第八節:殺人機
「火のような接吻のない恋は、あって甲斐なきものだ」
口癖のようにそう言い続けていたガブリエルは、ある日ついに谷底に身を投げて、己と己が身を破壊してしまった。クリスチーヌからの飛電を受け取ったジャック・コータンタンはサン・ルイー中洲からアルプス山中へと駆けつけた。
波乱重畳、幾度が絶望の深淵に投げ込まれたコー・タンタンはついにクリスチーヌと結婚することとなり、山村ペイラ・カヴアの名もなき開業医として静かな生活を送っていた。
それから二年後、二人の間に玉のような男の子が生まれた頃には吸血鬼クールトレエ伯爵や活人形ガブリエルの噂なども遠い昔の物語であったかのように人々の頭から消え去っていた。
ガストン・ルルー『吸血鬼』より
第八節:殺人機
その男は己が作り出した生命の多くを、宗教者たちに殺されていた。彼らは人が生み出した命を認めず、神の威厳を盾に、神の名の下に惨殺した。人が神と同等の存在となることを喜ぶこともなく、ただ恥とするのが彼らの在り方だった。
故に彼は悪魔に魂を売った。自分の研究の為であれば神も悪魔も怖くはなかったが、神の力を借りることだけは厭われた。そしてその男、ロドルフ伯は悪魔との契約により永遠の命を手に入れ、夜を失った。
丁度、その頃だった。彼が最愛の人を手に入れ、そして失うこととなったのは。
もう百年以上も昔のこと、ロドルフ伯は死者を蘇らせる研究をしており、ドイツはハイデルベルクの外れに構えたラーフェンスブルク城にて、付近の小さな村から攫ってきた死体を蘇らせた。彼女はベルタといい、そんな田舎の村には似合わぬこの上なく均整の取れた体つきと美しい顔立ちをした娘だった。
ロドルフ伯が長年の研究によって作り出した霊薬により生まれ変わった最初の人間が、彼女だった。新たな命を得たベルタはロドルフ伯を無心に愛してくれた。そして、彼もまたベルタをただの実験体ではなく、一人の女として愛した。
今思い返すならばそれは幸せな日々であったろう。だが神に仕えるものたちは、そのささやかな幸せさえも許そうとはしなかった。
霊薬で蘇った故、ベルタは人の血を飲まねば体を維持できないという欠点があった。彼女はそれをロドルフに話さず、彼の体が骸骨へと変化してしまう夜になると村へと下って血を集めていた。それが村人たちによって知られたとき、破滅は訪れた。
村人たちは暴徒と化し、城に攻め込んできた。ロドルフはベルタとともに必死で抵抗した。しかし無情にも夜はやって来た。ロドルフの体は悪魔との盟約通り骸骨と化し、そしてベルタは、その夜の間にベルタはその胸に杭を打ち込まれ殺された。そして、ラーフェンスブルク城はあの村人たちによって火に包まれ、焼け落ちた。
陽光の下、蘇ったロドルフがその光景を見たときの喪失感は言葉には言い表せぬものだった。それから彼はその場所から姿を消した。彼は知ったのだ。ベルタを殺す為の方法を村人たちに教え、そしてあの城に火を放つことを助言した神父が、イタリアにいることを。
その名はセラピオン。かつて多くの魔物たちをその手に掛けた、神の従順な手駒だった。そしてセラピオンは若いころ、ヨーロッパ中の魔物たちを殺して回っていた。ベルタもその犠牲となったのだ。
ロドルフはその不死の命を持って長い時間を掛けセラピオンのことを調べ上げた。城を焼かれたことにより彼の研究の多くは失われていた。それでも彼はイタリアにて新たに小さな城を立て、そこでまた実験を続けた。そして、セラピオンを殺すために様々な人造の魔物を造り上げた。
その多くはセラピオンとその弟子たちによって殺されたが、多くの彼の弟子たちを葬りもした。しかし、セラピオンを殺すことは遂にできなかった。あの男は老衰で穏やかに死んだ。あれだけの怨みを背負いながら、幸せに死んだ。それがどうしても許せなかった。
故に、ロドルフの復讐は未だ続いている。あの男の元で魔物殺しを学んだものたちは未だ残っている。その一人、ロミュオーという男がヴェネツィアにいた。彼はセラピオンに魔物を殺す術を教わってはいなかったようだ。だから容易に殺せると踏んでいた。しかし彼を守るように、今度はあの忌々しい始祖種の吸血鬼が現れた。
高級娼婦クラリモンド。あの女がなぜ敵であるはずの神職者を庇うような真似をするのかは分からないし、知ったところで意味もない。問題は始祖種の吸血鬼が魔物の中でも上位の力を持っているということだ。人造の魔物ではオリジナルの魔物であるの女に勝つことは難しい。
だからロドルフはあの人造人間ガブリエルを使うこととしたのだ。普通の生物に比べ遥かに頑強な体を持ったこの怪物を。一度目の戦闘では斃すまでには至らなかったが、しかし手応えはあった。
あのクラリモンドを逃亡させ、その上傷の一つさえ負ってはいないのだから。これならばあの売女を葬ることができる。
「ガブリエル、行けるな」
ロドルフは直立不動で彼を見下ろしている人造人間に向かって問うた。大男を模した機械は、ただ無言のままに頷く。
この男の頭には人間の脳が詰まっている。言葉を交わす機能が備わってはいないが、この酷く損傷した脳を再生する際に少し細工をしていおいた。そのためこの男にはほぼ自我というものが残っていない。
故に命令に意のままに従わせることができる。ロドルフはガブリエルの腕を叩いた。
「次こそはあの女の息の根を止めるのだ」
「ふむ」
クラリモンドの話を聞き、ドリアンは顎に手を当ててそんな間の抜けた声を出した。
「ふむ、じゃありませんわ。実年齢は老翁の癖に、そんな意味のない言葉しか吐けませんの?」
「年齢のことで君に何かを言われる謂れはないが、まあ心当たりはある」
ドリアンはパイプを燻らせながらそう返す。クラリモンドは先の戦いで酷使してしまったレ・マット・リボルバーの銃身を布で吹きつつ、ドリアンの言葉を待つ。
「今から数十年前、パリの方である一人の科学者によって製造された人の形をした機械が暴れ回った事件があってね。俗に殺人機事件などと呼ばれているが、あの怪物は確か逃亡したまま行方が分かっていない。その容姿は、まあ僕や君ほどではないと思うが異様に整っていたというし、相当な体躯だったようだ。それは君の目撃談と一致する」
「つまりその殺人機がまた現れたという訳ですの? でもあたしそんな物騒なものに襲われるようなことをした覚えはありませんわ」
クラリモンドは口を尖らせた。その人造人間を作り出した人間をここに呼び出して頭を吹き飛ばしたい気分だったが、今はそんなことを悠長に考えている場合ではなかった。
それが機械であるならば、あの人為的に怪物を作り出しているどこかのマッドサイエンティストが何らかの手を加え、自分を襲うように仕向けた可能性は十分にある。そうであればロミュオーもまた多分に危険だろう。本来の目的はロミュオーであるのだから。
「その人造人間に、何か弱点はありませんの?」
「弱点と言えるかは分からないが、ガブリエルはその全てが機械でできている訳ではない。その頭の中身だけは生きた人間の脳を使っているそうだよ。まあ、そこを壊すことができれば流石の機械人間も止まるんじゃないか?」
そう答え、口元に生え揃った髭を撫でながらドリアンは付け加える。
「それに、彼には恋人がいたそうだ。体が機械でも、脳味噌が人間であれば恋をすることもできるのだろう」
そう彼は悪戯ぽく笑った。しかしクラリモンドはさして興味もなさそうにその表情から顔を逸らした。
「あなたの言いたいことは大体分かりましたわ」
銃口に息を一つ吹きかけ、クラリモンドはそう素っ気ない声で返した。ドリアンの言う通りあの冷たいゴーレムのような化け物の頭に人間の脳が詰め込まれているのなら突破口は開ける。物理的に勝つのが難しいのならば、精神を揺さぶれば良い。
始祖の吸血鬼が持つ力が肉体的なものだけではないことを知らしめてやらねばならない。あの殺人機に、そしてそれを裏で操る怪物に。
クラリモンドはリボルバー銃をホルスターに仕舞い、立ち上がる。
「僕が手を貸すまでもない、という態度だね」
「当り前ですわ。このあたしを誰だと思って?」
この男の手を借りることはプライドが許さない。いや、一度負けた相手に他者の手を借りて挑むなどこのクラリモンドの名が廃る。
自分はいつも一人で乗り越えて来た。打ち勝ってきた。今度もそうでなければならない。それがこの、クラリモンドの生き方だ。




