第36話 接触
史郎は、マスケドニアのスパイとうまく接触できるでしょうか。
加藤の恋の行方は?
お楽しみください。
センライの丘からダートンへの帰り道、勇者一行は、合同訓練をおこなう予定だ。
騎士と冒険者が混ざった部隊は、比較的道幅が広いものを選び、二列に並び進んでいく。時々襲ってくる魔物を討伐しながら、一時間ほど歩いた頃、周囲から木を打ち鳴らす音が、一斉に聞こえてきた。
これまでで最も大きなホワイトエイプの群れのようだ。左と思えば右、右と思えば左から音がする。この音は、エイプたちが意思疎通する手段だけではなく、こちらをかく乱する狙いもあるようだ。
金ランク冒険者から、隊列がばらけないようにしろ、という指示が飛ぶ。
白い影が、石柱の間を跳びはねながら攻撃してくる。中には棍棒のような武器を持つものもいる。しかし、さすが騎士とベテラン冒険者と言うべきか、彼らは、ここまでの討伐で、ホワイトエイプへの対処法をものにしたようだ。白い魔獣をどんどん討ちとっていく。
再び木をうち鳴らすような音がすると、ホワイトエイプが退きはじめた。
今がチャンスだ。
加藤が隊列から離れ、ホワイトエイプの後を追う。
「俺がサポートします!」
俺は、すかさず加藤の後に続く。別れ際に目が合った、ルルの真剣な表情が印象的だった。
騎士が二名、後を追ってきたが、加藤と俺が二、三回石柱の間を曲がると、姿が見えなくなった。点ちゃんのおかげで、こちらは加藤からはぐれる心配がない。
「勇者様ーっ、どちらですかー?」
後方で騎士が叫ぶ声がするが、かまわずさらに石柱の道を蛇行する。騎士は、完全にこちらを見失ったようだ。
加藤が、特に大きな石柱の上にジャンプする。相変わらずの、勇者チート能力だ。彼は五秒ほど石柱の上でしゃがんでいたが、すぐに降りてくる。
それが少女と決めた合図のようだ。
きっと向こうも、石柱の上で辺りを見張っているのだろう。それなら石柱に登った加藤の姿が、はっきりと見えたはずだ。
まもなく、白っぽい衣装を着た小柄な人影が現れた。衣装の色が背景の色と重なっているせいか、本当に目立たない。頭にも白い頭巾をかぶっている。
「ユウ、会えましたね!」
かなり急いだはずだが、少女は息も切らせていない。
「ミナ!
ああ、ミツだったか。
すぐ見つかったかい?」
加藤らしからぬ、柔らかい声で気づかう。
「はい、すぐに分かりました」
風鈴の音を思わせるとても綺麗な声が、それに答える。
「加藤、まだ安心できない。
すぐ移動するぞ」
「分かった」
俺たち三人は、俺、加藤、少女の順で、石柱の間を何度か左右に曲がった。騎士の声が聞こえてこないのを確認してから足を停める。
「この中で話そう」
俺たちは、たまたま見つけた鍾乳洞の中に入ることにした。
姿さえ隠せればいいのだから、入り口を入ってすぐのところで、二人に腰を下ろさせた。
鍾乳洞を中心に、半径およそ百メートルの円をなすように、点を沢山ばらまいておく。何か近づけば、点ちゃんがすぐ教えてくれる。今は、警戒範囲の一番外側の辺りにホワイトエイプが一匹確認できるだけだ。
「よし、いいだろう。
お前のことを聞かせてくれ」
少女が頭巾を取ると、切れ長の目をした美しい顔が現れた。
「ユウ様から聞いていると思いますが、私はマスケドニアから来ました。
位の高い方の下で働いております」
「一体、何のために、俺たちに接触しようとしたんだ?」
「軍師様、ひいては、わが国の国王陛下は、戦争を望んでおられません。
勇者様方が、戦争に対してどういったお心持ちなのか、それを確認するのが私の役目です」
俺は、死と隣り合わせの過酷な任務に少女を送りこむ、その非情に気づいたが、何も言わないでおいた。
「あなたの国は、勇者に何を望んでるんだ?」
「停戦へ向け、お力添えを頂けたらと思います」
なるほど、それが目的だったか。しかし、勇者一人に、そこまでの力があるだろうか。
「我が国ならびにアリスト王国においては、勇者様への尊敬は絶大なものがあります。
きっと良い結果が得られるものと信じております」
点ちゃんから得たアリスト国王の情報から考えると、まずミツが考えているようにはいかないだろう。俺は、そう確信した。
「では、その結果が得られそうもないとすると、どうするつもりだ?」
「そ、それは……」
「勇者を消すつもりか?」
「おい、ボー!
そんなはずないだろっ!」
「加藤、これには畑山さんや舞子の命まで懸かってるんだぞ」
「ぐっ……」
「さあ、さっきの質問に答えてくれ」
「勇者様を手にかけようなどと、そんな畏れおおいことは考えておりません。
少なくとも、今の段階で、そのような命令は受けておりません。
信じて下さい!」
少女は、必死の表情で訴える。
ここは情を捨て、事実からのみ判断すべきだと俺は考えていた。
「しかし、口では何とでも言えるからな」
「本当に、そんな命令はありません!
どうしたら信じてもらえますか?」
「ふむ、そうですね……。
そちらの王と直接会えますか?」
「えっ!
そ、それは……。
今ここでは、何とも言えません」
「それは、そうだろうな。
とにかく、王が直接こちらに会いに来る。
これが、そちらに協力するための条件だ」
この条件を満たすのは、まず無理だろうと思う。しかし、万が一にも相手にそういう行動が取れるなら、俺たちの閉塞した状況をうち破る可能性が見えてくるかもしれない。
「分かりました。
やってみます」
元より命懸けの任務だ。ミツの決断には、ためらいが無かった。
「じゃ、加藤。
俺は周囲の安全を確認してくるから、お前は彼女の相手をしておいてくれ」
俺は、一目でミツに対する加藤の気持ちに気づいた。まあ、表情からしてバレバレなんだけどね。
「お、おう、そうか。
じゃ、頼むぞ!」
洞窟から出る時、すでに加藤は親し気に少女に話しかけていた。加藤が少女のハニートラップにかかる恐れもあるが、いずれにしても、こうなってしまっては、彼の気持ちを止めることはできまい。
三十分ほど外をぶらついてから洞窟に戻る。入る前に一声掛けたのだが、話に夢中の二人には聞こえていないみたいだ。
俺に気づくと、近づいていた二人がぱっと離れた。
「加藤、そろそろ隊に合流しよう」
「これからの連絡は、どのようにして取りますか?
こちらから、連絡しましょうか?」
マスケドニアの少女は、落ちついた声で確認してくる。
それでもいいが、この件で向こうに主導権を握らせたくはないな。
「ダートンの町にもギルド支部があったな。
会見の用意が出来たら、白雪草十本で銅貨二十枚の依頼をアリストの町へ出してくれ」
この金額なら、誰一人依頼を引きうけないだろう。
「はい、分かりました」
「その依頼が出たら、俺は君が働いている宿へ泊りにくる。
少なくとも、国王に会う具体的な打ちあわせができるまで依頼は出すな」
「貴方は、厳しい方ですね」
「のんびりしてるとは言われるが、そんなことを言われたのは初めてだ」
「おい、彼女には、もっと優しくしてやってくれ」
見当違いな加藤の発言には取りあわず、鍾乳洞を出る。
点ちゃんに位置を確認する。
『(・ω・)つ ご主人様ー、みんなは、あっちですよー』
視界に青い矢印が出る。
ありがとう、点ちゃん。
点ちゃんを使えば、連絡なんて簡単なんだけどね。さすがに点魔法を、マスケドニアのスパイに教えるわけにはいかないからね。
まあ、万一こちらをダマそうとしたときの保険に、点だけは付けておこう。
「では、私はここで」
少女は、その場からかき消すようにいなくなった。どうやら凄腕のスパイのようだ。
点の動きを追っていくと、丘の方へ向っているようだ。とりあえず、少女に付けた点からの音声が聞けるようにしておく。
「おい、加藤、急ぐぞ。
そろそろ騎士たちが、まっ青になっている頃だ」
「分かった。
お猿を一匹討伐して、それを持ちかえるってのはどうだ」
「ああ、それなら、ここに入ってるぞ」
点魔法の青い箱を出現させ、それを消した。中からホワイトエイプの死体が出てくる。
「どんだけ用意がいいんだよ。
まあ、助かるけどな」
加藤は、そのエイプを肩にひょいと担ぐと、そそくさと歩きはじめた。
お前こそ、どんだけ力持ちなんだ。
俺は、道案内のため、加藤の前を足早に進みはじめるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
マスケドニアのスパイとの交渉は、まさに綱渡り。
ここから、どうなっていくのでしょうか。
明日をお楽しみに。




