2-7. かませ犬
「そう言ってもらったところ申し訳ないんだが……今俺たちは金をもっていない。残念ながら諦めてもらえないかな」
エルールは答える。
それと同時に男幹部はエルールの頬を叩いた。
「……てめえ、調子に乗るのもいい加減にしろよ。何が親は大盗賊だ。親がいい身分だからって子供も必ずその身分を継げると思ったら大間違いだぞ、この井の中の蛙が」
「井の中の蛙、ねえ。それってあなたも同じなんじゃないの? そこのあんたも」
そう口を出したのはレミリアだった。
「女が口を出すんじゃねえよ」
そう言って男はレミリアに手をかけようとした――。
――が、そこで彼は気がついた。彼の身体に突き刺さるような視線があることを。
その視線は背後にいるが、振り返りたくても振り返られない。振り返った瞬間に隙を突かれると思ったからだ。蛇に睨まれた蛙とはこのことをいうのだろう。
恐る恐る、彼は振り返る。
そこに立っていたのは、ほかならないイヴァンだった。
「ガキ……このガキが、その視線を発したっていうのか? 眼光を。視線を? まるで隙あらば殺すといわんばかりの眼光を、このガキが?」
ゆっくりと男はイヴァンの方へ向かう。
イヴァンは恐ることなく、ただ男を見つめていた。
空っぽな目。
それが男にとって、とても恐ろしかった。
何を考えているのか、男には解らなかった。
イヴァンはずっと男を見つめている。
それから逃げたかったのかもしれない。それをどうにかして払い除けたかったのかもしれない。
「生意気なガキだ……。先ずはお前からぶちのめしてやる」
そう言って。
男はイヴァンに殴りかかった。
だが、彼の拳がイヴァンに届くことはなかった。なぜなら、瞬間的に彼の身体が凍らされ、そのまま崩れ去ってしまったからだ。
その一瞬の出来事に、エルールたちは目を丸くしていた。そして何も言えなかった。
レミリアはその沈黙を破るように言った。
「……どうやら、私たちも目をつけられちゃうみたいね」
「ああ、あんたら。とんだとばっちりだよ」
エルールはそう言って、溜息を吐いた。
◇◇◇
その頃。
天つ国・マホロバにある神殿に一人の少年が立っていた。
彼の精悍な顔立ちは見るものを惹きつけ、彼のそばを通る女性が彼の顔を見ていくのは日常茶飯事であった。
神殿にて、彼は呟く。
「シスター・レミリアについて状況を報告しろ」
その声と共に現れたのは黒ずくめの男だった。黒装束、といったほうがいいかもしれない。
ともかくその黒装束の男は、その少年の前に跪いた。
「シスター・レミリアは『少女』とともに自由の街レスポークへと到着し、現在は裏街にて『グレーフォックス』なる盗賊団のアジトにいるとみられています」
「レスポーク……裏街……。ふうん、厄介なところに行ってしまったものだね。そのぶん『駆除』は簡単に済みそうだけど」
少年は頷く。
「……一つ伺っても構いませんでしょうか?」
黒装束は訊ねる。
「構わないよ。ただし、僕が答えられる範囲でね」
「あの少女を捕まえろとおっしゃられましたが……どうしてなのでしょうか?」
「ああ、君には言っていないっけ。あの少女がどういう存在であるかってことを」
少年の言葉に黒装束は押し黙った。
少年はニヒルな笑みを浮かべて、言った。
「あの少女……イヴァンは、ある神託によって選ばれた少女だ。その神託とは、簡単なことでね。なんだったと思う?」
「なんでございましょう。神託と言われると……勇者とか、それくらいしか浮かびませんが」
「ぴんぽーん」
少年は冗談めいた口調でそう言った。




