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月影の下に魔は出ずる  作者: 朝里 樹
第二章 血は命の水だから
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第五節:人狼の呪い

満月の夜、呪われた野獣の血が目覚める…。


映画『吸血狼男』より


第五節:人狼の呪い


 ベルトランという男はフランスのとある田舎の村にて生まれた。その出生は、まだ一五にも満たない少女が村の神父によって凌辱されたことが要因だったという。そして少女はクリスマスの夜に一人の男児を生んだ。

 男児はベルトランと名付けられ、母親と、母が引き取られた家のものたちに育てられた。しかしその誕生は、狼の霊の呪いによって祝福されていた。彼はただの人間ではなかったのだ。

 少年時代、彼はふとしたきっかけによりまず動物の血の味を覚え、夜な夜な家を抜け出しては家畜や野生動物を襲ってその血を啜るようになった。最初は彼もまた自分が行っていることが現実だとは分かっていなかったようだ。夢のようにおぼろげな意識の中で、彼は本能のままに狩りに興じていた。

 しかし彼を父親代わりに育ててきたエマールという男がベルトランの異変に気付き、そして彼がしでかしたことを知ってしまう。エマールはベルトランがこれ以上罪を犯さないように対策を練った。夜の間には彼の部屋に鍵を掛けて監禁し、そして生肉を与えてその欲を満たそうとした。それでしばらくの間は平和は保たれていた。

 だがベルトランの本能はそれでは収まるということはなかった。きっかけは彼が医者の国家試験を受けるためにこのパリに赴いたこと。それはベルトランが独り立ちするための一歩目となるはずだった。だが彼はそこで友人の勧めるままに娼婦を買い、そして人狼の本能を抑えきれずその肌を傷付け、そして人の血の味を覚えてしまった。

 それから彼は一度村に戻るも人の血肉と女の味が忘れられず、再び生家を抜け出してパリへと渡った。その途中、ベルトランは初めての殺人を犯したらしい。被害者は彼の幼馴染で、同じく医者を目指していた友人だった。

 ベルトランはそれにより村に帰る術を失った。彼はパリにて軍人として暮らしながら、狼男として夜な夜な事件を引き起こした。だが彼の凶行はある人物との出会いによってまた一度収まることとなる。その人物は、ソフィーという名前の女だった。

 彼女と出会い、恋に落ちたベルトランはそれから殺人を犯さなくなった。だがそれはソフィーとの出会いが彼を変えたというよりも、彼女が自らの体を傷付け、彼に血を与えることでその衝動を抑えていたといった方が良いだろう。

 それでも二人にとっては幸せだったのだろう。血を与えるものと与えられるもの。二人は愛し合っていた。だがベルトランはとある傷害事件を起こしたことで軍法会議にかけられ、最終的には人狼である彼が新たな事件を起こすことを恐れたエマールにベルトランの異常性が訴えられ、そして彼は叔父の手続きにより精神病院に入れられることとなった。

 だがその環境は劣悪だった。監禁され、暴力に晒され、更に彼が暴れるのを防ぐために麻薬漬けにされたことによって彼の狂気は増幅され、そして彼はある夜、看守を殺してその病院を抜け出した。




「これが叔父として、また父親代わりにベルトランを育てていたエマールという男が書き残したベルトランの記録の概要だ。病院を抜け出した後、表向きには彼は一応死亡したと報告されていたようだけど、彼の墓を暴いてみると犬の死体しか埋められていなかったらしい」

 そう言って、レオンは机の上に古びた報告書の束を投げた。その表紙には、確かにベルトランとエマールの名前が記されている。

 クリスチーナはぱらぱらとそれを捲り、そしてテーブルの上に置いた。彼の話が嘘でないことが分かればそれで十分だ。そこまでそのベルトランとやらの過去に興味もない。

「それで、あんたはなんでまたそのベルトランを追ってるの? あんたもあいつに誰か殺されでもしたの?」

 クリスチーナは足を組み直しながらそう尋ねた。同じ狼男である彼が何故ベルトランを狙っているのか、その目的が彼の話からは見えてこない。

 クリスチーナの言葉に対し、レオンは首を横に振った。

「いや、そうじゃない。個人的な恨みがある訳ではないんだ。ただ、同じ呪いを背負ったものとして、欲望のままに人を殺し続けるあいつが許せない。それに普通の人間じゃ彼を止めるのは不可能だ。だからベルトランと同じ存在力を持つ僕がやらなければならないんだ」

「ふ~ん、そういうこと」

 クリスチーナはレオンを眺める。彼が自分の身に降りかかった呪いに悩んだ結果、選んだ道が自分と同じ人狼から人々を守ることだったということか。もしかしたらそれは過去に彼が起こして来た行為への贖罪も含まれているのかもしれない。女吸血鬼は目の前の生真面目な狼男を見つめ、そう思う。

「あんたに勝てる見込みはあるの?」

「それは分からない。だが彼は正気を失っている。放っておいては危険過ぎる。原因は恐らくエマールの記録にあった、ベルトランが押し込まれた精神病院なのだろうと思う。あそこで彼の心は完全に壊されたんだ」

 まるで同情するような口ぶりだった。クリスチーナは目を伏せたレオンに問いかける。

「じゃあ、そのベルトランとかいう犬が人を襲うのはただ腹が減ったからとかではないって訳」

「多分ね。彼があの病院を抜け出したのも隣の房に入れられていた女性を連れてのことだったし、今彼が襲うのは若い女性ばかりだ。だからベルトランは離れ離れになったソフィーという女性という女性を探し続けているんだと思う。もう彼女は死んでしまっているのに」

 クリスチーナは紅い目を細める。つまり昔の彼女を追い求めて関係のない女を惨殺しているということか。ベルトランの過去に同情できる部分がない訳ではないが、かなり迷惑な話ではある。狼男に殺されるのは、彼とは無関係な女たちばかりなのだから。

「救えない男ね」

「そうさ。だから僕がやるしかないんだ。もう彼に殺しをさせないためにも、彼に殺される人たちを無くすためにも」

 レオンは言い、立ち上がる。案外背が高い、そんなことを思いながらクリスチーナは彼を見上げた。

「本当に世話になった。この礼は今度改めてさせてくれ」

「ちょっと待って」

 クリスチーナは立ち去ろうとするレオンを留まらせ、そしてその紅い唇を開く。

「その喧嘩、わたしも参加させてくれない?」

「参加?」

 レオンは太い眉をひそめてクリスチーナを見た。吸血鬼は長い爪の伸びた人差し指を上に伸ばし、小さく笑みを浮かべる。

「わたし一人に負けたあんたじゃ頼りないし、それに若い女を狙うってんならわたしだっておちおち夜の散歩もできないじゃない。こちとらせっかく故郷を離れてここまで来て目立たないで暮らしてるってのに、そんなやつにこの生活を台無しにされてたまるかってところだし」

「だが君をこんな危険なことには巻き込めない」

「そこまで話しておいて何言ってんのよ。それにあんただって昨夜わたしを襲ったのよ。それを野放しにできるかって話よ。だからあんたの監視を兼ねて、ひとまず手を組もうって話。それにあんたも吸血鬼の仲間がいれば心強いでしょ?」

 レオンは困ったような顔をした。だがクリスチーナは引くつもりはなかった。このパリで自分の知らないところで狼男同士の戦いが日夜引き起こされるのは気分が良くないし、それにこの男ではベルトランを殺すのは無理だという気がした。

 レオンが実力不足だとか実はベルトランの仲間で自分を騙しているだとかそういうことではなく、彼はベルトランに同情しているような節がある。同じ呪いを背負ったもの故の感情か、それとも彼の性格によるものなのか。そのどちらのせいでもあるように思う。それに困っているものを放っておけないのは人間であった頃からの彼女の性分だった。

「簡単な話あんたを放っておけないってことよ。それともなに? 女にここまで言わせて断るの?」

 クリスチーナが立ち上がり、レオンに詰め寄る。並んで立つとレオンの方が頭一つ分ほど背が高い。

 レオンは頭を掻き、そして溜め息を吐いた。そして微かな笑みを見せる。

「分かった、ありがとう。僕も君が手伝ってくれるのならば心強いよ。君は僕にとって、魔物としての初めての友人だ」

「わたしにとってもそうよ。じゃ、よろしく」

 そう言って彼は自らの手を差し出した。クリスチーナもその手を握る。毛深くてごつごつとした感触がしたが、暖かな手だった。



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