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ポータルズ ー 最弱魔法を育てよう -  作者: 空知音(旧 孤雲)
第1シーズン 冒険者世界アリスト編
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第48話 窮鼠

 一難去って、また一難。

今度は、舞子聖女が狙われます。

狙うのは、やはりあの男です。

 アリスト城下、スラムと下町の境にある酒場で、一人の男が酒を飲んでいた。


 酒を飲むというより、コップからテーブルにあふれ落ちた、酒の中に顔を浮かべていた。店主も、こういった客には慣れているのか、近くにも寄らない。

 男は高価そうな黒いローブを着ていたが、それがひどく汚れていた。おまけに異臭がする。何日も入浴していないのかもしれない。


 男の顔は、コウモリを思わせた。いや、もともと肉づきの薄い、その肉がさらに薄くなり、骸骨そのものが浮かびあがっていた。

 男の耳に、聞くとはなしに酒場の噂話が入ってきた。


「本当かい? 

 じゃ、今、お国は大変なことになってるな」

「開戦宣言なんか出したから、罰が当たったんじゃねえのか?」

「まあな、戦争なんて、俺っち下々《しもじも》は苦しむばかりだからな」

「でも、勇者様が帰ってきたから、安心かもよ」

「お、帰ってきたのか。

 どっか行ってたって話だったからな」

「帰ってきたとたん、王様が死ぬなんて。

 勇者様がやったんじゃないのか?」

「ばかっ! 

 危ないこと言うなよ。

 下手したら、袋叩きにあうぜ」

「冗談に決まってるだろ」


 酒飲みの与太話が、真相を暴くこともある。

 国の裏で働いてきたコウモリ男には、酒場の噂話が真相の一端をとらえているような気がしてならなかった。

 思えば、勇者がこの町にやって来てから、どこか歯車が狂いはじめたのではなかったか。

 ぼんやりした頭で考えようとするが、二日酔いと、服用してきた薬の副作用で、集めかけた思考が煙のように消えていく。


 思考の断片が絡みあい、はじき出された答えは、全ての元凶が勇者であるというものだった。狂気が生んだこの結論が、あながち的外れでないのは、運命のいたずらとしか言いようがなかった。

 男は金額も数えず硬貨をばらまくと、その店を後にした。


 復讐。何もかも失った男に、生きる目的が出来た。


 ◇


 舞子は、普段からあまり寝つきがよい方ではない。

 昼間聞いた史郎の意味深な言葉を思いだし、いつも以上に眠れなくなっていた。

 すでに深夜も近いと思われたが、扉を叩く音がした。

 音もなく扉が開き、最近はこの部屋まで来ることのなくなっていた、聖女つきの女官が入ってきた。


「聖女様、なかなかお休みになれないということでしたが……」


 メイドたちの報告は、大小かかわらず、この女のところに集まる。


「お水を、取りかえておきました。

 では、失礼します」


 舞子が気をつけて観察すれば、いつもは浮かぬ顔の女官が、目を輝かせ、口元に笑みを浮かべているのに気づけただろう。


「ありがとう」


 女官が出ていくと、舞子はベッドから降り、水差しの水をコップに注いだ。水からは、いつに無い、甘い香りがした。

 横になると、あっという間にまぶたが重くなり、眠りにおちる。


 しばらくして再びドアが開いても、舞子は目が覚めなかった。深く眠っているようだ。

 入ってきたのは、先ほどの女官だ。しかし、服装は、なぜかメイドのものだった。彼女は、洗濯物を回収するための荷車を押していた。

 女官は、見かけによらぬ力で、眠ったままの舞子を抱えあげる。彼女を荷車に載せると、膝を抱えるような格好にさせ、その上にシーツを掛けた。


「ふうー」


 女官は一つ息をつき、ニヤリと笑うと、荷車を押し、部屋から出ていった。


 あの男から言われたように、部屋を出る前に、枕元に置いてある多言語理解の指輪をポケットに入れるのを忘れなかった。


 ◇


 舞子が目覚めたのは、粗末な狭い小屋の中だった。


 いや、体がふわふわ揺れるところをみると、船中かもしれない。時々、木が擦れるような音がしている。朝の訪れを告げる大聖堂の鐘の音が、遠くかすかに聞こえている。

 服装は寝た時のままで、足首と手首が縄で結わえられていた。彼女は気づかなかったが、指にはなぜか、寝る前に外しておいた多言語理解の指輪があった。

 船酔いしたのか、頭が重く、思考にもやが掛かっている。

 やがて、意識がはっきりしてくると、史郎との約束を思いだした。


「こ、ここはどこ? 

 早く帰らなくちゃ」


 史郎との約束が頭をよぎり、それを守れないかもしれないことに心が痛んだ。彼との約束の前では、自分がかどわかされたかもしれないことなど、気にもならなかった。

 板天井の隙間から、針金のような朝の光が斜めに差しこんでいる。夜が明けて、あまり時間が経っていないようだ。


 突然、壁かと思っていたところが四角く開き、痩せた男が入ってきた。

 何かに似ている。舞子は思った。そう、コウモリ、コウモリに似ている。

 コウモリ男は、こちらを見ると、しわがれた声で話しかけた。


「目が覚めましたかな」


「ここはどこです?

 私は、人と会う約束があるの。

 すぐに帰してください」


「それは、無理ですな。

 あなたには、いろいろやってもらわねばならん」


「時間が無いのです!

 すぐに帰してください!」


 必死な舞子の姿を見ても、コウモリ男は、何も感じないようだった。


「入ってこい」


 男が声を掛けると、戸口から、もう一人が入ってきた。

 その顔を見て、舞子が驚く。


「あ、あなたはっ!」


 聖女付きの、女官だった。


「この時を、どれほど待ったか。

 すぐに、始めてもらえるかしら?」


「そうしよう」


 男が懐から何かを出し、女官に手渡した。それは、多言語理解の指輪だった。女官が、それを着ける。男は舞子の隣に女官を座らせると、二人の指輪が触れるように手を重ねさせた。


「いいか、動くなよ」


 男が呪文を唱えだすと、色鮮やかな光の粒子が、いくつもその周囲を飛びかう。


「汝らの魂よ。

 いまこそ交わりて、新しき主に宿らん……換魂かんこんの術!」


 光の粒子が体に触れると、女官がパタリと倒れた。

 舞子は、これから何が起こるのか分からず、怯えている。

 コウモリ男が、舞子に何も起こらないのを見て驚きの声をあげる。


「ど、どうしたんだっ!

 なぜ、魂が入れかわらない!」


 多言語理解の指輪に秘められた最大の禁忌は、魔術により人の魂を入れかえるものだった。


「もしやっ!」


 男が舞子の手首を握り、持ちあげる。


「痛いっ!」


「お、お前っ! 

 この指輪はなんだ!」


「ゆ、指輪?」


 そういえば、王城で事件があった後、史郎が前の指輪とこの指輪とを交換したのだった。そのとき感じた胸のうずきまで、はっきり覚えている。


「指輪が……違う」


 コウモリ男は、やっと自分の魔術が失敗したことに気づいた。こうなれば、次善の策を選ぶしかない。力を失い、だらりとなった女官の体にロープを巻き、部屋から外に出る。


 船上で予備のいかりをそのロープに縛りつけると、女官の体ごと、ためらいなく湖に投げこむのだった。


 ◇


 女官は、コウモリ男が魔術を唱えた途端、自分の体から意識が抜けだすのを感じた。その意識は、聖女のすぐ上で、フワフワと浮いている。


 これから起こることを考えると、体など無いはずなのに、全身が熱くなるように感じた。

 驚きに満ちた、コウモリ男の声を聞くまでは。


「ど、どうしたんだ! 

 なぜ、魂が入れかわらない!」


 な、何が起こってるの?

 意識だけの存在なので、コウモリ男に問いただすこともできない。男が、さっきまで自分の体だったものにロープを巻きつけはじめると、意識が冷たくなるような気がした。

 この男は、いったい何をしてるの?


 しかし、まだ、それで終わりではなかった。

 女官は、男が自分の体を担ぎ、船室から出ていくのを見て危機感を覚えた。

 私の体を、どうしようというの?


 女官の意識は、男を追いかけようとした。しかし、ドアの手前までしか動けなかった。仕方なく、上へ向け動いた。

 意識は、やすやすと木の板を抜け、船上へ出た。そこにあったのは、目を疑うような光景だった。

 いかりが縛りつけられた自分の体が、今まさに湖に投げこまれようとしていたのだ。


 やっ、やめてーっ!


 意識がとてつもない悲鳴をあげたが、音にはならない。それが男の耳に届くはずもなかった。

 低い水音とともに、自分の体が水面下に消えた。


 女官の意識は、少しの間、感覚を失っていたようだ。彼女は、体を失っても自分の意識が存在しつづけていること、なぜか聖女から一定の距離までしか離れられないことを知った。


 自分が成りかわるはずだった聖女。その聖女が、多くの人を癒し、称賛を浴びるのを、間近で見続けなければならない。

 女官にとって、それは永遠に続く地獄の始まりだった。

 いつもお読みいただきありがとうございます。

悪者を描く、というのが少し楽しくなってしまった作者でした。

次回、いよいよ、史郎とコウモリ男が対決します。

 ご期待下さい。


ー ポータルズ・トリビア - 小説の表現

小説の表現には、登場人物の内面に重きを置いたもの、出来事に重きを置いたもの、いろいろなものがあります。

作者の理想は、作中の世界が読者の心に残るような作品です。

いつか、篠田真由美さんのような小説が書けるといいなあと、考えています。

え? 無理? 夢ぐらい見させてよ。


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