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第一話『思いがけない出会い』


 第一話


 全体を金色で統一した室内に、落ち着いた表情でぴんと背をのばした、鴉の濡れ羽色の髪の青年が、柔らかな色合いのクッションに腰掛けて座っていた。

 年の頃はまだ若く、されど幼くはない、精悍な若者だ。

 その隣には銀色の髪の、おそらくは北方の出身だろう青年が落ち着かなげに座っていた。

 黒髪の青年を香蘭と言った。四つある国を束ねる皇帝家の第四皇子である。その連れの銀髪の青年は、弦丞と言った。本来は北方の国の王子ではあるが、十二人いる王子の九番目であるために、父の地位を継ぐには望み薄と考え、皇帝家との間を繋ぐ使者としての責務を負っている。


 二人はある人物を待っていた。


 そのある人物とは……



「陛下。」

 重い木の扉が開いて入ってきたのは、現皇帝の父にして先の皇帝・槐苑だ。今は上皇として離宮で暮らしている。

「会わせたい方がいらっしゃるようで。」


「おやおや、さっそく本題に入るのかい、もう少し、父と雑談をしたいとは考えないのか?」


 少しばかり他人行儀に話し掛けて、父親とよく似た、しかし、どちらかといえば美貌と名高い母親の血の方をよく受け継いでいる顔を、わざとしかめてみせた。

 父親もそんな息子の態度には慣れているようで、軽く返してくる声はあくまで楽しげだった。


 二人の傍らで黙っているしかない弦丞にも、この親子は仲が良いようだと思えた。

 それと同時に、最近貴族の間で囁かれている噂も真実みを増してくる。

 その噂というのが、現皇帝と先の皇帝の不仲説なのだ。

 現皇帝には母親の違う弟が三人いる。一人はもちろん香蘭だ。あとの二人は双子で、峯毅と璃峯と言った。

 双子の母親は峯佳と言う。南国の姫君であったものだ。 血筋からいえば、現皇帝の母は北国の王の娘であったのだから勝とも劣らないのだ。

 そこに、香蘭の母・沙珠が男の子を産んだことによって、なんとか均衡を保っていた勢力図が、崩れ始めたのである。

 香蘭の母は貴族や平民という身分によって分けられない、巫女のひとりであった。

 巫女といっても、沙珠は中間くらいの階級にいた巫女であったので、世俗がえりがなんとかできた。 世俗がえりとは文字通り、巫女としての自分を捨て、世俗の中で生きることを言う。巫女はある程度の階級までいくとこれを許されるのだ。

 世俗がえりをした巫女はあまり多くない上に、清浄な空気を保つ神殿の中で暮らし続けた結果、世俗の空気に馴染めないことが多い。沙珠が槐苑と添うためにはいくつもの苦しみと痛みを要したが、その全てを引き替えにしても余りあるほどの幸福だと沙珠は微笑んだそうだ。

 優しく美しき沙珠を、槐苑は誰よりも愛した。

 それが、一つの因縁を生み出した原因でもあったのだ。


 弦丞は、父親と語らう息子の姿が何の影も帯びていないのは、たとえ辛く苦しくとも、父母の惜しみない愛情が存在したからなのだろう。

 皇帝と上皇の不仲は、父に愛される弟を見ながら歪んだ感情を育んでしまった結果なのだ。


「父上はいつもその事ばかり言うのですね。」


 父親の若々しい顔を見ながら、苦笑いしか出てこない。


「息子の近況を知りたくない親がどこにいる。どんなときでも知りたいものさ。

 それに、沙珠も一緒に来たがったが、連れてこなかったのは、何故だと思う?」


 若い二人はわずかに変わった権力者の声に、緊張の色を濃くした。

 穏やかで微笑みを絶やさないいつもの上皇だが、近しいものには分かる変化だ。


「私がおまえに紹介したかったのだ。おまえがその人をどうするか決めなさい。」


「どうゆう意味なのです。私には人のことを決められるほど偉くも賢くもないのですよ。期待してくださるのは結構ですが、期待するのも無駄というもの。」


 息子の即座の反論にも、父親であり上皇である槐苑は、穏やかな笑みを崩すことなく見つめた。


「確かに人のことを決める権利は誰にもない。しかし、沙珠が私を信じて人生を委ねてくれたように、今からおまえに紹介する人は、おまえをいつまでも、どんなことがあっても信じてくれる人だ。」


 父の言葉は不思議と受け入れ易さをもって響く。その声が、異母兄弟に嫉みや憎しみをぶつけられても、それでも父を尊敬してきた所以だ。


「……わかりましたから。わかりましたから、そんな目で見ないでください。」


 情けない声が出てしまうのは仕様がない。尊敬していても食えない親父だ。本人に言ったら物凄い勢いで怒るだろうけど。


「それでこそわが息子だ。」


 にこにこした顔でそんなことを言われても、苦笑いしか起こらない。


「それじゃ、彼女を呼ぶよ。」


「彼女?」


「おまえに会わせたい人が男だと思っていたのか?」


「……新しい侍従を紹介してくれるものだとばかり…」


 しかめられた顔を見て槐苑は笑った。

 まぁ、良いじゃないか。と、香蘭の肩を軽く叩くと、半分開けたままだった扉を完全に開け放した。


 そこにいたのは、予想とはまったく違った人物だった。


「……巫女?」


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