第10話 美女の活躍 ― コリーダ ―
史郎の家族が活躍します。
今回は歌姫コリーダです。
「おじいさま、今日はありがとうございます」
歩道を歩きながら、そう言って微笑んでいるのは、目立たない灰色のローブを羽織ったコリーダだ。
しかし、いくら目立たない色と言っても、ローブはここ東京において一般的な服装とは言いがたい。
当然注目を浴びる、そして、彼女に目を留めた者は、そのローブを着ている人物の美貌に気づき、驚愕の表情となる。
リーヴァスは、彼女を現地まで瞬間移動してくれるよう、シローに頼めばよかったと思いはじめていた。
男女問わず、コリーダから目を離せなくなった歩行者が、互いにぶつかるという光景があちこちで見られたからだ。
それより問題なのは、車の中から彼女を目にした者たちで、運転がおろそかになり、次々に追突事故が起きている。
「コリーダ、遠藤君、急ぐぞ!」
リーヴァスがそう言うと、三人は目的地のスタジオへ向け足を速めた。
◇
「歌姫コリーダ、久しぶり!」
「前回は最高だった!
今日はあれを超えるぞ!」
「俺、今日のために生きてきた!」
「腕が鳴るわね!」
スタジオでコリーダを待っていたのは、世界中から集められた凄腕のミュージシャンだ。
彼らは普段それぞれがソロで活動しているのだが、彼女が歌ったデモを聞き、自分から前回のユニットに参加した四人だ。
ギターは日本人とアメリカ人。ドラムがイギリス人。キーボードが日本人だ。
キーボードだけ女性だ。
それぞれ名のあるミュージシャンだが、前回コリーダの歌を支えたことで、超一流の仲間入りを果したと言っていいだろう。
まとめ役のドラマーは、女王陛下から勲章までもらっている。
◇
音合わせが始まると、遠藤とリーヴァスは手持ち無沙汰となる。
両方、喋る方ではないから、二人でカフェの窓際に座り、黙ってコーヒーを飲んでいる。
彼らの席からは、斬新なデザインでそびえ立つ、大手音楽会社の入り口が見える。スタジオはそのビルの地下にあるのだ。
二人は何かあったときのため、ビルが見えるこの場所で控えているのだ。
リーヴァスは、先ほどからいつになく鋭い目で窓の外を見ている。荒事にはそれなりの経験がある遠藤だが、彼が何に対して警戒しているのか、それを見抜くことはできなかった。
リーヴァスがゆっくり席を立つ。
「ちょっと失礼」
遠藤はリーヴァスが手洗いに向かったと思ったようだが、トイレの向かいに職員の控室へのドアがあると知らなかった。リーヴァスは、淀みない動きでその控室を通りぬけ、店の裏手に出た。控室で休憩していたアルバイトの青年は、少しも彼に気づかず、読んでいるマンガから目を離さなかった。
◇
某国の肝いりで作られた秘密組織、『異世界人排斥同盟(CAA)』は、表向き無害なNPOの形を取っている。
しかし、そのメンバーには思想的に過激な者たちだけでなく、かつてテロリストや傭兵をしていた者が多数在籍する。
帰還者が中心となって生まれつつある、新しい世界秩序に異議を唱える者が、各国には一定数いる。それを取りまとめた形になったのが、このCAAだ。構成員は所属団体の事を「カー」と呼んでいる。
二日後に異世界人の中でも影響力がある人物が、あるスタジオに入るという情報が、CAA本部にもたらされた。
彼らはすぐに精鋭十五名を派遣することに決め、彼らを東京に送りこんだ。
CAAの実行部隊は、清掃員やチラシ配り、電気修理工など、街に溶けこむための姿となり、スタジオの周囲に陣取っている。
異世界人の女を捕縛するのが目的だが、それが無理なら殺してもよい、そう指示を受けていた。
骨伝導式のイヤホンを通し、彼らは決行の合図を聞いた。
◇
ダレンはテロ活動に十年以上従事し、その後、CAAの一員となった。
異世界という対象を知った地球世界の人々には、この世界は一つであるという機運が高まっており、世界的に紛争が激減することで、テロリストとして活躍する場を奪われた。残された居場所がCAAだった。
今回の襲撃は、彼にとって自分から仕事を奪った憎き異世界人に復讐するという側面もあった。
たとえ、頭の片隅では、それが論理的に無茶苦茶であると分かっていても、一度殺戮の世界に身を置いた彼には気にならなかった。
電気工事業者の青い仕事着に、同色の帽子を目深にかぶったダレンは、強力な爆発物を入れた工具箱を右手に提げ、スタジオの入り口を潜った。
入り口にいる受付は、青い顔をして震えている。それはカウンターの後ろで身をかがめた仲間が、彼女に銃を突きつけているからだ。
カウンターから一瞬だけ顔を出した仲間に目で合図すると、ダレンはそのまま地下へ向かう。
異世界人のレコーディングは、地下で行われているはずだ。
階段を駆けおりようとして違和感に気づく。何かがおかしい。
ダレンは、打ちあわせの内容を頭に浮かべた。
まずい、何かが起こってる。
この踊り場には、二人の仲間が配置されていたはずだ。
何段か降りかけた階段を上に戻ろうとしたとき、彼はいきなり意識を失った。
◇
スタジオ横の路地に停めてあるフラワーショップの絵が描かれた大型バンの中で、CAAの現場指揮官は、第一陣が応答しないことに焦っていた。
状況確認のため、各所に設置した隠しカメラからの映像の一つに、背広を着た初老の男性が一人映っている。
風貌から見て、明らかに日本人ではない。
彼は清掃業者に扮したCAAの工作員に声を掛けたようだ。
周囲にいた工作員が駆けつけ、初老の男性は六人の実行部隊に囲まれた。
この男が第一陣の沈黙と関係している可能性も捨てきれない。この際、邪魔者は始末すべきだ。
彼は、工作員たちのイヤホンと繋がるスピーカーを口に当てた。
「攻撃!」
工作員が、隠していた各自の武器を手にする。
短機関銃を手にしている仲間がいるから、あの男は一瞬で蜂の巣だろう。
指揮官がそう考えた時、なぜか六人の工作員がぱたぱたと倒れた。
「な、何が起こった!?
催眠ガスか?」
初老の男性はガスマスクなど着けていないから、それはあり得ないのだが、指揮官はそう叫ぶしかなかった。
はっとモニターを見ると、そこから男の姿が消えている。
カチャリ
ロックしていたはずの後部ドアが開き、先ほどまで画面の中にいた男が顔を出した。
「ウチの孫にちょっかいをかけているのは、あなたですかな?」
そう告げた初老の男は、整った顔に一切緊張が見られなかった。
「襲撃者は、あなたを入れて十五人ですな?」
「そ、そうだ!」
なぜ正直に質問に答えたか、指揮官は自分自身が理解できなかった。
震える手でハンドガンを取りだす。
しかし、使いなれたその重さと手触りを感じることができない。
な、なぜだ!?
足元に愛銃を握りしめた自分の手首が落ちているのを目にし、指揮官はショックで意識を失った。
「シローは芸が細かいですな」
そう言って苦笑する初老の男は、切られても血が噴きださない、倒れた男の手首を見ていた。
◇
「あっ!
リーヴァスさん、ここにいらっしゃったんですね!」
「すまない、遠藤君。
君に黙って、来てしまった」
遠藤が見つけた時、リーヴァスは穏やかな表情で、地下にあるレコーディング室の外にいた。
ガラスを通し、歌に没入しているコリーダの姿があった。
「歌、俺も聞きたいです」
遠藤の言葉を聞き、リーヴァスは声を立てて笑った。
「ははは、あの娘は、君が頼めばいつでも歌ってくれるはずだよ」
「そ、そうでしょうか?」
遠藤が赤くなっている。
「地球を発つ前に、君に歌をプレゼントするよう言っておくよ」
「ほ、本当ですか!?
楽しみです!」
皆には言わないが遠藤は、毎日コリーダの曲を聴いている。彼女は彼にとって唯一無二の歌姫なのだ。
ガラスの向こうで、手を振るコリーダが満面の笑顔をこちらに向ける。
今回の録音も素晴らしいものになりそうだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
コリーダの歌、一度聴いてみたいですね。
次話、コルナ回、ご期待ください。
明日へつづく。




