第8話 桃騎士の涙(下)
桃騎士エピソード後半です。
黒史郎登場。
でも、そのあと、点ちゃんに凹まされるようです。
今回も桃騎士視点です。
シロー君の瞬間移動でパリから日本に帰ると、一時間もしないうちに、私はシロー君、そして、仕立てのいい背広を着た、初老の男性と三人でタクシーに乗っていた。タクシーに乗るまで少し時間が空いたのは、シロー君がその人物を連れてくるのを待っていたからだ。
自己紹介もされていないから、貫禄ある初老の男性が誰か、知ることはできなかった。尋ねようとしてはみたが、男性のやけに真剣な表情が気になり、結局私も黙ってしまった。
地方都市郊外の高級住宅地に建つ、大きな屋敷の前でタクシーが停まった。
そこは、一度だけ訪れたことがある、立花の屋敷だ。
もう少しで夕暮れという時間帯で、辺りには静かだった。
使用人に広い玄関へ招き入れられた私たちを見て、妻と並んで出迎えた立花が驚いた顔をした。
「な、なんでお前が!?」
「なんであんたが!?」
私を見て夫婦が同時に声を上げたが、私の横に立つ人物が挨拶すると、神妙な顔で畏まった。
「武夫君、久しぶりだね」
「い、伊藤さん、ようこそおいでくださいました」
どうやら、初老の男は、立花が頭の上がらない人物らしい。
「ど、どうぞこちらへ」
立花の妻が、キッと私をにらみつけてから、三人を奥へ案内した。
◇
先ほど訪れたホテルの部屋には見劣りするが、豪華なシャンデリアに照らされた、見るからに値の張りそうな家具を揃えた応接室に通される。
二十畳はあるだろうその部屋からは、よく手入れされた広い洋風の庭が見渡せた。
ソファーから二人の人物が立ちあがる。
初老を迎えたその男女は、立花の両親だ。
痩せぎすの父親と、花柄の派手な衣装を着た若作りの母親は、私を見て、嫌悪感を隠さなかった。
私たち三人がソファーに座ると、それと向かいあう位置に、立花とその妻が座った。
「伊藤、大事な話があるっていうことだが――」
最初に口を開いたのは、立花ではなく、その父親だった。
「ああ、同級生として忠告に来た」
私の隣に座る男性が、張りつめた声でそう答えた。
「伊藤さん、それより、なんでこの女がいるんです?」
立花が私を指さしながら、怒鳴るように言った。
「武夫くん、彼女が大事な話の主役だからだよ」
武夫というのは、立花の名前だ。どうやらこの伊藤と言う人物、立花の事を昔から知っているらしい。
「大事な話とは何だ?」
立花の父親がソファーの背もたれに体を預け、見下ろすように私に視線を送る。
「彼女の息子さん、雅文君がこの家で虐待を受けているそうだね。
速やかに親権を彼女に引きわたし、以後二人に近寄らないことをお勧めするよ」
「な、なんだって!
お前、そんなことで来たのか!?」
立花の父親はソファーから立ちあがり、伊藤さんをにらみつけた。
「だいたい、その変な格好の男はだれだ!」
矛先がシロー君へ向かう。
彼はカーキ色の長そで長ズボンを着て、腰にポーチを巻いている。この世界では、確かに一般的な格好とはいえない。
大体、頭に茶色い布を巻く人などいないだろう。
「おい、立花。
お前、ニュースも見ないのか?」
伊藤さんが、心底呆れたという声を出す。
「彼は『帰還者』の一人だぞ。
どこまで世間知らずなんだ、お前は!」
立花の両親、立花夫妻、四人とも顔色が変わる。
「「「帰還者!?」」」
「えー、ご紹介に上がりましたシローです。
今日は雅文君を引きとりに来ました」
「なっ!?
いきなり出てきて、お前は何だ!」
立花が叫ぶ。
「何だと言われましても、今しがた紹介されたように『帰還者』だとしか――」
「やかましいっ!
無関係なヤツは出ていけ!」
シロー君が答える前に、伊藤さんが口を開いた。
「シローさんに無礼は許さんぞ!
もう一度そんな態度を取ったら、〇〇商事はお前の会社との取引全てを停止する。
これは、ウチの会長と社長から伝えるよう言われた事だ」
立花の顔色が変わる。顔色が青色を通りこすと紫色になると、私は初めて知った。
「ど、どういう――」
伊藤さんは、立花の発言を厳しい言葉で絶ちきった。
「武夫君、この場で君に発言権は無い。
少し黙っていたまえ」
静かな声には、有無を言わせぬ力があった。
「あなたと、あなたの子供たちが雅文君に暴力をふるっていたことを認めますね」
シロー君が伸ばした手の先には、立花の妻がいた。
「伊藤さんの前で、濡れ衣着せるなんて!
私がそんなことするわけないじゃない!
雅文は大事にしてるわ。
だいたい、あんた何の証拠があってそんなこと言うのよ!」
女の口調には、その下劣な品性が現われていた。
伊藤さんが口を開きかけたが、シロー君がそれを手で制した。
「証拠ねえ、そんなに証拠が欲しいの?
それやったら、あんた、後戻りできないよ?」
シロー君の口調も、少し厳しいものに変わってきた。
「見せられるもんなら、とっとと見せなさいよ、証拠を!
証拠もないのに、言いがかりもいいところだわ!」
立花の妻は、夜叉のような形相になっている。
「あんたがそれを望むなら」
シロー君の静かな言葉が、やけに大きく聞こえた。
彼が私にウインクしたので、膝の上に抱えていたハート形のバッグから愛用のピンク色カバーを着せた小型PCを取りだす。
画面を立花の妻に向け、リターンキーを押す。
そこには、さっき私がこの屋敷の防犯システムをハッキングして手に入れた動画が映っていた。
薄暗い部屋に、大柄な、とても太った少年が、雅文に覆いかぶさるように立っている。
『おい、お荷物!
さっさとこの家から出ていけ!』
少年が雅文を乱暴に突きとばす。
床に倒れ、歯をくいしばっている彼の足を、やはり太った女の子が蹴とばしている。
蹴られた足を抱え、うめいている雅文に、女の子から容赦ない言葉が掛けられる。
『あんたなんか、パパの子供じゃないわ!』
ドアが開く音がして、立花の妻が画面に入ってくる。
『あらあら、また雅文が悪さしたの?』
その声にはからかうような響きがあった。
『そうよママ、今、兄さんとしつけてたところ』
『こいつ、これだけやられても、いつも黙ってるんだぜ』
少年が足を抱え床にうずくまっている雅文の頭を足で踏みつける。
『あんたたち、せいぜいコイツが壊れないようにね、オホホホホ!』
その時、ドアがバタンと開き、中学生らしい太った少年とやはり太った女の子が部屋に駆けこんでくる。
「う、嘘だっ!
ボクはそんなことしてない!
その女はコンピューターのプロなんだろ!
そんなのいくらでも作れるよ!」
どうやら、この兄妹は、ドアの外で大人たちの会話を盗み聞きしていたらしい。
「そうよ!
私、そんなことやってない!」
見てもないのに「そんなこと」と言うあたり、ネタバレしちゃってるわね。
私が口を開こうとすると、やはりシロー君が腕を伸ばし、それを止めた。
彼は静かに立ちあがった。
「そこの子豚。
本当の事を言え」
シロー君の口調が変わる。
見上げた私の目に映ったのは、信じられないほど美しい青年の顔だった。
音が消えたので振りかえると、立花の妻が立あがりかけた姿勢で凍りついている。
少年とその妹も、口を大きく開き、動きが停まっていた。
「本当の事を言わなければ、子豚、お前を消す」
美の天使は、その右手の指をパチンと鳴らした。
キュンッ
そんな音がすると、私たちの前にあった、どっしりしたテーブルがぱっと消えた。
彼の指が鳴ると、再びさっきの音がして、壁際にあった大きな飾り棚が中身ごと消えた。
豪華なシャンデリアが、高価そうな壺が、部屋にあるものが次々に消えていく。
「お前も消えたいか?」
美の天使が、醜く顔を歪めた少年を指さす。
「ひ、ひいいいっ!
や、やりました!
ボクが雅文をイジメました!」
「お前はどうだ?」
シローは女の子を指さしたが、彼女は大声で泣きだしてしまい、返事はなかった。
「で、親豚、お前は?」
彼の指は最後に立花の妻を指した。
「ひ、ひいいいっ……。。。」
彼女は白目をむき、ぐにゃりと床に崩れおちた。
青い顔色で固まっていた、伊藤さんがやっと口を開く。
「もういいだろう。
立花、お前の息子夫婦、そして孫の不始末は、桃井さんに誠意をもって償え。
それから、悪いことは言わん、さっさと会社を閉じて田舎で田んぼでも耕せ」
それを聞いた立花の父が、やっと動きだす。
「な、なんだと!
何を言ってる!」
「お前、本当に何も知らないんだな。
この方に睨まれたお前と取引するところなんて、今後一つもないぞ」
「な、なんでだっ!?」
「ふう……お前、経営者として失格だな。
しょうがない、『枯れクズ』について調べてみろ」
それはウチの会社が取りあつかっている商品だ。
確か国相手にしか売らないという、ガラスの欠片に似たものだったはずだ。
「桃子!
私がこいつと別れたら、その人に口を利いてもらえるか?」
立花が私の名を呼び、まだ白目をむき床に伸びている彼の妻、シロー君の順に指さした。
「誰がお前のようなクズの話を聞く?
桃騎士さん、よかったですね、こんなクズと結婚しなくて」
シロー君は、いつの間にか、いつものどこかのほほんとした顔に戻っていた。
「シロー君、ありがとう!
感謝の魔法、ぴろぴろり~ん♪」
私が魔法を唱えると、なぜかいつも当惑顔になるシロー君だが、今回だけは素晴らしい笑顔を返してくれた。
その日のうちに、雅文と私はカフェ『ホワイトローズ』の二階に住居を移した。
◇
点ちゃん、しかし、あの立花ってクズはどうしようもなかったね。
『(・ω・)ノ ご主人様より下がいるとは!』
いや、さすがにあんなクズと較べないでくださいよ。
立花が雅文少年にこだわったのは、彼だけが立花の遺伝子を残せるからだ。
以前から女遊びが盛んだった立花は、盛り場で出会い一夜を共にした女性から、質の悪い性病を染され、子種ができない体となっていたのだ。
こういった情報は、透明化を施しておいた白猫がクズの記憶を読みとり、俺に教えてくれたんだけどね。
あんなクズの血をうけ継いだ子孫ができないのは、世のため人のために良かったかもしれないな。
『(・ω・)ノ ご主人様も気をつけてくださいよ』
な、なんてことを言うの、点ちゃん!
俺はそんなことしないもん!
いつもお読みいただきありがとうございます。
いや~、ひどい男がいたものです。黒史郎よくやった。
ところで、点ちゃん、もう少しご主人様に優しくしてあげてね。
史郎君、打たれ弱いから。
『く(*'▽') 了解!』
軽いな~。こりゃ、またやるな。
明日へつづく。




