第9話 隠れ里
聖女舞子とコウモリ男は、どうなるのか。
では、今回もポータルズをお楽しみください。
コウモリ男の左足が少し動くようになると、舞子は彼を支え洞窟の出口へと向かった。
洞窟は、低い山の麓にあった。
足元には、森が見える。
足場が悪いため、わずかな斜面を降りるのに、ずい分な時間が掛かった。
前もって見つけておいた小川に向かい、木立の中を歩いていく。時折、そこらの草むらが揺れるのは、何か生き物がいるからだろう。
上空を見ると、枝葉の間から、鳥が舞うのが見えた。
小川に着くと、男は流れの中に倒れこむようにして水を飲んだ。
舞子も、手ですくい水を飲む。この三日間、ほとんど何も口にしていないので、水が体に染みわたるように感じる。
男の息が落ちつくと、再び治癒魔術を掛けた。
これから、どうしようか。まず、食べ物を探さなければ。彼女がそう思った時、近くの草むらが、かさりと音を立てた。
またネズミかしら?
舞子は、水場を探しているとき、何度かネズミらしき動物を目にしていた。
草むらの間から、ちょこんと出てきたのは人の顔だった。六、七歳くらいの女の子に見える。ただ、驚くことに、その頭には、垂れ耳がついていた。
「あー……こんにちは」
舞子が話しかけると、顔はパッと消えてしまった。
それでも、近くに人が住んでいることは分かった。少し安心する。この森の中、自分だけで二人分の食べ物を集められそうになかったからだ。
恐らく、女の子が向かったであろう方角に、ゆっくり歩きだす。
なんとか、陽が沈む前に人里に着かないと。舞子がそう思った時、前方から声が聞こえてきた。
『人族がいたって、本当か?』
『本当だよ。
二人いたよ』
『なんで、こんなところに。
さては、ヤツらか』
女の子と、大人の男性が話しているようだ。
ただ、他言語理解の指輪を奪われている今、舞子には、彼らが何を話しているか分からなかった。
「すみません。
誰かいますか?」
舞子が声を掛けると、木立の間から、がっしりした体格の男性が現れた。やはり、頭に垂れ耳がある。皮で作った簡素な服を着ており、肩には弓を背負っている。その後ろに隠れるように、さきほど見た女の子がいた。
『お父さん。
ナナ、嘘ついてなかったでしょ』
『ああ、そのようだな。
お前たち、どこから来た?』
「言葉が分かりません」
『……うーん、言葉が通じんようだな』
「他の世界から、ポータルを潜ったようなんです」
『ポータルの事を話しているみたいだな。
だけど、こんなところに、ポータルがあるなんて聞いてないぞ』
「あの山の洞窟に出たんです」
『怪しいやつらだ。
とにかく、村まで来てもらおう』
男は腰につけていたロープを外すと、それで舞子とコウモリ男の両腕をくくりつけた。
「なぜ、こんなことを……」
舞子が声を上げるが、男は取りあおうともしない。
前を歩く女の子が、その尻尾をゆらゆら揺らしている。
舞子は、コウモリ男を支えながら歩きだした。
男にロープを引かれ、少し歩くと村が見えてきた。森の木々に埋もれるように、何軒かの小屋が見える。
屋根は、全て板葺きのようだ。
舞子とコウモリ男は、集落の中心にある、小さな広場に連れていかれた。小屋からは次々に、垂れ耳がある住人が出てくる。
『ボルマ、そいつらは何だ』
白い髭を生やした獣人が尋ねる。
『長、こいつらは、森の中で見つけたんだが、ポータルで来たって言うんだ。
怪しいから、捕まえてきた』
『ふむ、ヤツらの一味かもしれんの。
しかし、この男は、どうしたことだ。
顔の半分が黒いではないか』
『見つけた時には、そうだった。
何かの病気かもしれん』
『とにかく、村はずれの牢に入れておけ』
「あの、この人は、火傷を負っているんです。
飲み物と食べ物を分けていただけませんか?」
舞子が話しかけたが、誰も耳を貸さなかった。
◇
丸太を組みあわせた牢は、狭く臭かった。
もしかすると、捕えてきた動物を入れていたのかもしれない。むき出しの地面に、鋭い爪がひっかいたような跡がある。
舞子は、牢の隅に置かれた枯草の上に男を寝かせた。治癒魔術を掛けると、疲れていたのか、男はすぐに寝てしまった。
舞子も、もう一方の隅にある枯草の上に座る。彼女自身、疲れていたのだろう、すぐ眠りに落ちた。
◇
肩を叩かれ、舞子は目が覚めた。
顔を上げると、木の棒を伸ばし、舞子の肩をつついている女の子がいた。
「あ、さっきの子ね」
舞子の声を聞いた女の子は、びくっとすると、牢の外に置いたものを指さした。見ると、幅広の草に包まれた何かが置いてある。いい匂いがするところを見ると、食べ物だろう。
手に取ってみると、モチのように見える。思いきって、少し手でちぎり口にする。蒸しパンのような味がする。やはり食べ物だ。
舞子は、男を揺りおこし、小さくちぎったそれを口に入れてやった。彼が口を動かしているのを確認すると、自分も食べる。
あまりに空腹だったから、シンプルな食べものが何ものにも代えがたい美味に思えた。
垂れ耳少女が、腰から筒のようなものを外して差しだした。恐らく、飲み物だろう。
それを目にしたコウモリ男が、すごい勢いで筒を奪いとった。
『痛いっ!』
少女が、手を押さえてうずくまる。手が牢の枠にこすれ、赤くなっている。
舞子は彼女を驚かさないように、少し離れた位置から治癒魔術を掛けた。光が少女の手を包むと、そこにあった赤みが、すうっと消えた。
少女は、目を丸くして自分の手を見ている。
『痛……痛くない……』
舞子は、少女と目が合うと微笑んだ。
「ごめんね、痛かったね」
少女はしばらく舞子の顔をじっと見ていたが、立ちあがり去っていった。
◇
間もなく、顔色を変えた長が、少女と一緒にやってきた。
後ろには、舞子をここへ連れてきた男の姿もある。
『ナナや。
さっきの話は本当か?』
『本当だもん!
ナナ、嘘つきじゃないもん』
『しかし、長、そんなことが、あり得るでしょうか』
『そうだな。
もしそうなら、ヤツらの一味などでは無いということになるが……』
『おい、あんた。
ナナの怪我を治したってのはホントか?』
舞子に縄を打ってここまで連れてきた、ボルマが尋ねる。
彼は、少女ナナの父親でもあった。
「……」
何か尋ねられているのは分かるが、舞子は黙っていた。
『黒い髪に治癒魔術……あんた、もしかして』
『聖女だよ』
突然、コウモリ男が声を出した。
『この人は、聖女だ』
『せ、聖女様!?……』
ボルマと村長は、目を丸くし、絶句している。
『ねえ、聖女って、なにー?』
ナナが、無邪気に訊いている。
ボルマは、慌てて懐をまさぐる。
やっとカギを見つけ、鍵穴に差そうとするが、手が震えていてうまくいかない。
『ええい、ワシにかせっ!』
長が、横からカギを奪いとり鍵穴にさす。
彼は牢に入ってくると、土下座を始めた。
『知らぬこととはいえ、聖女様にこのようなご無礼を働き、誠に申しわけございません』
長の後ろでは、ボルマも土下座している。聖女をロープで縛ったことを思いだし、ブルブル震えている。
「き、急にどうして?」
獣人の言葉が分からないから、舞子が戸惑うのも無理はない。
『どうか、我々のご無礼は、平にご容赦を』
二人は当惑顔の舞子にかまわず、ひたすら地面に頭を擦りつけている。
「パンゲアで勇者が尊敬されるように、ここグレイルでは聖女が尊敬を受けている」
コウモリ男が説明する。
彼は、舞子から奪った多言語理解の指輪を懐から取りだすと、それを彼女の方に差しだした。
「いや、勇者どころではないな。
この世界で、聖女は神と同じだ」
◇
舞子とコウモリ男は、里長の家に招かれた。
白い丸石が祭ってある、神棚のようなものの前に座らされる。長、ボルマ以外の村人も現れたが、離れたところで平伏するだけで、近よろうとする者がいない。
目の前には、山のような料理が並んでいる。
困りはてた舞子が、長に声を掛ける。
多言語理解の指輪を着けた今、彼らの言葉が理解できるようになっていた。
「えっと、もう頭を上げてもらえませんか」
「ははーっ!
恐れながら、働いた無礼の数々、我らが命を差しあげても償えませぬ。
どうか、お許しを」
「いえ、別に怒ってなどいませんよ」
「はっ、しかし……」
「とにかく、皆さんやこの世界の事を話してもらえませんか?」
「ははーっ!」
長は、平伏したまま、この世界について話しはじめた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回は、獣人世界について、いろいろな秘密が分かる回となっています。
アリスト編と獣人編、そして、その後のポータルズを結びつける話ともなっています。
お楽しみに。
ー ポータルズ・トリビア - 神獣の手がかり
すでに、獣人世界編を読み終えてる方は、この話の中に神獣の手がかりがあったことに気づかれたでしょうか。
まだ、見つけてない方はぜひ探してみてください。
これも読書の楽しみの一つだと思います。