1-4. 疑問
「中を調べさせてもらう」
そう言って、レミリアに了解を取ることもなく、男は入っていった。
「ちょ、ちょっとダメです……!」
レミリアは慌てて男を止めようとする。
男は立ち止まり、踵を返し、レミリアの目を見つめる。
「……なぜだ。なぜ止めようとする? 私はただ調査に来ただけだ」
「要件をおっしゃってください」
「調査だ」
「それよりも詳しく、お話願うことは?」
男は溜息を吐く。
「なぜだ」
男から発せられた一言は『疑問』の一言であった。
なぜ止められなくてはならないのか。自分は正義だ、とでも言わんばかりの強い目線をレミリアに注いでいる。
「……ともかく、唐突に来られても対応が出来ません」
「当たり前だ。抜き打ちなのだから。抜き打ちが唐突でなくて、何が抜き打ちだというのかね」
「それはそうですが……」
うまく反論する方法が見つからず、レミリアはこの時自分の頭の悪さに失望した。自分はここまで頭が悪いのかと絶望した。
彼女としては、少女をあの男に見つけられたら何が起きるかなんとなく予想がついていた。だからこそ、少女をあの男に見つけさせるわけにはいかないのだ。
だが、そのためには、どうすればいいのか。
答えは――ひとつしかなかった。
彼女は右腕の手首に装着していたリングに手をかけて、叫ぶ。
「『ブロー・ブラスト』!!」
刹那、彼女の周りに竜巻が巻き起こる。
それはとても強いものだ。周りにあったノートや椅子を巻き込んで、男の背中へと放った。
――だが。
「……『アイソレート』」
男はぽつりと、一言呟いた。
たったそれだけで、彼の背中に命中したはずの竜巻は消滅した。
踵を返し、一瞬の隙をレミリアに与えることなく、彼女の首を掴んだ。
その力はとても強いもので、油断していると気を失いかねないものだった。
「……俺がどういう役職なのか、どういう組織に所属しているのか、そしてあんたはどういう立ち位置にいるのか、それを解った上であの魔法を放ったんだよなぁ?」
冷たい、声だった。
それを聞くだけで押し潰されそうになる――それほどの重圧を感じる。
男の言葉は続く。
「あんたは一端のシスター。こんな古い教会を任されたのは運が悪いのかどうかしらないが……まあそんな感じだ。対して俺は『聖天使隊』の一番隊に所属する人間だ。その差はどれくらいか解るか? あんたが下界で愚かな子供を助けている間に、おれはマホロバにいる……ってわけだ」
レミリアはもう、男の言葉を聞くことで意識を保つのに精一杯だった。
「神国教会の教典を、目が腐るほど読んだのであれば分かるはずだろう。マホロバに住む人間はカミサマに選ばれた存在だ。カミサマに選ばれた存在とはどういう意味か解るか? 神の国へ行くことができる権利を有しているってことだ」
「そんなこと……彼女の辛さ……いいや! ああいう子供や大人の屍の上に建っているだけに過ぎません……!」
レミリアは必死に、言葉を紡いだ。
それを聞いて男は笑う。
「ほう、それは自分で『ターゲット』を匿っていたという発言になるが、それでもいいか?」
「あなたたちのような野蛮な人間の暮らしのために、一生を終えることを考えれば、ここで生活させたほうがマシだと思いますがね」
「野蛮?」
男の眉がぴくりと動く。
「私のことを野蛮だというか? 神の国にいくことができる権利を持つ、『聖天使隊』の私を侮辱するとでも言うのか?」
「だとしたら、どうします?」
レミリアの言葉を聞かないうちに、男はレミリアの頬を強く叩いた。そして、その音が教会に響き渡る。




