1-7. 決意
床に燃え移った火もたいしたことなく、直ぐに消えてしまった。イヴァンとレミリアはテーブルに向かい合ってジュースを飲んでいた。
「……あの炎」
イヴァンが呟く。
炎――とは、イヴァンが放った巨大な火球のことだろう。彼女がリング無しで、かつノーモーションで発現させた魔法は、あまりにも強力なものだった。
「……結論から言って、あなたをここに置いておくことはできないわ」
その言葉を聞いて、イヴァンは目を閉じる。
あれほどの魔法を放ったこと、さらに神国教会が追っていることを考えれば、もはや当然のことなのかもしれない。
しかし、まだレミリアの話は続く。
「とはいえ、あなたをひとりで世界に放り出してしまえば、今度こそ私は地獄に落ちるでしょうね」
立ち上がり、イヴァンの頭を撫でる。
「だから、私もついていきます。目的もあてもない旅になりますが、きっと神は私たちを救ってくれるでしょう」
「わたしと一緒に旅に出てくれる……ってこと?」
「ええ。このままでは私も、あなたも殺されます。真実を世の中に出さないままです。そんなわけには参りません。あなたは……いや、この世界のどこにも、不条理で死ぬような人間が居てはならないの」
「ふじょうり……?」
「要は自分はまだ頑張れるのに、殺される理由を押し付けられてそのまま殺されてしまうことよ。そんなのはうんざり。どうせなら自分が決めた場所で、自分で死にたいもの。そうでしょう?」
このシスターは随分と淡白な死生観を持っているようであるということは、彼女がもう少し大人になって頭が良くなれば理解できるのかもしれないが、生憎彼女にはそういうことが理解できそうにない。
「そうと決まれば、あなたの服を考えないといけないわね。白のローブがあるけれど、これは神国教会のロゴが入っているから直ぐに目立ってしまうでしょうね。となると……皮の鎧が確かあったはずね……いや、でも着られるかどうか、それを着て歩くことが出来るかどうかが微妙ね」
レミリアは何かをぶつぶつと言い始めたが、イヴァンにはそれがなんだか聞き取れなかったし、例え聞き取れたとしても理解出来なかっただろう。
生まれてずっと奴隷と過ごしてきた彼女にとって、着替えることなど皆無だったからだ。
――心なしかシスターの目が輝いているように見えたのは無視することにしよう。イヴァンはそう思っただけだった。
◇◇◇
結局イヴァンの格好は茶色の少し薄汚れたローブを羽織るのみとした。服は修道院だった頃に子供を預けていた時期があったらしく、その時に余った服を転用することにした。
レミリアはなけなしのゴールドと、薬草、それに聖水を持ってそれをカバンに入れた。
神に祈りを捧げ、レミリアは最後に確認をする。
そして、レミリアは思い出したように彼女に話しかけた。
「そうだ……自己紹介をしましょう」
「一回したんじゃないの?」
「改めて、よ。これからずっと私たちはパーティなのだから。きちんとした自己紹介はしておきましょう。私はレミリア。回復魔法くらいは出来るから、よろしくね」
「……私はイヴァン。よろしく、レミリア」
そう言って、ふたりは固い握手を交わした。
そしてふたりは、レミリアにとっては慣れ親しんだ教会を後にするのだった――。
第一章 「シスター・レミリアは笑わない」
完
第二章 「大盗賊の子、エルール」
に続く