第521話 ポータルズ列伝 マスケドニア国王編 第2話 勘違い
『美王』と呼ばれるマスケドニア国王。
モテモテの王様は、それだからこそ、かえって女性の心が分かっていないようです。
夜半から早朝にかけて降った激しい雨が草地や森を洗い、空が晴れ渡った草原はすがすがしい空気に満ちあふれていた。
王都から歩いて半日、馬でその四分の一という距離にある森が目の前に広がっている。
十五名の騎士が、陛下とヒロコを囲むように護衛してここまで来た。それに加えて高位の魔術師三名が随行している。また、狩りで勢子を務める者たちが二十人ほど、徒歩でついてきている。
丘陵地帯に広がるこの森には、様々な魔獣が棲むが、今日の狙いは『飛びウサギ』だ。
このウサギ、狩りの対象としては最高峰とされる魔獣だ。
人によってはこの魔獣のことを神聖視するほど、その存在は稀だ。
一見しただけでは、子供たちでも獲れるハーフラビットに似ているが、それよりも一回り大きく、なにより違うのがその大きな耳だ。
人が片手を広げたほどまで広がるその耳は、ウサギが危険を感じると翼のように広がり、かなりの距離を飛ぶことで知られている。
そういう事があるので、飛びウサギは狩るのが最も難しい魔獣の一つに数えられる。
良質の皮と肉は、時には金貨二十枚以上の値で取引される。
乱獲を防ぐため、国全体で一猟期に五匹までしか獲れないと決めてあるが、もともと希少な魔獣なのでその制限に達する年はほとんどない。
今日、陛下は王家に割り当てられている特別枠を使い、その『飛びウサギ』を狩るのだ。
逞しく大きな白馬ラターンに乗った陛下の後ろには、侍従に引かれた白馬に乗るヒロコがいる。漆肩の長さで揃えた黒髪を微風になびかせる彼女は、凛々しく美しかった。
◇
「陛下、この辺りでよろしいか?」
ショーカの声に余が答える。
「うむ、よかろう」
ヒロコは、騎士が引いた白馬に乗っている。
馬車に乗せることも考えたのだが、それでは彼女が余の雄姿を見逃す恐れがある。
ショーカが、魔獣を追いたてる勢子を務める者に下知を与えている。
軽装の勢子たちが、森の中へと入っていく。彼らが獲物を余の所へ導くのだ。
森から開けた野原へ追いだされたところで、魔術で魔獣を狩る手はずだ。
カンカンカン
森の中から、金属を打ちならす音が聞こえてくる。
こちらの野原へ魔獣が出てくれば、後は魔術で仕留めるだけだ。
野原の左手は崖、右手は騎士たちが固めているから、魔獣は唯一空いているこちらへ逃げるしかない。
木立から白く小さな魔獣が数匹、一斉に跳びだした。
ハーフラビットだ。
よほど慌てているのだろう。地面に脚をとられ、転がりながらこちらに走ってくる。
ヒロコが声を上げる。
「まあっ!
ウサギかしら?」
引きつづき、フォレストディアの番が現われる。
立派な体躯を持つオスは、二股に分かれた見事な角を二本、振りたてている。
本来なら、十分価値のある獲物だが、今日の狙いは別にある。
我々の横を走りぬける二匹のフォレストディアに、ヒロコが再び声を上げた。
「まあっ!
美しいわっ!」
彼女の興奮が伝わってきて、余も身体が熱くなる。
諸国に轟く、我が狩りの腕、今こそ見せようぞ!
先祖伝来の青い小型魔法杖を、懐に入れておいたミスリル製の筒から取りだす。この杖は我が国の至宝も言うべきもので、材質、製法とも、とうに失われた古代魔術王国製である。
我が国の色でもある、鮮やかな青は、このワンドの色に由来すると言われている。
本来、宝物庫の奥にしまい込んでいるものだが、今日はどうしてもこれが使いたかったのだ。
『マスケラス』という名を持つこのワンドは、魔術効果を二倍以上に引きあげると言われている。
そして、命中率上昇の補正もつく。
現在知られている名工の最高傑作も、これには遠く及ばないのだ。
「陛下、左です!」
ショーカの声でワンドを構える。
崖際の草むらを揺らす白い背中が見える。魔獣は崖の縁沿いをこちらに駆けてくる。
「水の力、我に従え!」
詠唱により、ワンドの先端付近に一抱えほどある水玉が浮かんだ。
余は初めて使う伝説級ワンドの効果に驚く。
水玉は、いつもの二倍以上に膨らんだ。
ワンドを頭上に挙げ、振りおろす。
「ウォーターボール!」
水玉は、稲妻のような速さで魔獣に襲いかかった。
キャウッ
水玉が見事に白い魔獣を捉える。魔獣は草の上をコロコロ転がった。その動きで長い耳がふさふさ揺れるのが見えた。
間違いなく『飛びウサギ』だ。
まだ、少し動いている魔獣を狙い、もう一度魔術を唱えようとした時、叫び声が聞こえた。
「馬鹿ッ!」
すでにワンドを振りおろしかけていた余の目に、魔獣の方へ駆けよる青い服が見えた。
ヒロコだ。
慌てて魔術を中断しようとするが、すでに水玉はワンドを離れ、そちらに向かって飛んでいた。
幸い、水玉はヒロコの頭をかすめ、狙い通り魔獣に命中した。
キュッ
獲物を仕留めた喜びが湧きあがる。
狩りの成功を捧げるべき相手であるヒロコは、魔獣の横に膝を着いている。
「ヒロコ、そちのための獲物ぞ!」
余が大声で言うと、ヒロコがこちらを振りかえった。
その目が涙で濡れている。
彼女の涙を初めて目にした余は、思わず舞いあがってしまった。
「おお!
喜んでくれるか!」
しかし、彼女の口から出た言葉で、頭を破城槌で殴られたような衝撃を受ける。
「ひどいっ!
どうしてこんなことを……」
彼女の言葉は、怒りと悲しみに溢れていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
王様の勘違い、ここに極まれり。
文化の違いが、王様の目を曇らせているようです。
しかし、いくら恋は盲目っていっても、王様、国宝のワンド振りまわしちゃってるよ。
明日へつづく。




