第232話 竜人世界編 第36話 竜闘1
竜闘エピソード開始。
竜闘当日、俺たちは、開始時刻ぎりぎりまでイオの家で過ごしていた。
これは俺の考えで、昔の剣豪が使った方法を真似させてもらった。人ごみの中を、試合場に向かえば、どんな妨害を受けるか、分かったものではないしね。
だから、試合会場である竜舞台までは、透明化した点ちゃん1号で、空路向かうことにした。
皆の気を紛らわせるため、地球から持ち帰った写真集や本を見せる。
ルル、コルナ、コリーダは、夢中でそれを見ている。
ミミとポルも、最初、気が気でない様子だったが、加藤が見せた商品カタログが気に入ったようで、三角耳を立てた頭を並べ、それを覗きこんでいる。
最初、点ちゃん1号のくつろぎ空間に驚いたラズローだが、竜舞台上空で滞空状態を維持すると、足元の光景を注意深く観察しはじめた。
竜舞台は、野球場に似ていた。いや、むしろ、そっくりといってもいい。
野球場のフィールド部分のまん中に、正方形の少し高くなったところがあり、そこが竜舞台だ。
竜闘は、その上で行われる。
傾斜が付いた観客席もあり、その一角は大きな石壁となっており、野球場のバックスクリーンにそっくりだ。ただ、スコアボードの代わりに、巨大な竜のレリーフが刻まれている。
天竜祭では、竜がこの前に降りるそうだ。
会場の様子を見ていたラズローが、声を掛ける。
「そろそろ準備して下さい」
皆は、見ていた本を閉じ、準備にかかる。剣を腰に差し、こちらを見て合図する。
「シロー、気をつけてください」
ルルが、俺の手を握る。
「パーパ、怪我しないで!」
「パーパ、がんばって」
ナルとメルを抱きしめる。
ルルと娘たち、リニア、イオ、ネアの六人は、上空で待機する。ちなみに、点ちゃん1号は、俺たちが降りた後、周囲が見えないモードになる。
戦闘シーンは、娘たちやイオに、見せられないからね。
出場者五名に加え、コルナとコリーダが、一緒に会場に行く。
選手が怪我をした場合は、コルナが治癒魔術を行い、コリーダがポーションや包帯を担当する。
俺は、竜闘を前に、思ったより落ちついている自分に驚いていた。
◇
会場では、ビギが時間を気にしていた。
「奴らはまだ来ないのか」
「はっ。
外で待機している遠見の係からも、姿が見えたという報告は、まだありません」
竜舞台がある丘は、草原に囲まれている。この時刻に姿が見えないとなると、もう竜闘開始に間にあうまい。勝負は、こちら側の勝ちだが、こういう勝ちだと、観客の不満は解消されないだろう。
近いうちに、ラズローでも、竜闘に引っぱりだすか。
貴賓席で待機していたビギは、勝利を確信した。竜舞台のまん中に出ていき、それを宣言する。
「皆の者、竜闘の為に、ここへ集まってもらい感謝する。
どうやら、迷い人には、名誉という考えがないらしい。
すでに、竜闘開始の刻限は来た。
今回の竜闘は、我々の……」
ビギがそこまで言ったとき、観客席一杯につめかけた見物人が、大きくどよめいた。竜舞台のすぐ横に、突然、人族と獣人が現れたからだ。
「まだ、時間には、遅れていないはずですが」
リーヴァスが、静かな口調で言う。彼の声は、大きくはないが、観客席の隅々まで届いた。
「ふむ、いいだろう。
では、観覧する皆様に、それぞれが歓迎の意をあらわそうではないか」
ビギは、ニヤリと笑うと、観客席の一隅に、手を振った。
十人ほどの黒竜族の男が、ホルンや太鼓に似た楽器を手に、立ちあがる。竜人族の伝統楽器だろう。一糸乱れぬ演奏からも、彼らは、非常によく訓練されているのが分かった。
勇ましい音楽が鳴りやむと、観客から歓声が上がる。
「さあ、あなた方の番ですぞ」
竜闘の案内状に書いていないことを、要求してくる。こちらに、恥をかかせる気だな。
「シロー」
コリーダが、俺に声を掛ける。
「ここは、私が」
俺が頷くと、彼女は竜舞台へ上がった。すでに、観客からは、不満の声が出はじめている。しかし、コリーダが舞台の中央に佇むと、それだけで波が引くように、不満の声が消えていく。
すでに、観客は、彼女が作り出す空間に捉えられていた。
静かにアカペラが始まる。
俺は、その曲を知っていた。エルファリアの鎮魂歌だ。
コリーダが作り出す音の波が、竜舞台から客席へ広がっていく。
決して激しくはない曲、その静かな曲が、聞くものに、激情を呼びおこしていた。愛するものを失った哀しみを。
観客は、いつ自分たちが涙を流しはじめたか、気づかなかった。静かなまま終わった曲は、全員に忘れられない印象を残した。
満場、声も無い。
しばらくの静寂の後、どこからか起こった拍手により、導火線に火がつくと、燃えるような歓声が場内を満たした。
コリーダは、舞台から降り、横を通るとき、俺に軽くウインクした。
全く、大した女性だよ、君は。
俺は、聞くたびに、新しい何かに気づかせてくれる彼女に、心を撃ちぬかれていた。
ビギの方に目をやると、計画通りいかなかったからだろう、視線だけでこちらを殺せるような顔になっている。
おいおい、頭が、そんなに感情を露わにしてもいいんですかね。
俺は、少し敵が哀れに思えてきた。
◇
審判役らしい、青竜族の男が、舞台に上がる。
「では、これより竜闘を始める。
双方、先鋒が前に」
ミミが竜舞台に上がると、罵声が飛んだ。
「女が、神聖な竜舞台を汚すな!」
「女は、消えうせろっ!」
「恥を知れっ!」
観客からの悪意が、最高潮に達したとき、客席の一角から声が上がった。
「ミミちゃん、がんばれ!」
「ミミー、応援してるよー!」
「負けるんじゃないよー!」
目をやると、観客の一角に陣取る女性たちがいた。ポンポコ商会の常連客だ。女性ばかり選んで招待してある。
「あんたたち、男がうだうだ煩いよっ!
か弱い女性を応援せずに、何が男だいっ!」
気風がいいおばさんが、周囲の男に反撃している。彼女は、いつもミミを可愛がってくれている女性だ。
「なんだとっ!」
プライドを傷つけられた男性が、おばさんに詰めよろうとする。
さっと間に入ったのは、赤い鎧を付けた、赤竜族の若者だ。ラズロー邸で、リーヴァスさんにしごかれていた一人だ。
「こちらのご婦人に、何か言いたいことでも?」
鍛えられた大柄な若者が、上から見下ろすと、食ってかかった男性がしり込みする。
「い、いや、別に……」
今回、二十名ほどの女性を招待しているが、その周りを取りかこむように、赤竜族の若者が座っている。
最前列には、病癒えたラズローの父親、マルローの姿もある。彼も、俺の計画の一部だ。
しかし、ビギ側の出場者が登場すると、女性たちの応援が悲鳴に変わる。
通路から現れたのは、優に二メートルを超す大男だった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
宮本武蔵にならうとは、史郎もやりますね。
『宮本武蔵って誰~?』
おや、点ちゃん、突っこむのはそこですか?
「ミミちゃんの相手がなんで大男?」 とか突っこみましょうね。
『だから、宮本武蔵はー?』
うん、そこは史郎に聞こうね。
明日へつづく。




