とある魔法使いの一生
拙い文章で申し訳ありません。楽しんでもらえれば幸いです。ブックマーク、評価、感想を頂くととても嬉しいです。
ローブを被った、老人は杖を使いながらなんとかベッドに入る。
(良い加減に俺も生き返れなくなるくらいに死んじまうな....。)
傍らには自らが作り出した人にしか見えないゴーレムのメイドが不安そうな表情で主人を見守っている。
身につけている腕輪にはめてある魔法石に意識を集中。
魂の力—魔力を込める。
腕輪にはめてある一見ただの装飾品にしか見えない、魔法石に込められた命令式に従って、魔法陣がベッドの下に3つ現れる。
ケアルの魔法陣1つににスピルの魔法陣2つ。
普通は地面やスクロール(魔法陣を書くための特別な羊皮紙)などに特殊な染料を使い描かれる魔法陣をなにもないところから発生させる普通ではありえないことだが、さらには位置は固定されるはずのそれらをを一箇所に動かし、重ね合わせようとする。
だが老人の意図とは違い、体の寿命だろうか、操作を誤ってしまっていた。
「マスター!!この魔法陣はスピル2個ではありません!うち一つがクリアでスピルとクリアとケアルが1つずつになっています!!」
慌ててゴーレムメイドがそう叫ぶがもう遅かった。
想定とは違う形で融合した魔法陣が効果を発揮した。
ヒール系統の魔法陣3種類—ケアル、スピル、クリアを組み合わせることで生まれる、混沌の魔法--ケイオス。
ケイオスは通常ことなる点と点の空間をつなぎ、一般的に言うとワープするための移動魔法として使われる魔法だが、入り口と出口の二つの場所で同時に使うことではじめてその用途として使うことが出来る。
では、それ1つだけでもしも魔法陣が発動してしまったらどうなるか?
答えはこうだ。
未知の空間への扉となる。
そしてちょうどいまケイオスはただ一か所でのみ発動されてしまったのだ。
未知の空間への扉となったそれは老人の体を引き寄せ始めた。
(あぁ....ボケか。こんな死に方ダサすぎるよなぁ。すまない、リリー。いままでありがとな。良いマスターにこんどは拾ってもらえよな。)
声を発っせられない老人は、メイド—リリーに心の中で感謝をしながら、黒色とも、青色とも、緑色とも表現出来る見た目の魔法の産物を見据える。
(死.....か。思えばあのときまでは、ほんとうに楽しい人生だったな。)
老人がそう思うと、走馬灯が流れ始めた。
老人は誕生した。とある貴族の家、もちろんそのときは赤ん坊として、その家の次男として命を授かった。
幼少期。
名のある貴族だったが、家族で旅行に行っている途中で誘拐された時に一般に冒険者と呼ばれる、ギルドという組合に所属する男に命を救われた。
「依頼だから当たり前のことをしただけだ」
そう言われたが、少年の瞳には自分も彼のような冒険者になる、という決意が映されていた。
少年期。
両親に自分は冒険者になるということを告げた。
両親は夢を応援してくれると言った。
貴族である彼の身分なら通常の貴族の家ならば反対されることであるが、既に長男である兄が成人を果たし、国の政治の第一線で活躍していること。
そしてなにより両親が彼を愛し、彼の好きなことをさせてあげたいという愛がそう彼らに言わせたのだった。
己を鍛え上げる為、剣術を最初に学び始めたが、世界の理を曲げる方法—魔法の教本をアカデミーの図書館で見つけ、それに記載されていた魔法使い適正検査を試した。
それにより彼は魔法使いとしての器がとてつもなく大きいことを知った。
剣術も楽しかったが、彼は得意を伸ばすべくその日からは魔法使いになるべく魔法の特訓を始めた。
また、それを知った両親が貴族としてのツテを使ってとある有名な魔法使いの元に弟子入りをさせてくれた。
彼は両親には感謝をしてもしきれなかった。
青年期。
師匠である魔法使いから免許皆伝をされ、実力と自信をつけた彼は冒険者ギルドに加盟した。
そこで男女の2人組に出会った。
男は剣士、女は弓士だった。
出会ってすぐだったのだが面白いくらいに馬が合い、彼らとパーティを組むことになった。
そこからは依頼を淡々とこなし続けた。
護衛の依頼、魔物の討伐などなど。
時には酒を飲んで騒いだり、お祭りで遊んだり。
毎日が充実し、着実に実力がついていくのを感じていた。
壮年期。
気がつけば、世界で自分達のパーティの名を知らない者の方が少ないと、言えるほど有名で、それに見合った実力をつけていた。
DランクからSランクまである冒険者ランクのランクS。
世界に数える程しかいない英雄の域。
その日も、依頼をこなすべく魔物と戦っていた。
そしてそれが彼が最後に人と言葉を交わした日となった。
彼らの標的の魔物はドラゴン種の中でも最上位に位置するものだった。
もちろん油断などしていなかった。
万全の態勢で立ち向かった。
ドラゴンの体力もあとわずかだろうか。
そこまで至った時、ドラゴンがいままで見たことのない特殊な魔法を使い、影に潜った。
(探知が出来ない。どうする。)
周りを見渡し、気配を探る。
だが奴がどこに潜んでいるかは全くわからなかった。
必死にドラゴンを探しているときだった。
不意に、剣士であるパーティの男の影が不自然に揺らぐのを見た。
「危ない!」
距離もあり剣士に魔法をかけることは間に合わないと瞬時に判断した彼は、風の魔法で自分の体を吹き飛ばし剣士の体を押しのけた。
刹那、影が大きく広がり、ドラゴンがすさまじい勢いでそこから飛び出してきた。
剣士は無事だった。
だが、彼は無事ではなかった。
ドラゴンの鉤爪かなにかが首に当たったのだ。
喉が抉れ、頸動脈から血が噴水のごとく噴き出た。
「このおおお!!!!」
そう剣士が叫び、ドラゴンに向かって跳び、首を切り落とすのを見たところで彼の朦朧とした意識は完全に途絶えた。
目が覚めた。彼は生きていた。
どうやら眠っているあいだに彼ら達が拠点としている街に戻っていたようだった。
起き上がり、辺りを見ると、ちょうど部屋の扉を開けて、仲間の2人が入ってきた。
二人とも大喜びで彼が目覚めたのを喜んだ。
お礼を言う為に声を出そうとした。
声は、出なかった。
ドラゴンに抉られた喉は声帯を完璧に失い、普段は自分が回復役としているパーティのメンバーももちろん治癒魔法は使えたが、なにぶん本職ではないので止血程度の魔法しか使えなかった。
そして、どんな高等な治癒魔法でも喉の傷はあまりにも時間が経ちすぎていて失われた声帯までは治らなかったそうだ。
彼は憔悴していた。
魔法使いにとって、声を失うというのは絶望以外の何物でもない。
魔法とは、世界に語りかけ、理を歪め、奇跡を起こすものだ。
世界に語りかけるには己の喉から声を出す詠唱、もしくは魔法言語と呼ばれる文字で記された魔法陣を使うしかない。
詠唱をせずに、無詠唱でも一部の魔法使いは魔法を使え、彼も当然その一部に入っていたが、無詠唱では、強力な魔法を使うことには限界があった。
そして、彼は詠唱が2度と出来ない体となってしまった。
これまでのような第一線で仲間とともに冒険者として生きて行くのは不可能だった。
世界への問いかけとして存在するもう一つのアプローチである魔法陣は精密に描かなければ使用出来ず、待ち伏せ以外ではほとんど役に立たない。
彼はパーティを抜けた。
仲間はこれからも一緒にやって行こうと言ってくれた。
それは救いの言葉だった。
だがプライドが許さなかった。
それに2人にも迷惑がかかってしまう。
魔法が使えない魔法使いなんて、ただの役立たずなのだ。
中老期。
そのときになっても彼らは声をかけてくれた。
年齢からの体の限界での引退はすぐそこだというのに。
どれだけ仲間が彼のことを思ってくれているか痛いほどよくわかった。
だがその期待に応えることはどうしてもできなかった。
彼は必死に努力し、魔法陣の新たな可能性を開拓する為の糸口をやっと掴んだ。
そして、仲間たちに、依頼ををした。
糸口には、魔物からとれる魔物の核—魔石がどうしても必要だったのだ。
それも、魔物中では上位に位置するドラゴン以上の上質な魔石。
自分をダメにした最上位のドラゴンではなく、下位のドラゴンで良かったのが救いだろうか。
だが、それにはどうしても数が必要だった。
2年ほど経ち、彼らから魔石が届けられた。
その数は、とんでもない量だった。必要だといった量の300倍はあった。
しかも金はいらないとまで断言されてしまった。
嬉し泣きをしたのはいつぶりか、というくらい、久しぶりに嬉し涙を流した。
その日から彼は魔法陣の研究をより一段と進め始めた。
老年期。
結局仲間と一緒に依頼をこなせること日はこなかった。
他の冒険者達を庇う為に囮となって死んでしまったそうだった。
その冒険者から仲間たちの言伝を聞いた。
「意地でも魔法陣の研究を完遂しろ。俺たちからの依頼だ」
不可能とまで言われた時間を操る魔法までも手中に収め、自らの体が老いる時間を何千倍にも引き伸ばした。
いつまでも研究が出来るように。
研究期。
何十年と経っただろうか。
ようやく彼が求める魔法陣の基礎が完成した。
魔法陣の魔法。
"陣魔法"と名付けることにした。
その過程で色々な魔法について学ぶうちに 、外へ食事を買いに行くメイド型のゴーレムを作った。
美人だと言える出来に、彼はご満悦だった。
そこからさらに何百年と経った。
仲間からもらった魔石を加工し、魔法陣を発生させる媒体とした。
それを魔法石と名付けた。
更に高みへ行く。
そう思い彼はまた研究の日々に戻った。
もう何年時が経ったかもわからなかった。
世間では国が滅び、また生まれ、また滅びとそれがなんども繰り返されていた。
そして。
陣魔法はついに完成した。
ようやくだ。ようやく完成したのだ。
仲間にやっと顔向けができる。
そう思うと彼の瞳からは涙が止まらなかった。
ついに、今日のことまで走馬灯が追いついてしまった。
自分の体の時が進むのを遅くしても死は抗えない。
それを陣魔法で作った蘇生の魔法—スピルで無理やり何度も延命を続けた。
陣魔法は世界の魔法三大元素の炎であるファイア、水であるアクア、雷であるサンダー。そして、ヒール系統の傷を癒すケアル、毒などの状態異常を治すクリア、魂魄に作用するスピルの合計6種類を組み合わせて魔法を発動する。
陣魔法は非常に強力な魔法だ。
だが、その操作を間違えてしまったって死んでしまうとは、彼は苦笑いしかできなかった。
走馬灯の旅が終わり、ケイオスのゲートを通る。
(いま、会いに行くよ。)
老人の体はぐしゃぐしゃになり、彼の意識とともに時空の狭間に溶けて行った。
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