2-11. 計画
次の日。裏街中心部にあるウルフタワー最上階、ボスの部屋。
「……ボス、客人が来ているようですが」
ボスと呼ばれた男は部屋の奥にあるソファに深く腰掛け、葉巻を咥えている。
「なんだ、こんな時間にか?」
今は朝の九時。ボスである彼も起床したばかりで、朝の一服を行っているタイミングでのことであった。
団員の一人は恭しく笑みを浮かべながら、
「こちらでも『こんな朝早くから』とは言ったんですが、『そちらにとっても有益なことだから入れろ』とのことで」
「それで入れたっていうのか!」
ボスは机を叩いた。
「どうもどうも。ま、そんな怒らないでくださいよ」
そんな緊迫した状況を切り裂くように軽快な声が聞こえてきた。
扉からひとりの男が入ってきたからだ。いや、男というには幼い。どちらかといえば少年というほうが合っているような気もした。
それを見て、ボスは目を細める。
「ここはガキの来る場所じゃねえ。さっさと帰んな」
「怖いですねえ……。一応これでも神国教会の代表としてここに来させていただいたのですが」
それを聞いてボスの目の色が変わった。
神国教会はこの世界を裏から支配している存在ともいえよう。その存在の方からこちらに接触をかけてきた。これは彼らにとって大きなチャンスでもあったのだ。
「おい、お前何している。お茶でももってこい!」
さっきと態度を一変させ、ボスは部下にそう命令する。部下は敬礼を一つして階下へ降りていった。
ソファに腰掛けた少年は呟く。
「さっきとは態度が違うように思えますが……」
「いや。なんのその。そんなわけはありませんよ。いつもこんな感じです」
葉巻の火を消して、『商売』の顔にチェンジする。これが彼の決まりでもあった。
それを見抜いているのか、少年はどこか艶っぽい目線で彼を見つめる。
「……それで、ですね。今日はひとつ、あなたたちワイルドウルフにとっても、我々神国教会にとっても素晴らしい提案を持ってきたのですよ」
「提案?」
ボスは首を傾げる。
少年はそれに続けた。
「この裏街について、我々の方によく苦情が来るのですよ。はっきりと言って、レスポークが自由の街と呼ばれているのにもかかわらず、犯罪が発生するのは裏街の治安の悪さが引きずっているだの、世界の犯罪者の大半が裏街に居るだの……その意見は様々です」
「意見というよりはまさに苦情ってやつだ。人間は幸福であればあるほど不遇な人間のことを見下す。そして『こんな人間がいるから自分の場所が脅かされる』だの、言うわけだ。そんなものはただの被害妄想にすぎん。襲われる奴は襲われる奴なりに理由があるはずだからな。現に我々ワイルドウルフも、我々の定めた基準によってターゲットを選出しているわけだからな」
「ええ。それはもう、充分すぎるほどに知っております」
少年は恭しく微笑む。部下が紅茶を持ってきたのは、ちょうどこのタイミングであった。少年の前に置かれた紅茶に、少年はミルクを入れてそのまま一口飲んだ。随分と湯気が立っているようだったが、息で冷やすようなこともしていなかった。
「それで? 我々にも、そちらさんにもいいことがあるという提案とは、いったいどういうことなんだ?」
ボスは訊ねる。
少年は笑みを浮かべて、声のトーンを落として、こう言った。
「ええ、ええ。簡単なことです。つまり、我々にとってみれば裏街の評判は最悪だから何とかせねばならない。あなたたちからすれば裏街というこんなちっぽけな場所よりももっと世界に出るべきである……そう思うのですよ。ですから、我々神国教会はあなたたちワイルドウルフに『裏街の破壊・機能の停止』を提案します」




