1-1. シスター・レミリア
死んだら無だ。その後には何も残らない。自分という存在はきえてしまうだろう。
何も残らず、何も託せず、まるで自分など元から居なかったのではないかのように、いともあっさりこの世界からはじき出されてしまう。
そんなのは嫌だ。
忘れられたくない。
忘れられたくない。
忘れられたくない。
「この子はどうしてこうなってしまったのかしら」
ねえ、ママ。いい子にするから忘れないで。
「本当だ。おかしくなってしまったのかもしれないな」
ねえパパも、お願いだから。
私を忘れないで――。
そして、彼女は目を覚ました。ベッドから起き上がり、頭を撫でる。
最悪な夢だった。嫌な夢だ。最近はあまり見ないと思っていたが、また見てしまった。最悪で最低な夢。それは彼女にとっての失ったはずの、封じこめたはずの、過去。
レミリア・クロプスはシスターである。海岸沿いにある小さな教会を一人で支えている。かつては僧侶もいたが、死んでしまった。
この世界には魔なるもの――魔物が住んでいる。この世界はもともとひとつのおおきな世界だったものが、昔あった何らかの災害によって幾つかに分かれてしまった――というのはこの世界に住む人間ならば必ず知っていることだ。
レミリアは起き上がると、教会にある十字架の前へ向かった。そこへ向かうと跪き、祈りを捧げる。シスターである彼女の一日の仕事の一つである。
この教会は海に面していることから、よく船が沈まないようにとお願いする人がやってくる。しかし、残念ながらここは願えば叶う場所ではない。神様に願いを聞き入れてもらえるかどうか――それが大事なのだ。
十字架への祈りを終え、彼女は海岸へと向かう。清掃も大事な仕事の一つだ。海を通して流れ着くゴミの数々を、どうにかこうにか捨てていくのが彼女の役目でもある。
「……おや?」
そんな中、彼女はあるものを見つけた。
最初は布切れのようにも思えたが、よく見ると違うようだった。
「違う、これは……人間!?」
彼女は漸くその正体に気がついた。
そして、その人間に近づき身体を大きく揺さぶる。
「だ、大丈夫ですか!!」
しかし、その人間の反応はない。
一先ず、何らかの策を講じなくてはならない。
そうして彼女はその体に手を当てて、目を瞑った。
刹那、彼女の手が、そこを中心として淡い緑の光を放ち始めた。
数瞬の間で、彼女の体についていた細かい傷が消えていった。
そして。
「……んっ」
彼女は目を覚ました。
「大丈夫ですか?!」
レミリアは彼女に訊ねた。
少女はまだ自分がどういう立ち位置にあるのかを理解しておらず、また、ひどく疲れているようだった。
「……ともかく、身体を休めましょう。すぐそばに教会……があるから、そこで」
「あ、あなたは……?」
「そんなことより、今はあなたの体をなおすほうが先決よ」
そう言って、レミリアは彼女の体を担いだ。
とても軽かった。
不安になる軽さだった。
彼女がいったいどういう人生を歩んできたのかが、垣間見えるほどだった。
だからこそ。
彼女にはいい人生が待っていることを教えなくてはならない。
彼女に生きる希望を与えなくてはならない。
それがシスター・レミリアの仕事なのだから。