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かわいい女には目がない


 今月も生活が苦しい。



 「オレはまた何で、こんなに服を買ってしまったんだ……」

 カードの支払い請求書を見て、ガックリと肩を落とす。

 そんなオレは部屋中に散乱する服やらアクセサリーやらに囲まれて立っていた。


 こないだ買ったばかりの新作は紙袋に入ったまま、部屋の片隅に置かれている。一度袖を通しただけの服は何着も山積みになっており、その山は三つぐらいある。他にはタンスやクロゼットにも服があるし、帽子やネクタイ、靴だって半端じゃないほどある。

 男一人暮らしの1DKというよりは、まるでウォークインクロゼットの中で生きている気分だ。

 

 「ま、いっか。 どうにかなるでしょ」

 オレは実に能天気だった。まあ、金なら他に借りる当てもあるしね。

 毎月服や小物に金を費やすため、ギリギリの家計でやりくりしているオレだったが、サラ金から金を借りるのは最後の手段だと思い、いつも友達に金を借りていた。

 

 その時だった。スマホに電話が入ったのは。

 


 「あ、もしもしオレだけど……」

 『稔! お前いつになったら金返すんだよ!』

 こないだ三万を借りた哲也の声だった。いきなり名乗りもしないで、なんと不躾なことだろうか。

 「ごめんごめん、来月給料入ったら必ず返すからさぁ」

 いつものように借金のことは流そうとした。わりかしボーッとしている哲也には、これでごまかしが利くのだ。

 『何言ってんだよ、いつもそうやってごまかして結局服か酒に使っちまうだろうが! こっちだってバイトでギリギリの生活送ってんだぞ。 今すぐ払わねーんだったら、お前のバイト先にチクってやる!』

 だが今日の哲也は引き下がらなかった。

 そりゃそうだ、今回の三万の他にも哲也にはいろいろと借りがある。

 「悪かったって、本当に今月ピンチなんだ。 来月こそは絶対払うから、本当に勘弁して」

 哲也はまだグチグチと続けたが、ようやく観念して電話を切った。




 「はぁ、マジで来月返さなきゃまずいな……」

 先ほど借りる当てがあるとは言ったが、実のところそれは哲也のことだった。

 オレは何人もの友達に金を借りたままにしており、結局返すことができず、その度に絶交させられている。哲也は友人達の中で一番人のいい性格で、最後までオレの返済を待ってくれていた。

 だがこのままだと哲也からも見放され、いよいよ金を借りる当てがなくなるだろう。


 「まいったな、どうしよう。 正直言うと来月分はカードの返済にもあてなきゃならんし、それと光熱費でほとんどなくなる……ああッ……」

 オレは頭を抱えた。

 まあいくら考えたところで金ができるわけでもない。とりあえずビールでも飲んで落ち着くか。


 オレは服の波をかき分け、小さな冷蔵庫から缶ビールを取り出した。そしてテーブルの上に置いてある、ファション誌を開いた。

 「なになに、『女にモテすぎて困っちゃうジャケット』……五万円か、うーん欲しいな……」

 いかんせんモデルが着ているとかっこよく見えてしまう。

 オレは性懲りもなくファッション誌の情報から、あふれ出る物欲を刺激させた。



 何故オレがこんなにも服に金をかけるかだって?

 そんなもん理由はただ一つ。


 女にモテたいからだッ!




 オレは可愛い女やキレイな女が大好きだ。それは全世界中の男共がそう思っていることだろう。

 だが、オレは特別に可愛い女が好きだった。それも、普通の可愛い女じゃない。モデルタイプの、オシャレで、華やかで、とても一般人が手に入らないレベルの女の子が好きなんだ。



 しかしそういうレベルの女をつかまえることは並大抵の努力ではない。

 そういう女に釣り合うだけのファッションセンスを身につけることはもちろんのこと、会話術の勉強や服を似合わせるための体型作りと様々な工夫が必要だった。

 オレはそのためなら借金してでも最新流行の服を買うし、女が好きそうなカフェや雑貨屋のチェックや、女に好まれる髪型のメンテナンスに余念がない。

 そうして努力を重ねた末、顔面レベルで言えばフツメンクラスでも、声をかけて十人中、七人ほどは女が寄ってくるようになった。


 何のために田舎から出てきたと思っている? 都会の方が、明らかに美人の数が多いからだよ。




 オレは早速今つきあっているマドカに電話をしてみた。

 「もしもしマドカ? オレ、稔だけど。 うん、今日一緒に晩御飯どう? お前の好きそうな店見つけてさぁ」

 もちろんマドカもオレが見込んだ、最高レベルのかわいこちゃんだ。職業はかけだしのアイドル女優をやっている。

 「ああみのりん? 悪いんだけどさぁ、今日ドラマ撮るから会えないわ。 ごみぇ~ん」

 「えー、一時間ぐらいは出てこれるだろう?」

 「無理~。 だってぇ、行き帰りの時間もあるっしょぉ?」

 「だったらオレが近くまで行くからさ~。 な、いいだろ?」

 「だーめ。 今回マジ脇役だけど人気ドラマなんだから。 視聴率上がったら私の人気も上がるかもしれないっしょ? みのりんばっかに構ってらんないの」

 「脇役なら尚更いいじゃねーか。 べつにお前がいてもいなくてもさして変わらねんだろ?」

 「やだぁ、しつこぉい。 どーせみのりんエッチなことでも考えてるんでしょー。 今日は無理無理、今度かあいがってあげっから。 ホント今日忙しんだって。 じゃ、またねん」

 「あ、ちょっと……」

 一方的に切られてしまった。エッチなことを考えていたのは確かだが。


 「クソッ、あのバカ女……」

 何がドラマだ。ドヘタな大根役者で、いつも大した役なんてあたらないクセに。

 女は顔で選んでいるのだが、引っかかるのはいつもこんなんばっかだ。




 「そろそろ潮時かな……」

 オレは学生時代の沢田先輩に誘われ、居酒屋に飲みに来ていた。

 「何言ってんだよ、マドカちゃん忙しいんだから仕方ねーだろ?」

 沢田先輩はビールジョッキを仰いだ。

 沢田先輩は学生時代、一番オレを可愛がってくれて、悪いこともたくさん教えてくれた、所謂悪友でもあった。

 現在沢田先輩は昔ワルだった面影もなく、真面目にサラリーマンをやっている。今つきあっている人と結婚を考えているそうだ。

 「へへっ。 実はね、マドカの収録についてった時に俳優のマネージャーやってる若い女と知り合いましてね……この子が何で芸能界入りしないの!?ってぐらいのすんげー可愛い子なんすよ! オレこの子とラインで繋がってて結構好感触なんすよねー」

 はっきり言って、マドカよりキレイな女だった。今マドカとつきあっているのはある意味保険であって、できればこの子に乗り換えたいと思っている。


 沢田先輩は溜息をつきながらジョッキをテーブルに置いた。

 「お前なぁ……面食いなのもわかるけど、いい加減にしろよ。 もうお前も結構いい歳じゃないか。 そろそろ顔だけじゃなくて、相手の尊敬できるところとか、そういう内面も見て判断していかないとダメだと思うけど」

 「え~沢田さん、なーに、説教っすかぁ?」

 オレは大分酒が入ってて、軽く酔っていた。

 「べーつに説教じゃねーよ。 たださ、お前も少しは年相応に落ち着けって言ってんの。 オレも社会人経験してやっとわかったけどさ、やっぱ女は顔だけじゃねーわ。 まぁ、オレも美人は好きなんだけど」

 沢田先輩は自分で言ってゲラゲラ笑っていた。

 「ほら~沢田さんだって、面食いじゃないっすか」

 「んなこと言ったって男なんだからしょーがねーだろ。 でもま、オレの彼女もさぁ、顔も結構かわいいんだけどね。 でもやっぱオレや誰に対しても優しくて、気配りできるところがすげー好きなんだわ。 ああいう女に家にいてもらいたいね、うん」

 「うわーノロケっすか沢田さん!」

 オレが冷やかすと、沢田先輩は「うるっせ」と言って照れ隠しにオレの顔をつねった。


 「とにかくさ、お前マドカちゃんを大事にしてやれよ」

 沢田先輩はオレに酒代と帰りのタクシーを奢ってくれた。

 「はいはい、わかってますって」

 オレは適当に返事をして、タクシーに乗り込んだ。



 まぁ、先輩の手前マドカをぞんざいな風に言えないが、本当のところどうだっていい。

 だってマドカより可愛い女なんていくらでもいるのだから。


 沢田先輩だって美人と見りゃ誰彼構わず声かけてたくせに、妙にオッサンくさくなって落ち着いちゃって。昔は悪いことしてかっこよかったのに、なんだかつまんなくなっちまったなぁ……。

 



 ふとスマホを見ると、前知り合った女マネージャーからラインが入っていた。

 『カオリです。 明後日あいてますか? よかったら一緒にご飯どうですか?』

 やった! ついにお誘いが来た!

 『こんばんは。 明後日あいてますよー。 何時頃ならいいですか?』

 オレはすぐに返事を出した。

 『ランチでいいですよね? お昼頃駅で待ち合わせましょう』


 いよっしゃあぁぁぁ!

 カオリちゃんと初デートッ!何度もアプローチした甲斐があったというものだ。この達成感!これぞまさに男の喜びッ!まあ、まだ食事だけだけどね。


 次の日、オレは紳士服ショップのバイトをしながらも、頭の中はカオリちゃんのことで頭がいっぱいだった。もう、仕事にならなかった。

 「早く明日にならねーかなぁ……」

 明日は何を着て行こう。いっそのこと服を新調しようか。カオリちゃんには一番かっこいい自分を見てもらいたい。

 

 そんなことばかり考えているので当然仕事は失敗ばかり。

 マネキンは倒すし、会計は間違えるし、お客さんの話は聞いてないしで、店長に怒られまくった。

 「お前、そんなことばかりしてたらクビにするからなッ」

 「…………すみません」

 でも、怒られても全然へーきっ。明日はカオリちゃんとデートだから、もうウキウキ。

 しかし問題はこのままだとマドカと二股になってしまうことだなぁ……。まあ、その内上手くマドカとは縁が切れるっしょ。後で、考えよう。

 



 夕方バイトから帰り、アパートの二階に上がっていくと、哲也が部屋の入口の前で座り込んでいた。

 「哲也? 何してんの」

 「おかえり。 随分遅かったな」

 哲也は安っぽい量販店で買ったようなジャンパーを着ていた。

 「お前がちゃんと真面目に働いてんのか、様子を見に来たんだ」

 「なんだよ、余計なお世話だっつーの」

 オレが笑いながら言うと、哲也はいたって真面目な顔で言った。

 「お前は何だかんだ言って飽きっぽいところがあるからな。 バイトもキレイな仕事じゃなきゃすぐやめちまうし。 真面目に働いてくんなきゃオレへの借金だって返せないだろう?」

 「なんだ、それで来たのかよ。 心配性だな、おめぇは。 大丈夫だって、ちゃんと働いて来月には返すんだから」

 「何が心配性だよ。 そう言っていつもいつも返済先延ばしじゃねーか。 今度こそ待たねーぞ」

 全く、相変わらず細かいヤツだ。オレだって今回ばかりは返済を先送りできないことぐらい、わかっている。


 「はいはい、わかってるよ。 ところでさ、お前随分安っぽい恰好してんな。 オレのいるショップ店員割引で服買えるんだけど、よかったらどう?」

 「いらねーよ、服なんか。 だいたいお前がそれを言えた立場かよ」

 痛いところを突かれてしまった。

 「それにな、お前服に金かけすぎだろ。 余計なお世話かもしんないけどさ、服屋で働いてたら余計服に金かかんだろうが。 もうちっと考えろよ、貧乏なんだから」

 「何だよ、お前には関係ないだろう。 ちまちまうるせぇな」

 全く、哲也のお節介にはホトホト呆れる。

 「関係なくねーよ。 オレだってお前に金返してもらわなきゃ困るんだから。 生活に困ってるって言うから仕方なく貸してやったのに、それを何だお前は」

 「…………」

 哲也は「ハア」と溜息をついて、さらに続けた。


 「……モテたいのもわかるけどさ、お前がいくら着飾ったって、結局お前と似たような感性の女しか寄って来ないだろうが!」


 オレはこれを聞き、黙っているわけにはいかなかった。

 「ハァ!? 女のことは関係ねーだろ!」

 「関係あるね! お前なんていっつも女・女・女のことばっかりだろーが! それをどうにかしない限り、お前の浪費癖は直らねーよ!」

 言いたいことを言わせておけば、哲也のやろう……。




 哲也が帰った後も、オレは自分が侮辱された怒りを静めることはできなかった。

 オレみたいな感性の女ってどういう意味だよ。みすぼらしい恰好しやがって、クソッ。あいつみたいにただ真面目なだけで、面白味のないヤツ、オレみたいなセンスのいい友達がいるだけでもありがたく思えってんだ。

 まあいい。明日はカオリちゃんとの記念すべき初デートが控えている。最高のコンディションで過ごすためにも、今日は早く寝なければならない。

 哲也のことなんか、忘れよう。




 翌日、オレは自分が考えうる最高のコーディネートで駅の人ごみに立っていた。待ち合わせより三十分早く来てしまったが、相手を待たせるのは礼儀に反する。でも、張り切っていると思われるのも恥ずかしいから、五分ぐらい前に来たことにしよう。

 そう考えていると、五分と経たない内にカオリはやって来た。

 「こんにちは! アレ? もう来てたんですか?」

 カオリは実にラフな格好で来ていた。下はジーンズとサンダルだし、上はシンプルなデザインのカットソー。これでは何だかオレの方が明らかに気合が入っている。

 「あー、うん。 先に用事を済ませていたからついでにね……」

 とっさの言い訳。女より遥かに早く待ち合わせに来る男なんて、格好悪すぎる。

 「そうだったんですか。 やだー、私すごく楽しみで早く来ちゃったから、稔くんも早く来てくれたのかと思っちゃった」

 カオリは頬を染めながら、そう言った。

 何と可愛くて、素直な女の子だろう。これは、当たりかもしれない。

 「あ……お、オレも結構楽しみにしてたかなーなんて……」

 カオリに言われたことを鵜呑みにし、自分もつい正直に言ってしまった。

 「キャー嬉しい! お揃いですね!」

 笑顔で言われて、オレは舞い上がった。こんなこと言われて、ときめかない男がいるわけない。

 「行きたいとことか、ある?」

 「どこでもいいの? 私ね、創作イタリアンのお店知ってるの!」

 そう言って、カオリは店まで案内してくれた。


 ほらね、性格もいい。

 そうだよ、極端に顔で選ぶか、性格で選ぶかなんて考えなくたっていい。顔も性格もいい女を選べばいいことじゃないか。うん、オレって頭イイ。

 

 その後、オレはカオリとイタリアンの店で料理と会話を楽しみ、ショッピングにも繰り出した。

 店はもちろん、オレが事前にチェックしていた女が好きそうな雑貨の置いてあるショップだ。

 「わぁ、かわいい。 ねぇ、私こういうデザインのブレスレット好きなの」

 カオリがブレスレットを手に、オレに見せてきた。

 「ホントだ、かわいいね。 カオリちゃんによく似合うよ」

 べつに女のアクセサリーなんて興味はないが、女は自分の好きなものを褒めてもらえると非常に喜ぶ。

 「ホント? うれしーい。 あ、でも結構高いなぁ」

 カオリはブレスレットを見ながら、うーんと悩んでいた。

 正直言って今月は本当にキツイ。ねだられたらどうしよう……。そう思っていると、カオリは潔くブレスレットをディスプレイに戻した。

 「えーい、来月給料入ったら一番に買いにこよっと!」

 そう言い、くるりと引き返した。

 「何してんの、次行くよ~」

 カオリはチャキチャキと次の店に向かって歩き出した。

 オレはこの時、本当にホッとした。よかった、カオリが傲慢な女じゃなくて。

 マドカなら買って欲しいとしつこくねだるとこなのに。それもこれも顔がいいから許してきたのだが。




 カオリと過ごす時間は本当に楽しかった。一緒に買い物していても、自分の荷物は自分で持つし(もちろんオレが持つと勧めたのだが、断られた)、自分の行きたい店だけではなく、オレの買い物にも快くつきあってくれた。会話だって、オレの話をよく聞いてくれるし、コロコロよく笑ってくれる。

 はっきり言って、今まで出会った女の中で一番いい女かもしれない。カオリとなら、やっていけそう。


 「じゃあ、三時に七階の喫茶店で待ち合わせね」

 オレ達はファッションビルの中に来ていた。カオリはレディース服を見に行きたいと言い、オレは本屋で雑誌を見たいということで、一旦お互いの買い物を済ませてから、また待ち合わせをすることにした。

 「オッケ。 じゃ、また後でな」

 オレはあと三回ぐらい会えば、カオリを部屋に連れ込めるかもしれないなどと企みつつ、意気揚々と本屋に向かった。

 そこの本屋に着くと、早速オレはお気に入りのファッション誌を立ち読みし始めた。今月分のは苦しくて買えなかったが、ここで立ち読みして済ませよう。


 ページをめくっている内に、また沸々と服が欲しくて欲しくてたまらなくない気持ちが湧いてきた。

 自分をかっこよく見せてくれるもの、自分に女を引き付けてくれるもの、そういうファッションを見ては、湧き上がる欲望を制御する。その繰り返し。

 女の好きそうなモデルが着ている服、こんなの着たらオレもかっこよく見えるはず。欲しい。でも、金がない。


 今までは人に金を借りてまで服を買っていたが、そろそろ限界だろう。哲也にだって返さなきゃならないし、沢田先輩にだって借りはある。いくら女が寄ってきたって、友達をなくしていくのは精神的にダメージも大きい。

 ここは我慢するしかないのだろうか……。


 ふと、哲也の言葉を思い出した。

 『お前がいくら着飾ったって、結局お前と似たような感性の女しか寄って来ないだろうが』

 へへっ、カオリは中身もいい女だよ。哲也め、ザマーミロ。




 その時だった。

 メンズファッション雑誌コーナーの向かいに、女性の顔が見えた。

 女はオレの見ている棚の裏側にある、女性ファッション誌を読んでいる。

 オレは女の顔を見た瞬間、バッサリと雑誌を床に落とした。


 女はカオリよりも、ましてやマドカよりも超絶美しい顔をしていたのだ。


 オレは雑誌を拾いつつ、うろたえた。

 この世にこんなに美しい女性がいたなんて。


 なんとしても自分の女にしたい、この女に釣り合うような、かっこいい男になりたい。



 そう考えている内に、後ろからカオリの声が聞こえた。

 「ごめんね、待った? やー実はあんましかわいいのなくてさ、今日は買うのやめようと思って戻ってきちゃった」

 オレは振り返り、カオリの顔を見た。

 なんだか急にカオリが可愛いと思えない。色あせたような気もするし、魅力も感じない。


 「……稔くん?」

 カオリは不審そうにオレの顔を見ている。

 ふと、横目で向かいに立つ女を見た。長いまつげ、ピンクの唇、髪を耳にかけるしぐさ、大きすぎず、小さすぎない胸、短いスカートからにょっきり伸びた美脚。

 やはり、カオリよりずっと美しかった。


 「カオリちゃん、ごめん。 また今度会おう」

 そう言ってオレはカオリから離れるため、走って店内を出た。

 「え! ちょっと、いきなり何!?」

 カオリは動揺していたが、オレがすぐに走っていったので、どうすることもできずポカンと突っ立っていた。

 

 オレは走り去ったフリをして、同じ階の違う店舗に潜んでいた。そして、カオリが帰った頃を見計らうと、またさっきの本屋に戻った。


 雑誌コーナーに行くと、美女はもうどこかに消えていた。

 「あ~ちくちょう!」

 あと数分早く戻っていたら、声をかけられたのかもしれないのに。落ち込んでいるところへ、カオリからラインが来た。

 『いきなり帰って、どうかしたの?』

 急に帰ってしまった身勝手なオレをいきなり責めたりしない。なんていい女だろうか。




 ああいい女。本当にいい女。

 でも、もう興味がない。


 『ごめんね、急用を思い出したものだから。 この埋め合わせはまた必ず』

 適当に返してみる。

 『そうか、用事なら仕方ないよね』

 カオリがそう返し、オレはそれ以上ラインを送ったりはしなかった。


 きっと今後、カオリとのつきあいは続くのだろう。でも、なんでかな。オレはいつも他にキレイな女を見ると、どうしてもそっちの方がよく見えてしまう。

 もっとキレイな女に、よりキレイな女に。その欲望が尽きることはない。




 結局女は見た目が全てだろう。中身なんて、どうだっていい。

 オレの美意識を満たしてくれる、そんな人が現れるまで。




 オレは心から女を愛することができないのだから。




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