第25話 レッドドラゴン -- 点魔法無双 --
今回は、戦闘シーンをリズムよく読んでいただくため、やや長文となっております。
攻撃魔法として、点ちゃんの力の一端が現れるお話になっています。
戦闘シーンが苦手な方は 「◇」で5部分に区切っていますから1番目と5番目のみお読みください。
後書きには畑山さんから史郎への突っこみもあります。どうぞお楽しみに。
なんか家が賑やかなことになった。
さすがに全員で来ることはなくなったが、キツネグループの若い衆が交代で家事をしに来る。
最初は、どんなものかって思ってたけど、みんな意外に真面目に働く。敷地内でたばこを吸う者もいない。まあ、小さな子供がいるから、当たり前なんだけどね。
若い衆の彼女や奥さんも、手伝いに来てくれる。女手があると助かるんだよね、子供たちが女の子だから。
中には娼婦や酒場の女もいるけれど、俺もルルも、そういう人に偏見がないから何も問題なし。子供がいる者もいて、その子らがナルとメルのいい遊び相手になってくれる。
あれ以来、ゴリさんとタルは、子供達からお馬として引っぱりだこだしね。おかげで、ルルと一緒にギルドの依頼を受けられるようになった。収入が上がり、生活も安定してきた。
若い衆をねぎらうのに、時々バーベキューやパーティをしてるから、それほど余裕があるわけじゃないんだけどね。
ボスはグループの仕事を、今までの裏稼業から何でも屋のような表家業にシフトしつつある。俺の家族に、恥ずかしい思いをさせたくないからだそうだ。
そういうところは、きちんと考えてるんだね。
◇
そんなある日の夕方、史郎がギルドから帰ってくると、リビングに人が集まっていた。
毛布を敷いたソファーの上に、血だらけのゴリさんが横たわっている。ナルとメルが心配顔で、彼の足を撫でている。
「何があったんだ?」
ゴリさんの横にひざまずいていたボスが、悔しそうな顔をしている。
「レッドドラゴンのやつらが、シマを荒らしに来たんでさ」
キツネも顔を腫らしている。
「アニキは、旦那の家族に迷惑がかかるって、一切手を出さなかったんでさ」
それで、サンドバッグとして殴られたと。そうですか、そういうことですか。
「おい、キツネ、そいつらどこにいる?」
キツネが、ギョッとした顔をする。
「旦那、いくら旦那でも、相手が悪い。
あいつら、宮廷魔術師ともコネがあるみたいなんでさ」
まあ、そんなこと異世界人の俺には関係ないからな。
「冷静に話をするだけだ。
そこまで連れてけ」
キツネが、しぶしぶ承諾する。
「ルルは、ゴリさんについていてやってくれ。
すぐ帰ってくる」
「旦那様、お気をつけて」
ルルはにっこり微笑むと、ゴリさんの頭にのせた濡れタオルを取りかえにかかった。
完全に信頼されちゃってるね。ま、何とかなるでしょ。
こうして俺は、キツネと一緒に、レッドドラゴンの拠点に向かった。
◇
レッドドラゴンの根城は、町の反対側にあった。
かなり大きな石造りの建物だ。大通りに面していることからも、彼らは羽振りがいいとわかる。
キツネはそこで帰らせた。
変装のため、路地裏で口ひげを付ける。頭には、この町に多いブロンドのかつらをかぶる。
入り口には、制服を着た警備員が二人立っていた。
持ち前の茫洋とした顔を利かせ、微笑みながらゆっくり近づく。服装は、貴族らしいフォーマルなものだ。
「ライスに言われて来たんだが」
キツネによると、ライスというのは、レッドドラゴンのボスが右腕として使っている男だ。ゴリさんたちを襲ったグループのリーダーが、ライスだそうだ。
「あ、どうぞお入りください」
ちなみに、あるコネを使い、この時間に本当に貴族が訪れるように工作してある。まあ、彼は急病で来れないけどね。
玄関を入ると、吹きぬけとなったホールで、巨大なシャンデリアが輝いている。赤絨毯が二手に分かれ、二階に続いている。
三階建てなので、まず三階から探そう。馬鹿は、高い所が好きって言うもんな。
三階の廊下には、ことさら毛足が長い絨毯が敷きつめられている。
こりゃ、よっぽど悪いことしてるな。
ちょうど二つ向こうのドアが開き、ガラの悪い男が出てきた。
「会頭は、どこだい?」
レッドドラゴンのボスが、自分のことを「会頭」と呼ばせているのも調査済みだ。
「おめえ、誰だ」
「ああ、それより、お前の名前は?」
奴は、貴族らしい俺の格好を値踏みするように眺めていたが、結局こちらが上級貴族であるという場合を考え、心を決めたようだ。
「ライスですが。
何の御用件で?」
お、いきなり当たりだね。こいつなら確実にボスの居所を知っている。
「宮廷魔術師に関することなので、内密に伝えたい。
空いてる部屋はあるか?」
「ええ。
そういうことでしたら、こちらへ」
ライスは、すぐ前にある部屋のドアを開ける。先に入れと身振りをしてくる。
背中を見せたくないのか。用心深いな。
「で、お話は?」
まず、ライスの右手の神経伝達を遮断する。
「うっ」
ライスは、急に腕が動かなくなって驚いている。まあ、普通は驚くよね。
「どうかしたのか?」
「う、腕が動かねえ」
「もう一つの腕も動かなくしてほしいか」
「てめえ、誰だっ!」
ライスは、必死に左手で、ズボンの右ポケットから何かを取りだそうとしている。
それって難しいよね。
その左腕も急に動かなくなった。
「会頭の部屋を教えてくれたら、足は勘弁してやるが」
「うるせえっ!
みんなっ、襲撃だ!」
ドアに向け突進したライスが、床に倒れこむ。右足が動かなくなったからだ。
「まだ話さないか?」
ライスは、さすがに怯えた表情を見せたが、まだしゃべりそうにない。
右目の視力を奪う。
「や、やめてくれ。
話す、話すから」
「やれやれ。
で、どこなんだい?」
「さ、さっき俺が出てきた部屋だ」
嘘を言ってる可能性もあるが、そのときはまたやりようがあるさ。
「じゃ、しばらくじっとしてろよ。
命までは取らないからな」
カーテンを割き、手足を縛るひもと目隠しを作る。それほどきちんとは縛れないが、一時的なもので十分だからね。
次いで、左目の視力を奪う。目隠ししてるから、気づくのは助けられた後になるだろうけどね。
薄くドアを開け、そっと廊下をうかがうが、人が駆けつける気配はない。建物に金をかけ、きちんとした造りにしたのがあだになったな。
廊下へ出ると、さっきライスが出てきた部屋のドアを開ける。
バカでかい机の後ろに革張りの椅子があり、背の低い初老の男が座っている。警備のためだろう、がっしりした大柄の男が両脇に立っている。
「おいっ、何の用だ!」
左側の男が叫ぶが、こちらは躊躇がない。
三人の視力を一気に奪う。
「なっ、どうしたっ、早く明かりをつけろ!」
勘違いして叫ぶ会頭の右手から力を奪う。声も奪っておく。
一階のロビーに降りると、窓際のカーテンに隠れ大声で叫ぶ。
「襲撃だ!
襲撃だぞ!
敵は一階ロビーだ!」
レッドドラゴン構成員が姿を見せるたび、両目の視力と右腕の力を根こそぎ奪う。
あらかた片づいたところで、正面玄関のドアを開け、外へ出る。
入り口の警備員は、関係者ではなさそうなので、そのままにしておく。
「大変だ!
襲撃だぞ!」
叫びながら二人の間を駆けぬける。顔を見あわせた警備員が、建物内に駆けこむのが見えた。
スラム地区を通りながら、カツラと貴族服を投げすてる。ここなら必ず誰かが拾って自分のものにするからね。
冒険者の服に戻った俺は、最後につけヒゲを用水路に投げこんだ。これはキツネに紹介された怪しい道具屋で、「かわいいおヒゲに女性を引きつける魅力を付与」っていうキャッチフレーズで売っていたものだ。つけ髭にそんなキャッチフレーズを付けるなんて面白い奴がいる。
俺が家に帰ると、皆がほっとした表情を見せた。ルルだけは、無事で当然って感じだったけどね。
「キツネ、お前の言ってた建物に入ろうとしたら、誰かがレッドドラゴンを襲撃してて、大騒ぎだったぞ」
キツネは、疑わしそうな目で史郎を見たが、何も言わなかった。
◇
あー、なんでレッドドラゴンたちの右手から力を奪ったかって?
右手が動かない無抵抗のゴリさんを攻撃したからだね。今まで周囲に暴力を振りまいていたやつらが、視力と右手の力を失えばどうなるか。
当然、復讐されることになるだろうね。そして身をもって己が行ってきたことを知ることになるだろう。
え? なぜ視力まで奪ったかって?
目が見えたら、こちらを探される恐れがあるからね。ナルとメルのためにも、そんな危険は冒せないでしょ。
魔術で治されたらどうするかって?
今回は視神経の深いところを切断したからね。眼球にどんなに治癒魔術を施しても視力は戻らないよ。この国の医療水準と、魔術師が目を負傷した者にどういった治療を施すか、この二つの事から判断したんだけどね。
こうしてレッドドラゴンを巡る一連の騒動は、幕を閉じた。
以前は、ルルを畏怖していたキツネグループが、彼女以上に俺を怖がるようになったのは、ちょっと困ったけどね。
右手の件で何かに気づいちゃったかな。
◇
「どうしてだ!
いったい何が起きたんだ!」
コウモリのような顔の男が、力まかせに机を叩く。
インクのツボが転がり、そこら中に染みをつくるが、男にはそれを気に掛ける余裕さえなかった。
<作者註:読者は、この男を覚えているだろうか。史郎達四人が初めて町へ来たとき、指輪を通し盗聴をおこなっていた宮廷魔術師だ>
レッドドラゴンと結び、この町の裏社会を牛耳る計画は、もうすぐ成就するはずだった。それが、どうしてこのような結果になったのか。
男の前には神経質そうな若い男が立っていた。うりざね顔のこの男も、宮廷魔術師のローブを着ている。
コウモリ男の計画が成就したあかつきには、彼も甘い汁のおこぼれにあずかるはずだった。
今では、この男の下についたことを、心の底から後悔していた。
「まだ、犯人の目ぼしはつかないのか!」
コウモリ男の唾が顔にかかる。それをローブの袖で拭いながら答える。
「候補は、何人かいます」
「ならば、さっさとそいつらを調べ上げろ」
「それが、いずれも証拠が不十分です。
むしろ、彼らの無実を証明する証拠が次々と出てくる始末で」
「さらってでも、調べんかっ!」
コウモリ男のこめかみの血管は、青く膨れあがり、今にも破裂しそうだ。
「一番有力な容疑者がいるのですが……。
事件直前に建物に入った男で、二人の警備員の証言もあります」
「そこまで分かっていて、なぜ捕えられん!」
「それが、この男に接触しただろう、ライスと会頭が、声と視力を失っております」
「何っ!」
「調べてみると、魔術の痕跡は見つかりませんでした。
未だに原因が分かりません」
「治癒魔術で回復させればよかろう」
「建物にいたレッドドラゴンの構成員全員が視力を失っております」
「な、何だと?!」
「声まで出せなくなったのは、会頭とその身辺警護人二名、ライスの合わせて四人だけです」
若い魔術師は、事実を淡々と述べることに決めたようだ。
「今、可能な限り魔術師に治療させておりますが、誰一人、症状が改善されません」
「魔術ではなくて、どうやったらそんな事ができるんだ」
「小さな外傷か、毒が原因かもしれません。
これも、まだ調査中です」
「魔術で治らないとなると、時間と金はかかるが、薬師か錬金術師を頼まねばなるまい」
コウモリ男には、魔術にわずかな望みもあった。
聖女だ。
けれども、今回の騒動で司直の手がレッドドラゴンに入った今、彼らの治療に聖女が派遣される可能性は、絶望的だった。
それどころか、いつ司直の手が自身の身に伸びてもおかしくない。そうなれば、身の破滅だ。
早々に手を打とう。
「レッドドラゴン関係者の所在はつかめているか?」
「把握しております」
「うむ……全員消せ」
「は?」
「全員、殺してしまえ。
こちらとの繋がりは、奴らの証言しかない。
それともお前は、座して死を待つか?」
レッドドラゴンとの関係がばれれば、自身はもちろん、貴族である実家にも類が及ぶだろう。それだけは、なんとしても避けねばならない。
「わ……分かりました」
この瞬間、うりざね顔の若い魔術師は悪魔に魂を売りわたした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回は、あの方が、言いたいことがあるということで、登場してもらいます。
聖騎士の畑山さん、どうぞ。
「……史郎、いくらなんでもこれはやりすぎじゃない?」
「そ、それは……」
「全員やっつけるってねえ。しかもやり方がかなりえげつなくない?」
「彼らが、暴力を売り物にしているのは前に話したよね?」
「そうだったわね」
「暴力を売り物にするなら、当然、暴力を振るわれる覚悟がないといけないよね」
「ま、まあ、それはそうかもしれないけど……」
「そういう輩に容赦する予定は、今後も無いよ」
「そうはいってもねえ……まあ、いいや。次も何かしたらつっこむからね」
「えっ……お手柔らかに頼みますよ」
「それにしても今回は、ひどいわ」
畑山はぶつぶつ言いながら去っていった。