第11話 聖女と従者
今回は、特に作者が好きな話です。
では、お楽しみください。
いつものように、治癒魔術の温かい光に包まれ、目が覚める。
コウモリ男は、その温かさが無い毎日など、もう考えられなくなっていた。そして、心の余裕ができると、これまで過ごしてきた自分の人生を振りかえるようになった。
それは、砂を噛むような、つくづく味気ないものだった。
物心つくとすぐ、厳しい魔術の修行に明けくれた。学校に入ると、それはさらにエスカレートした。
彼の両親は、学校で一番になることを求めた。いや、強要した。二番にでもなれば、激しいムチ打ちと罵詈雑言、さらに厳しい修業が待っていた。
彼のことを名前で呼ぶ者は、家族も含め誰もいなかった。
両親は、「お前」、教師は「君」、クラスメートは「おい」という風に。しかし、全員が彼のことを、陰ではこう呼んでいた。
「コウモリ」と。
両親が亡くなると、彼の興味は、地位と権力へと向かった。より早く、より高く。出世への欲望は、限りがなかった。
そのあげく、王から便利な道具のように扱われ、やがて捨てられた。
自分の人生は、いったい何だったのか。
自分は、何者でもなかった。
そして、今、このような身になって鏡を見ると、自分の人生がやっと見えてきた。
ピエロ。
そう、まさにピエロこそ、彼の人生だった。
名は無く、人から笑われ、蔑まれ、そして、評価されない。
奇禍により半身に刻まれた黒い刻印は、男に本当の姿を教えてくれるのだった。
◇
「だいぶ、顔色が良くなりましたね」
聖女が、微笑みを浮かべる。
「それから、あなたのお名前は?」
初めて、誰かから名前を聞かれた。
電流のようなものが、身体を走った。
「どうしました?
寒気がしますか?」
聖女が、心配そうに尋ねる。
「ヴィ、ヴィナスです」
生まれて初めて、人から求められ自分の名を告げた。
両親が美を司る異世界の女神に因んでつけた、皮肉な名前。これまで自分を苛んできた、運命の始まり。
しかし、今、その運命が変えられようとしていた。
異世界から来た一人の少女によって。
聖女こそ、ヴィナスの名にふさわしい。
「私のことは、ピエロッティとお呼びください」
「でも、本当は、違う名前なのでしょう?」
「私は、今こそ自分の本当の名を知ることができました。
どうか、この名で呼んでください」
この後、聖女あるところには必ず、背後で目立たぬよう立つ、この従者の姿があった。獣人たちは、彼のことを、その姿からこう呼んだ。『陰陽の従者』と。
そして、人々は、聖女同様、従者のことも敬うことになるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
コウモリ男の生いたちが、明かされました。
次回は、場面が変わり、また史郎の登場となります。
ご期待ください。
ー ポータルズ・トリビア - コウモリ男
コウモリ男の両親は、第3シーズンで舞台となる学園都市世界の出身です。
学園都市で望む地位を築けなかった彼らは、活躍の場を他の世界に求めます。
選ばれたのが、アリストがあるパンゲアでした。
アリスト国成立の際には、二人もそれなりの働きをし、貴族に叙せられています。
こういう背景があって、彼らは息子に過度の期待をしていたようです。




