1-3. 訪問者
彼女、シスター・レミリアはシスターだ。だから、彼女は神国教会に従わなくてはならない。しかしながら、彼女は一度も神国教会の使者が来たこともないのを、憤りを感じていた。
「というか、瀑布から飛び降りるって、『天つ国』を相当嫌った……ってことよね」
下界の人間からは、天つ国は最高の場所であると言われている。
曰く、そこは天国のような場所である。
曰く、そこに住むともう下界には戻りたくないほど優雅な場所である。
まあ、ともかくそのような話題がたくさんある場所。そこが天つ国・マホロバなのだ。
そのような場所から逃げてきた少女――それだけで普通に考えればアブノーマルなのだ。
だが、現に彼女は逃げてきている。
それは即ち。
マホロバが下界の人間の知るような、素晴らしい場所ではないのでは?
そんな可能性をも考えてしまう。
「……かといって、彼女に直接聞くのもね」
それが一番だ。
だが、それでもし正しければ――彼女の精神に深く傷を負っている可能性がある。だって彼女はそこから逃げてきたのだから。何か深い傷を負っていてもおかしくはなかった。
だとすれば、それを守るのは彼女の仕事だ。
例え神国教会が正しくて、彼女が間違っていたとしても。
弱い人間は助けなくてはならない。それが彼女の信条だったからだ。
御粥を作って彼女はベッドへと戻った。少女は起き上がっていて、窓から外を眺めていたようだったが、御粥から出てくる匂いを嗅いで、レミリアが何かを持ってきたことに気がついたらしい。
「ご飯を持ってきたよ。御粥だけれど……いいかな?」
それを見て少女のお腹がぐぎゅるる、と鳴った。
少女はそれを聞いて頬を赤らめた。
レミリアはそれを見て微笑んだ。
「熱いから、少し冷ましてから食べたほうがいいからね」
そう優しく声をかけるのはシスターの基本だ。どんなものにも優しく声をかける。それがシスターめいた行動だ。
少女は御粥に添えられたスプーンを手にとって、粥を一口分掬った。そしてそれをふうふうと息で冷まして、口に入れた。
だが、まだ熱かったらしく、口の中ではふはふと冷ましていた。
「熱かったかな……ごめんね。今、お水持ってくるから」
そう言って彼女は座っていた椅子から立ち上がり、キッチンへと再び戻った。
キッチンへと向かう道中は長い廊下であった。別段長いわけでもないが、この教会では一番長い廊下を通ることになる。
「しっかし……今日もいい天気ねえ……」
そんなことを言いながら、レミリアは窓から空を眺めた。
その時だった。
こちらに向かってくる、人影が見えたのだ。
それを見て、レミリアは嫌な予感がした。
数瞬の時を置いて、玄関の門が大きくノックされた。
「まさか……!」
――神国教会の人間が、もうここまで来てしまったのか。
そう思って、レミリアはキッチンへ伸びる廊下を途中で引き返し、玄関へと向かった。
玄関を開けると、そこにはひとりの大男が立っていた。彼の特徴を一言で示すならば筋骨隆々という単語がふさわしいだろう。そんな男が、二メートルはあるだろう門よりも高い男が、そこに立っていた。
「失礼。ここに教会があるのを見かけたものでな。教会ということは神国教会に属する教会で間違いないな?」
男はペンと紙を持っていた。恐らくそれで識別を行うのだろう。
とりあえず、レミリアはそれに頷くほかなかった。
それを見て、男はペンで何かを書き込んだ。ペンの動かし方からして、ここの住所を書き込んでいるようだった。