女性を不幸にしたいのか?」


「しかし、私は――」


 戸惑うケロベス様の声に、私のハッキリした声が重なりました。


「ケロベス様、わたくし、許されるなら、これからもご一緒したいです」


 ずっと心の底に隠していた気持ちが、思わず溢れだしてしまいました。


「ハンナ……」


「どうやら、決まったようだね」


 そう言ったシローさんは、ルルさんと並んで微笑んでいます。


「私に君を幸せにする資格があるだろうか?」


「もちろんでございます、ケロベス様。

 お側にいられるだけで、私は幸せです」


 えっ?

 ケロベス様が、私を抱いてくれてる!?

 小さな頃の思い出が、次々と浮かんできます。

 

「ハンナ、ボクについてきてくれるかい?」


 それは、幼い頃、若様が私に言った言葉と重なりました。


「ええ、ええ……」


 ケロベス様の熱い胸に抱かれた私は、もう死んでもいいと思いました。


「死んだら、元も子もありませんよ」


 私の心を覗いていたかのように、シローさんは、そう言って私の肩をポンと叩きました。

 

 それから私たちは、幻のように現れたテーブルに着き、これからの事を話しあいました。  

 ルルさんがいれてくれたお茶は、懐かしい味と香りがします。


「じゃあ二人とも、他の世界で生きるより、この世界で生きるのを選ぶんだね?」


 シローさんの問いかけに、さっぱりした顔つきのケロベス様が答えます。


「ええ、たとえ困難がふりかかっても、そうしたいと思います」


 私も頷きました。


「さて、それじゃあ、この世界で生きていくために、ちょっと工夫してみるかな」


 シローさんはそういうと、ケロベス様の顔に手を近づけました。

 若様の整ったお顔が光ると、見たことがない農夫風の顔になりました。


「こ、この顔は!?

 いったい、どうなってる……」


 シローさんから渡された鏡で、自分の顔を見たケロベス様が驚いています。

 

「声は、そのままにしておいたから」


 シローさんの手が私の顔に近づきます。

 視界が光に包まれたと思うと、すぐにそれが消えました。

 

「あっ、母さんの……」


 ルルさんが、そんなことを言いました。

 渡された手鏡で見ると、そこには凄い美人が映っていました。


「え?

 これ、誰です?」


「ハンナさん、気に入らなかったら、別の顔にするけど?」


 私が驚きの声を上げると、シローさんがそんなことを言いました。

 

「キレイだよ、ハンナ」


 ケロベス様にそう言われるためなら、私は命さえ投げだしたでしょう。

 まさか、本当にそんな言葉を聞くことになるとは……まるで夢のようです。

 丸い顔と低い鼻、どう見ても美しくない自分の顔に、ずっと劣等感を抱いてきましたから。 

  

「シローさん、どうお礼を言っていいか……」


 私の肩を抱いたケロベス様がそんなことを言っています。

 それに対するシローさんの言葉は、意外なものでした。

 

「お礼はいいですから、知人の所で働いてもらえますか?」


「ええ、それはいいですが、どんな仕事でしょう?」


「友人の薬師が、人手が足りなくて困っています。

 これから、薬以外のものも売りだしますから、どうか手伝ってもらえませんか?」


「そんなことならお安い御用です」


「じゃ、君たちの偽名だけど――」


 シローさんが何か言いかけましたが、ルルさんが彼の袖を強く引っぱると、黙ってしまいました。


「お二人とも、新しい名前は自分でつけてくださいね」


 ルルさんは、そう言うと天使のような笑みを浮かべました。

 


 読んでくださってありがとう。

 ハンナとケロベス、幸せになれるといいですね。

 とにかく、シローが名前をつけなくてよかったよかった。

 明日へつづく。


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