2-12. 思惑
「裏街の壊滅……だと?」
それを聞いて思わず言葉を疑ったワイルドウルフのボス。それも当然だろう。突然やってきた客人にそう提案されれば、耳を疑いたくなるのももはや当然のように思える。
少年はそんなことを考慮もせず、話を続ける。
「いえいえ……別にあなたたちワイルドウルフの住処を奪うなんて、そんなことは考えておりません。これは提案ですよ。あなたたちは裏街の全権限を提供する。私たちは『マホロバ』での優遇貴族の特権を差し上げましょう。それでいかがです?」
優遇貴族。
その言葉を聞いてボスの心は揺らいでしまった。
優遇貴族とはマホロバにあるカーストでも神国教会の枢機卿レベルだと言われている、非常に強い立場を持った人間のことをさす。彼らがそれになるということは、それに近い権力を振りかざすことが出来る――ということなのだ。
「……ほんとうに、優遇貴族にさせてくれるのか?」
「ええ」
少年は微笑みながら頷いた。
「我々も元からその予定で提案させていただいております」
「ほんとう……なんだな」
「ええ」
「ほんとうにそれが嘘偽りないと言えるんだな」
「ええ、誓いましょう」
そこまで念を押して、漸くボスは首を縦に振る。
「解った。その提案了承しよう。だが、俺たちはどうすればいい」
「話が早くて助かります。簡単なことです。もう、そんな時間がかからないうちに神国教会から方舟が来ます。ですので、貴重品やその他もろもろを持ち込んでいただいて……方舟にお乗り込みください。ご心配なく、皆さんを安心してマホロバへと送り届けるためのことですので」
「……そうか」
少年はペラペラと言ったが、内容自体は簡単なことであった。
だからこそ、ボスは直ぐに了承しようとは思わなかった。
だが、優遇貴族の特権とマホロバへの定住という条件が彼の心をぐらつかせた。
このまま盗賊を続けていったとしても、部下に安定した暮らしができるほどの収入を与えることが出来るだろうか。ボスは日々そんなことを考えていた。だから裏街を支配し、税を徴収してきたのだが、その圧政にも似たことは何れ崩壊するのではないかという不安もあった。
このタイミングでの提案は、彼にとっては寧ろ幸運であった。だからこそ彼は、その提案を了承したのだ。
凡ては部下を守るため。
……というのは建前に過ぎなかった。
本音を言うのなら、『あの男』が生きていたこの場所を離れたいと思っていたからだ。だが、彼らはほかの街でも盗賊をやっていけるほどのパイプはない。ほかの街に行くとなるとこの街で培ったものは凡て失うことになるからだ。
少年が去ってから、ボスはワイルドウルフの幹部を呼びつけた。
「……おい、グルーフはどうした」
しかし、幹部の数が足りなかった。幹部は四人いるはずなのに、三人しかいなかったのだ。
「グルーフならば、税の徴収に向かいました。……ですが、それがあったのは昨日のことですので、もしかしたらどこかをふらつき回っているのかもしれません」
答えたのは女幹部だった。
それを聞いてボスは舌打ちを一つ。
「このタイミングで……。どうしてあいつはこう自由なんだ! 仕事をやってくれるからまだいいにしろ、普通の盗賊団ならクビだぞ、クビ!」
ボスは幹部三人に向けてそう激昂した。
彼らに言っても何も変わることはないのだが、ついボスはそう言ってしまったのだ。




