2-23. 突然の決着
少年はするりと抜けた。
エルールはそれを驚いていたが、少年がエルールに攻撃をくわえることはなかった。
少年は呟く。
「もう時間だ」
少年の頭上に、巨大な船が現れた。
飛行船だ。それを見たことがある人間は殆どいなかった。彼女たちが知る由もないが、飛行船『ホワイトウイング』はただ空に浮かんでいた。
「……やっと来たか」
出口から出てきたのは、人相の悪そうな男だった。
「あれは……!」
それを屋上から見ていたエルールはそれが誰だか一目で解った。このウルフタワーのボス、ワイルドウルフのボスだ。
「お、おい! どうしてここに人間が居る! 来ないように神国教会のお前らがどうにかするって言ったじゃないか!!」
ボスはレミリアたちの姿を見て狼狽える。
それを気にせず、イヴァンは唐突に意識を失った。
「イヴァン!?」
しかし彼女は直ぐに意識を取り戻す。
その視線はじっと、そのボスを見つめていた。あまりにも冷たい視線だった。
ボスはその視線から何かを感じて、恐れ戦いた。
「……ふむ、さすがは『勇者』。なにかを伝えましたか。しかしそれは根底に刻まれているものでしょう。それを覗くことは……不可能でしょうね」
独りごちりながら、少年は指を弾く。
すると、そこにいたボス並びにワイルドウルフのメンバー、そして少年は姿を消した。
レミリアたちは狐につままれた思いで、その空っぽになったウルフタワーを眺めていた。
◇◇◇
「……それにしても、まさかここまであっけなく終わってしまうなんて」
レミリアは呟く。彼女が今まで体感したループの終わりがこれほどまでに呆気ないことを嘲笑っていたのだ。
結果はどうであれ、ループは打破した。
彼女はループに打ち勝ったのだ。
とはいえ、謎は残ったままだ。
「……ねえ、レミリア」
エルールは訊ねる。その口調はすっかり女性そのものだ。
「どうしたの、エルール?」
「あの少年……あれがどうやら私の父さんに罪を擦り付けたらしいんだ……。あれが言ってた」
「それは、本当なの?」
レミリアの問いにエルールは頷く。
「あなたたちも、神国教会を追っていると見た。だから、私も連れて行ってくれないか」
「だったら僕も行こう」
「私もよ!」
エルールの言葉に賛同するようにティアとアーツは言った。
しかしエルールはその言葉に首を振る。
「ダメだ。ティアとアーツはこの裏街を守っていくんだ。それに……父さんの墓の手入れもやってほしい」
「私たちに押し付けて、エルールは行くのか……?!」
「僕だって心苦しいよ。この選択が正しいのかも解らない。でも……僕は決意した。その決意はもう、今更変えようとは思わない」
「……お取り込み中申し訳ないんだけど、どうして私たちが神国教会を追っているって解ったの?」
「あの少年を見た目つきだ。明らかに敵とみなしている目つきだった。そんなことが最初から出来るのは……きっとそうなんだろう、そう思った」
「神国教会を追って、どうするつもり」
「無論。倒すさ」
その言葉を聞いてレミリアは頷く。
「まあ……目的としては似たようなもの、か……。いいわ、エルール。一緒に行きましょう」
そう言ってレミリアは右手を差し出す。
それを見てエルールも右手を差し出し、彼女たちは固い握手を交わした。
◇◇◇
「……逃がした、って? トールたんにしては珍しい」
レッサーはマホロバにある神殿にて今回の報告を受けていた。
報告している、その相手はトールだ。トールはわざわざホワイトウイングまで出したのに、結局手ぶらで帰ってきたのだ。
「というか裏街壊滅計画は? 水浸しにする云々言ってなかった?」
「……今回は完全にこちらのミスだ。まさかカベバシリが出来る人間が敵にいるなんて思いもしなかった。まったく、食われたよ」
「……解りました」
意外にも、レッサーはすんなりと彼の報告を理解した。
しかし、これからが大変だ。
どうやって勇者を回収すべきか。
それは今の彼女たちの、当面の課題となるだろう。
第二章 大盗賊の子、エルール
終わり
第三章 妖精の王、グランフェル(仮)
に続く。




